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【あらすじ】
字を「姫氏」とする鄭の君主の娘に生まれた夏姫は、10歳にして妖艶さを漂わせる。兄の子夷によって女の性が開花されると、周囲を驚かせるほどの魅力を放つように。この兄妹の艶聞が耳に入った父は、噂が広がる前に嫁がせようと算段する。相手は陳の公族で、字から「夏氏」と呼ばれる少西氏の子息、御叔。当初相手の御叔はこの嫁取りに消極的だったが、夏姫を見ると虜になる。一方御叔の父は、夏姫が不幸を招くと危惧する。
当時北の晋と南の楚の強国に挟まれていた鄭と陳は、難しい舵取りを迫られていた。子夷は楚に向かい、人質同然の待遇を受けていた。一方夏姫は御叔との間に息子徴舒(ちょうじょ:字は子南)が生まれたが、間もなく夫の御叔に先立たれてしまう。
楚の王が亡くなり子夷は鄭に戻ると、鄭と楚は同盟するべきと考える。楚の新君主の荘王は自分を暗愚に見せて臣下たちを見極めた後豹変し、従わない家臣の粛清を行う聡明さを有していた。対して晋の君主は暗愚だった。荘王は楚の威を示すために北上し宋や陳を脅威にさらすことで、晋がどのように動くのかを見定めようと試みた。
楚との同盟強化を求めた子夷は、内紛で謀殺される。夏姫は夫と兄を失い、更には領地を取り上げられた。やむなく子南のために自分を陳の霊公と犠行父に捧げる選択をする。これにより夏氏の領地は保護されたが、このことが子南を苦しめる。霊公と犠行父が夏姫母子を椰楡したことに子南は激怒し、霊公を殺害し犠行父は楚に逃げた。楚の荘王はこの機に陳へと侵攻すると反乱を起こした子南を殺害し、母の夏姫は楚へ連れて行かれた。
*夏姫(ウィキペディア)
楚王は夏姫の体内に風伯(風の神)を宿す、風の神の使者ではないのかと感じ、夏姫を得た者が真の王になると考える。だが荘王には、夏姫の風伯が楚にとって吉なのか凶なのか分からない。そのことを巫臣(ふしん)に尋ねるに、巫臣は凶であると告げた。
巫臣は、夏姫を不幸から救うのは自分しかいないと確信するが、「美女目当て」と誹られないように愛妾に召すことは断念した。しかし楚王は年老いた陰気な家臣に夏姫を与え、夏姫はまた不幸な境遇に陥る。しかも新たな夫は戦場に行くと間もなく戦死し、死骸も消えたありさまだった。
巫臣は荘王を騙す形で夏姫を故郷の鄭に帰国させ、巫臣は全財産をもって楚を出国して夏姫を娶る。夏姫も遂に望む夫を得て、久しぶりに笑うことができた。しかし巫臣は、夏姫の体内に陰の気が宿されていることを知り、これが周囲に不幸を及ぼしたことを知る。巫臣は陰を陽に変える儀式を行なうと、轟音とともに旋風が2人を包み込んだ。

【感想】
周王朝の王族は「姫(き)」(正式には「姬」)氏として分家を繰り返したため、春秋戦国時代の諸侯には姫氏が多かった。姫氏の血統で「夏」の字の氏族に嫁いだ、男を惑わす妖艶な女の「春秋(意味は「史」)」を描き、直木賞を受賞した作品。しかし夏姫は元々妖婦とされ、巫臣は夏姫を娶るため主君や公族を欺く「佞臣」と流布されている。更に尾ひれがついて、夏姫は兄だけでなく子とも姦通し、幾人かは夏姫の手で死に至らしめたとされている。
ところが宮城谷昌光は公女として生まれた筋目の良い夏姫を、春秋時代で随一の美女として扱い、一緒になる男が次々と先立ってしまう薄幸の美女として描いている。そんな女性が自らのために、子のためにその運命に立ち向かう「春秋」を描くこととなった。
狙っていた夏姫を巫臣に横取りされた楚の子反は、残っていた巫臣の一族を殺害してしまう。対して晋に亡命した巫臣は呉と国交を結び、呉に兵や戦車を御する技術を伝えて富国強兵に導くと、楚は晋や呉との挟撃に遭い子反は自害に追い込まれて、巫臣は復讐を果たした。
夏商革命で桀王につけ込んで夏王朝の没落を招いた末喜(ばっき)。商周革命で紂王を籠絡して酒池肉林を招き、諸侯の離反を招いた姐己。幽王が目を眩んで、諸侯への扱いを二の次として呆れさせた褒姒。夏姫以前にも「妖婦」と呼ばれる悪女は存在したが、夏姫はその妖艶さとは裏腹に権力を求めることなく、家族との安穏な「春秋」を願っていただけではないか。
宮城谷昌光は「巫臣を夏姫に遭わせたのは天であり、天が夏姫の心の清純さを哀れんだとしかいいようがない」とコメントしている。その妖艶さと周囲に翻弄されて自分の運命が流されていく様子は、「天上紅蓮」で描かれた白河法皇の愛人の璋子を思い出させる。宮城谷昌光は中国の「悪女」と異なった、日本的な女性として夏姫を描いた。
夏姫の娘についても短篇で描いたが、そこでは平穏な日々を送らせている。いろいろな意味で夏姫に愛着を感じていたのだろう。
*こちらに収めてある短篇の1つ、「鳳凰の冠」になります。
そんな作品が直木賞に受賞した。3年前は自費出版同然の500部しか印刷されなかった作者の作品が、瞬く間に日本の文壇を席巻した。その騒ぎを作者は、夏姫が喧噪を楽しみ、授賞式も夏姫の代理で出席したようだ、と語っている。
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