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【あらすじ】
奈良仏師の棟梁康慶の嫡男として生まれた運慶。若くして仏像を彫る実力を発揮し、父康慶から認められると、独自の作風でひたすら彫ることを突き進める。兄弟子の手を借りずに一心不乱に彫った円成寺の大日如来を完成したとき、仏が運慶に語りかける。「我を生んだのはおまえか」と。
その後まもなく平氏の軍勢が、反抗する奈良の南都諸寺を攻めるため押し寄せる。僧兵たちは防御戦を敷き伽藍や仏像を守ろうとするが、平氏の大軍を相手に守り通せる術はなく、伽藍は焼け、多くの僧兵たちも命を落とした。運慶は興福寺阿修羅像を抱えて逃げるが、多くの仏像は火の中で消えて行く。
ところがその後すぐに時代は動く。仏法の祟りを受けたかのように、権力者平清盛が高熱でなくなると、平家は滅亡の道を辿った。代わりに世を支配した源氏は、それまでの貴族たちとは違った荒々しい武者振りで運慶の眼をそば立てる。貴族たちが好む優しい曲線を生かした定朝流が主流となるなか、運慶は板東武者に見る、生命漲る力強い姿を写す仏像を目指していく。
時代の流れを掴むために運慶は鎌倉に下る。そこでは鎌倉幕府を支える、伸びやかな生き方をする人々が集ってきた。そんな人々に触れることで運慶の彫る仏像は躍動感あふれる、従来とは一線を画した作風に定まり、その新しさは鎌倉で認められていく。
奈良に戻った運慶に、兄弟子にあたる快慶との対立が待っていた。実力では双璧をなす2人だが、仏像に新たな潮流を与えようとする運慶に対し、従来の伝統である美しくたおやかな仏像を彫り続ける快慶。仏像界の総帥である運慶の父康慶は、運慶を後継者に据えて、実力で劣拮抗する兄弟子快慶を据え置く。
*運慶(ウィキペディア)
言葉では表せないが、お互いの作品で競い合う2人。その中で快慶は運慶の下で働いて黙々と仏像を彫る。重源上人の依頼で、東大寺南大門の金剛力士像を資材の調達から始め、長い年月をかけて作りあげる。「阿吽」の阿形は快慶に、吽形は運慶が中心となって製作する。運慶の指示に従って製作する快慶だが、出来上がった「阿形」は、筋肉が隆々としてたくましい運慶流の「吽形」と異なり、快慶流の優しい曲線で作りあげられたものになった。2対の像がバラバラで舌を噛む運慶だが、重源はこれを見て「阿の静、吽の動」という性格の対比を表わした、素晴らしい像と絶賛する。
時は流れ、運慶に影響を与えた板東武者を率いる頼朝、その子や孫が次々と鬼籍に入る。運慶は巨大な工房を作りあげ、資材の調達から職人のやり取り、そして優秀な仏師を確保するために巨額の金を動かす。その中で弟子たちは華麗な装飾などの製作に向かい、どんどんと運慶の思いから遠のいていく。
その運慶も年老いた。命が尽きようとするとき、明恵上人から諭されて快慶が見舞いにやって来る。お互いに実力を認めらながら素直に言葉にすることができなかった2人。創作の方向性は違っていたが、仏像とは何か、芸術とは何かを深く追求した2人だからこその対立であり、理解でもあった。

*東大寺南大門の金剛力士像。口を開いた阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像
【感想】
運慶と言えば、夏目漱石の「夢十夜」を思い浮かべる。その第6夜、護国寺の山門で鎌倉時代の仏師運慶が仁王を彫っている。見物人は明治に生きる人たちで、運慶は木の中から仁王を「掘り出す」のだと言う。見よう見まねでやってみたが、自分にはできなかった。明治の木には仁王は埋まっていなかった。
この挿話は様々な示唆を読み手に与えるが、本作品の冒頭で、運慶が初めて独力で彫った仏像を前にして、「我を生んだのはおまえか」を問う姿は、夢十夜の挿話を彷彿とさせる。本作品は、仏に話しかけられた運慶が、まだまだ仕上げたい気持ちを持ちつつ、悩みながら仏像を彫り続ける「宿命」を諭されるところから、運慶の仏師人生が始まる。
仏像との「会話」は冒頭の円成寺の大日如来だけだが、天才芸術家が一人称で語る本作品は、その作りあげる作品とは裏腹に、父康慶への思い、師匠筋にあたる仏師との関係などを微妙な心の動きを表わしながら、新しい芸術の方向性を目指した運慶の苦悩と思いを赤裸々に描いている。特に兄弟子快慶との関係は、心のヒダを分け入るように、微細に描いていく。この永遠に続くライバル関係は、運慶が父康慶の後継者となることで、お互いが益々微妙な立場に晒される。実力では拮抗しているが、芸術への方向性が正反対の2人。同時代に現われた天才2人だが、両雄は並び立たない。天下一という称号を得るも、快慶の存在で安らかではない運慶と、作品では負けていない自負がある快慶。
西行と同じく、平安の貴族社会から鎌倉の武士社会への過渡期において新しい芸術を追求した運慶。源頼朝、北条政子、北条時政らの鎌倉方とも接することで、新たな「感性」が研ぎ澄まされていくと共に、重源や法然、文覚上人や明恵上人など、鎌倉時代を巡る新旧の宗教人たちも彩りを加えている。
*「鎌倉殿の13人」で運慶を好演した相島一之。三谷幸喜は、芸術肌が持つ独自の感性から、北条義時の「本質」を見抜く役どころにしました。
「佛」とは「人に非ず」を意味する。その像を造る運慶ら仏師の生き方は、当時の時代に限らず、神仏とは、信仰とは何かという永遠の課題も問い掛けている。
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