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1 逢坂の六人(紀貫之) 周防 柳(2014)

 

【あらすじ】

 和歌を始め言葉に対する感覚に秀でた紀貫之(きのつらゆき)だが、下級貴族で日の目があたらず、時に隠遁した坊主、喜撰法師と名乗って、都の東南(たつみ)の宇治に住む自分をこう詠んでいた。

 「わが庵は みやこの辰巳 しかぞすむ よをうぢ山と 人はいふなり

 

 そんな折、真名と呼ばれる漢文で作られた今までの勅撰集に代わり、仮名で作られた「やまとうた」の勅撰和歌集が編纂されることになり、貫之は39歳にして選者に抜擢された。貫之はその任命に喜ぶと共に、和歌集への様々な想いが広がっていく。脳裏には12歳のころ、「あにくそ(可愛い我が子)」と呼ばれた貫之が、京と近江の国境にある逢坂山で過ごす母のもとで、平安初期を彩った歌人たちと出会った思い出が、脳裏によぎってくる。

 

 桓武天皇嫡流でありながら、薬子の変で朝廷に反乱を起こした平城天皇の孫にあたるため日の目をみない在原業平。秀麗で和歌の才もあるが、世にすねた態度で出世できない業平は、年はかなり離れている「あにくそ」を可愛がる。昔、権勢者であり入台が決まっていた藤原頼房の養女高子とのロマンスを語り、藤原摂関政治の現実を教える。

 

 その業平から、年老いたがお茶目な尼、小野小町に繋がる。若い頃は「百夜(ももよ)通い」される程美貌だったが、恋に対しては軽やかに渡り歩き、そんな歌を詠む。

 「花の色はうつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 

 そこに大友黒主が現われる。壬申の乱天武天皇に敗れた大友皇子の流れを汲み、当時は鄙(田舎)の逢坂の地に建立された、大友皇子を弔う三井寺で守をする。奈良の都が栄える反面、寺はひなびて行ったが、天武朝の血統が途絶え、天智の流れを汲む桓武天皇平安京に遷都したことから寺は復興する。そんな歴史の浮き沈みを「あにくそ」に教示する。

 

 小野小町の庵に御用聞きのように訪ねてくるのは、山城国で長官の下に仕える文屋康秀。康秀は朝廷について事情通で、応天門の変の真相を「あにくそ」に話し、藤原氏が支配する政権について説明する。

 

五島美術館所蔵の「佐竹本三十六歌仙絵巻」による紀貫之。戦前に売買に出ましたが、余りに高額なため1人1人切断され、これが文化財保護法のきっかけとなりました。

 

 

 文屋康秀から紹介されたという僧正遍照薬師如来に仕え、調薬が得意な怪僧だが、こちらも元は桓武帝の流れを汲む貴人。その霊力から「あにくそ」を現世から離れた世界へと導き、在原業平と藤原高子との悲愛の真相を映し出す。

 

 夢から覚めた貫之は、京から離れた逢坂で出会った六人の歌人たちが忘れられない。ついに選者の特権を生かして、勅撰和歌集古今和歌集」の序文で、6人をエスプリの効いた辛辣でありながらも愛情を込めた表現で、「六歌仙」として取り上げる。

 

 

【感想】

 紀貫之六歌仙は年齢的にかなり離れ(もしくは生年不詳)、接触はないと思われるが、子供の貫之が美しい義母と暮した逢坂を背景に、六歌仙がそれぞれ独自な感性を表わして「あにくそ」に語りかける、ファンタジーの溢れる物語となっている。

 現実の紀貫之は、古今和歌集の選者だけでなく土佐日記の作者でもあり、かつ在原業平を主人公とした伊勢物語の作者と見られ、「やまとことば」を駆使する文人としてその才能は傑出していた。

 そしてもう1つ。本作品では触れていないが、日本最古の物語とされる「竹取物語」の作者とも目されている。その中で5人の公達から求婚を受けるかぐや姫に対して、無理難題の条件を突き付けて全てが失敗に終るエピソードは秀逸だが、その公達たちは全て実在で、中でも「蓬萊の玉の枝」を求められた「車持皇子」のモデルは、藤原不比等とされている。

 

竹取物語に関して、過去にこんな記事も掲載しました。

 

 六歌仙も貫之の紀一族と同じく、藤原家との権力闘争で敗れた側にいた人物たち。本作品における六歌仙の素性、そして藤原摂関家の「非道」に心を痛める「あにくそ」の心情と一致している。

 それにしても「いたずら小僧」の片鱗も見せる紀貫之に対して、イケメンで世を斜に見る印象もあるが、子供にもきちんと正対する在原業平。美人で近寄りがたい印象だが、笑い上戸で柔らかい対応をする、尼になった小野小町。そして他の「3人」も作者の想像力を生かして、さもありなんという人物像に造形されて、読み進めながら思わず微笑んでしまう。

 古今集の仮名序では、六歌仙の短歌について1人1人「もの足りなさ」を記している。その上で批評に耐える歌として、外の歌人とは一線を画すと評価はしているが、そんな複雑な論理構成はある意味謎。そんな謎を、作者は紀貫之六歌仙との邂逅を通して、1つの回答を提示した。

 「やまとうた」創生の物語は、やまとことばのように柔らかで、しなやかな人々が作りあげている。

 

 

紀貫之在原業平、そして藤原氏系図(本作品より)

 

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