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【あらすじ】
神女から洪水を予言され、桑の樹の空洞に嬰児を匿うよう神託を受けた女は、後ろを振り向いてはいけないとの忠告を破ったため、桑の樹に変えられてしまう。その樹の洞にかくまわれた嬰児が洪水で流され、やがて有莘氏の君主の娘に発見された。君主の莘后(「后」は王の敬称)はその子を拾い上げ、料理人に育てる。その子は「摯(し)」(後の伊尹(いいん))と呼ばれる。
摯は料理の才能を見せる一方、その容姿と出生の秘密から評判にとなる。噂を聞いた夏王朝の王「発」は夏王宮に招き、学問も学ぶことになった。しかし王宮は、発の嗣子「桀」が暴力を振るうことで、時には命も狙われる危険な場所と化した。
摯が19歳の時に養父の莘后が亡くなり、久しぶりに帰国する。その頃夏王朝を支えた葛伯は商国を侮蔑したため、商の湯后は葛邑(邑=首都)を攻めて壊滅させた。優秀な民族で優れた武器を発明した商の勝利だが、夏后の桀は近隣の莘后が手助けしたものと疑った。
養父莘后の後を継いだ嗣君は摯に桀后への対策を問うに、桀は美女に目のないことから、美人の誉れの高い后女の末喜(ばっき)を差し出すことを献策する。末喜は端麗な摯に幼い時から思慕を募らせていたが、その摯から国を救うためと言われ、桀に貢がれることを承諾する。
*伊尹(ウィキペディア)
摯は莘后から離れ、郊外で静かに暮していると、商の湯后は夏に対抗するために摯を召し抱えようとする。しかし礼を欠く誘い方のため、摯は逃げてしまう。摯は夏邑に宮廷料理人として帰参するが、再会した末喜は桀に取り入る魔性の女に変貌していたことに幻滅する。そこに態度を改めた商の湯后は摯を三顧の礼で迎え入れた。摯も湯の器量が桀よりもはるかに大きいことを知り、家臣となって湯后に忠誠を誓う。
湯は摯を朝貢の使者として夏邑に派遣する。夏の桀后は自らを神と見做す暴君として恐れられ、王宮を飾る象牙を送るように商に命じた。商の湯后が参上すると、桀に幽閉されてそのまま行方不明になる。摯らは必死に湯を捜すと、王宮の聖域である「夏台」に監禁されていることがわかった。2年経ってようやく助け出された時、湯后は痩せ衰えて瀕死の状態であった。
夏の桀后は様々な手を使って商の勢力を削ごうとしていた。夏に敵対したとして、商と敵対していた昆吾と連合して商を攻める。しかし遊牧の民である商は、粗暴な桀后から離反した民族と友誼を結んで反攻に転じる。九つの異族の総称である「九夷」をまとめて、遂に鳴條の地で戦いの幕が切って落とされた。
*商王「湯」(ウィキペディア)
【感想】
中国でも伝説的な皇帝「堯と舜」が属する三皇五帝時代の流れを汲んで、「三代」と呼ばれる夏・商(殷)・周の最初の王朝「夏」が設立されたのが、紀元前2070年と言われる。今からおよそ4000年前に誕生したその王朝は、最後の皇帝桀まで17代471年続いた。
そんな夏王朝を倒して商(殷)を打ち立てる功績を立てた摯は「伊尹」と呼ばれた。「伊」は洪水の意味で、「尹」は聖人を意味する。ギリシャや日本の神話を連想する挿話を経て、宮廷の料理人になると13歳にして名人のように牛を割いて烹(に)る。「割烹」という語源まで披露しながら話は進んでいく。
同じように「商」の歴史を紐解く。定住しない遊牧民族ではないかと想像し、頭がずば抜けて良く、二頭の馬に車を引かせる「兵車(戦車)」を発明して、軍事力でも秀でていたとしている。また民族の特徴から、安価で購入した物資を運んで高く売って稼ぎ、「商人」の語源になった。因みに日本では「殷」と記載することが多いが、中国では「商」を使うようで、宮城谷昌光もそれにならっている。
夏王朝の最後の帝である桀は女色に溺れ、後に「酒池肉林」で有名な商の紂王に先んじて、酒の池に舟を浮かべる「肉山脯林(にくざんほりん)」を呼ばれる豪華な宴会を催し、民の心は離れ征伐される。対して商王の湯は「三顧の礼」で伊尹を迎え入れる。更には黒田如水を連想する挿話を踏まえながら、最古の革命「夏商革命」を紐解く。
莘后の娘である末喜は可憐であったが、夏王宮に遣わされ桀后の寵愛を受けると、妖婦に変貌して最後まで暴君桀に付き従う。以降中国の歴史で何人も登場する悪女の原型とも言えるが、作者は夏王朝の長年の腐臭が桀を狂わせ、末喜を妖婦に変えたと記している。しかし思慕を抱いていた伊尹から、桀王の愛妾となることを頼まれた内心を推し量ると、察して余りある。
*夏王「桀」(ウィキペディア)
悪王の桀を誅した伊尹は伝説にも彩られて聖人とされ、大臣として見事に物事を計ったとして「阿衡(あこう)」と呼ばれた。この言葉は時代が遙か下って日本の平安時代、最初の関白となった藤原基経を当初「阿衡」の職を任じたが、権限が不明確なために基経の不興を買ったとして、日本史上に名を残した。
宮城谷昌光の長編第2作。はるか3600年前の「風景」を読み解く術は、人物に思いを巡らしながらも、その意に通じるウンチクをちりばめていく。時に交える「余談」は、恩人の司馬遼太郎が透けてみえるときも。
けれども司馬遼太郎の余談が「座談の名手」を思わせるのに対し、宮城谷昌光の余談は対局した棋士が勝負を振り返る感想戦のような、芯の冷めた言葉を並べていく。
*古代中国を記した「十八史略」を独自に考察する、暖淡堂 (id:dantandho)さん。こちらでは本作品の主人公、伊尹を記していますので、合わせてどうぞ。
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