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【あらすじ】
上洛して天下を望まんとする若き織田信長に、絵師狩野派の若惣領・狩野源四郎(永徳)が引見を求める。許されると永徳は、傾いた衣装と攻撃的な言葉を使い、信長に対して不遜な態度をとる。そのあと源四郎は信長に、これから献上する画が完成に至るまでの道のりを語り始め、信長は聞く姿勢を持った。
狩野派の嫡子として生まれた源四郎は、狩野派を興隆に導いた祖父元信に愛されて育つ。当時狩野派は元信が描いた画を基準とした「粉本 (ふんほん)」と呼ばれる見本を組み合わせることで、扇や屏風などを弟子が大量に生産していた。ところが源四郎は、粉本をなぞる画に皆目興味がなく、自らの内から発する画を書くことを欲した。父松栄は源四郎に注意を重ねてきたが、祖父元信は興味深げに見守っていた。
源四郎6歳の時、町で闘鶏を見る。孤高の強さ映す鶏を見て、無性に描きたくなった。紙はあるが筆と墨はない。一時も惜しむ源四郎は、鼻血を出してその血を指になじませて描き出す。そこに通りがかった貴人と思わせる武士が、乱暴に見える源四郎の画に興味を持つ。
源四郎10歳の時、その貴人が源四郎も絵の注文をする。完成している扇に、扇面を外さずに直接日輪を描くという難題だった。軍扇ならば黒地に赤丸の日輪と決まっているが、依頼はどうもそうとは思えない。間もなく起った日蝕を見て仕上げた扇は、黒地に白を浮き上がらせ、無数の焔を立ち上げる、全天の支配者の姿を著した日輪だった。その絵に魅せられた貴人、足利13代将軍足利義輝は源四郎を重用していく。
源四郎はその後嫁を娶り、同時に最大の理解者である祖父元信を失った。源四郎は祖父に捧げるため、商売とは別に2人が育った京洛の様子を屛風に描こうとした。しかし父の松栄は粉本に従わない源四郎に対して厳しくあたり、源四郎は工房で自分の居場所がなくなっていく。
自分の内なる思いを絵にする欲求はどうしても消えない。源四郎は時に食事をするのも忘れ、時に周囲も見えなくない「没我」の状態に陥ったまま作画に没頭する。父松栄からは「魔境」に入ると揶揄されるが、遂には父とも対立して自らの芸術を貫いていく。
*上杉本洛中洛外図(右隻)。京都の観光名所と人々の様子を、見事に書き込んでいます。
源四郎の斬新さ、そして技巧ではなく本質を求める姿勢は、市井の市場では受け入れられなかったが、将軍義輝や、当時京を支配していた松永久秀からは注目される。松永久秀からは自分の傘下に入るように誘われるが、源四郎は将軍義輝の持つ気宇の壮大さに惹かれて、義輝の求めに応じた作画を続ける。そして義輝と共同作業とも言える大作、洛中洛外図屏風を作りあげる寸前で、義輝はその作品を見ることなく、松永久秀によって命を落とす。
天下人に献上しようとした洛中洛外図。その絵を受け取るに相応しいか値踏みされた織田信長は、珍しく口を挟まず聞き入っていた。そして長い話が終わり、ようやく信長は口を開く。
【感想】
若き世代の歴史小説家である谷津矢車は、本作品によって26歳でデビューを果たし、その後も新たな切り口で数々の歴史小説を上梓し続けている「俊英」。そして来年の大河ドラマで、地本問屋の蔦屋を描く「べらぼう」の原作者になるまで駆け上がった (私には「いだてん」と同じ臭いがするが、何でだろう?) 。

*上杉本洛中洛外図(左隻)。上杉博物館では春と秋に原本を展示しますが、保存のため照明が暗く、老眼の身には残念。通常展示している写本の方がよく見えます (^^)
そして本作品と同年、戦国文化の伝承者(と私が勝手に思っている)山本兼一が「花鳥の夢」で同じ狩野永徳を描いた。こちらも読み応え満載だが、山本兼一の作品はこれから多く取り上げる予定でもあり、今回はこちらを紹介させていただいた。
武将とは違い、芸術家を描くには、普通とは異なる「内なる欲求」が必要になる。そのことは清少納言と紫式部、運慶と快慶、世阿弥と観阿弥などといった「天才と秀才」の違いを描くことに通じてくる。ここでは父の松栄が「秀才」で、子の源四郎永徳の「天才」に嫉妬し、圧迫し続ける悲しい思いが描かれている。対して永徳は「天才」として、あふれ出る才能を抑えることができない「悲運」を嘆く。そんな親子の才能の差を全て見通す祖父元信は、粉本を必要とする者と必要としない者を、温かくも冷静な目で見つめている。
「天才は天才を知る」。源四郎の才能は祖父元信だけでなく、新たな世を開こうとしる人物たちにも共感を得ていく。新しい秩序を求めた足利義輝。下剋上を体現する松永久秀。そして破戒僧とも思える日乗を本作品で登場させたのは秀逸。日乗は本作品では狂言回しだが、その後信長が天下統一に向かう道のりに参与し、そしてキリスト教が布教されるとその弾圧を求め、史実でも狂言回しの役割を担っている。
そして天才の中の天才とも言える織田信長。プロローグとエピローグで効果的に登場させて、作品を予定調和では終わらせない「天才性」を、同じ天才の狩野永徳に見せつける。その永徳の信長の関わりは本作品から5年を経て、続編とも言える「安土唐獅子画狂伝」で続き、狩野永徳はまるで足利義輝と同じように、織田信長の死を看取ることになる。
*唐獅子図(ウィキペディア)
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