今年は星に願いをかけられましたか? 雨続きではありますが、織姫と彦星の伝説を耳にして、ふと空を見上げる時期ですね。夜空を眺めていると、ちかちか光ってゆっくり動くものを発見して、「未確認飛行物体!?」とわくわくしたり……しませんでしたか? 小さなころ、あの光は人工衛星かもしれないよ、と答えを教えてもらっても、わくわくは消えなかったものです。人工衛星! 人の力で生まれたものが、遠い星と同じように宇宙でまたたいているなんて、やっぱり胸躍る出来事ですよね。
「MABES『じんだい』―日本初・相乗り衛星の軌跡―」 B5 50ページ 表紙カラー・本文モノクロ
著者:金木犀、ケドルスキー
1986年夏、H1と名付けられたロケットが、測地実験衛星「あじさい」を積んで、種子島宇宙センターから打ち上げられました。間違いなく日本のロケットです……が、そのころ、ロケット開発はまだ外国製の部品に頼らなければならなかった時代だったそうです。しかし、このH1はさまざまな新開発により純日本製でロケットが飛ばせるようになるかもとの期待を背負って制作され、無事に発射成功! 全てが国産ではないものの、「ロケット純国産化へ一歩前進」「国産初の新液体燃料」と新聞でも大きく取り上げられます。そんな1986年のロケット、実は“純国産”以外にも、“初めて”の大役を担っていたのです。
それは本来の目的である「あじさい」以外の人工衛星も、一緒に宇宙に連れて行ってあげること。あ、それ、聞いたことあります。ロケットの余ったスペースがもったいないので、空いているところに、他の人工衛星も乗せていってあげるんですよね。そうか、日本ではこの1986年が相乗り制度の始まった年なんですね。
ロケットの打ち上げに相乗りするひとはいませんか? と募集され、決まったのはアマチュア無線中継を目的とする「ふじ」と、この本の主人公、磁気軸受フライホイール実験衛星Magnetic Bearing Flywheel Experimental System、略してMABES(メイビス)。お名前は「じんだい」です。
この本では当時、人工衛星が宇宙で安定した動きをするために、磁気軸受フライホイールの開発が重要だったこと、そのなかでどうやって「じんだい」が作られたのか、ということが技術面からきっちりと語られます。
丁寧に経過を追い、細やかな当時の状況もフォローできるのは、なんと当時の開発者さんに直接取材をされているから! おおお! 30年前の開発者さんですよ!? いままで大切に資料を保存されていた開発者さんもすごいし、これまでの発表された本や論文をたどり、開発者さんのお話も聞くという、本当に地道な取り組みで30年前をよみがえらせた制作者さんもすごい!
本では本当に、こつこつと「じんだい」のことがまとめられていて、どのくらい丁寧かというと、理工学にものすっごく疎い私ですら、「あ、なるほど! こういう時代背景と目的があって作られたんだ」「じんだいは、こんな役目を背負っていたんですね」と、分かったような気になるほどです。
でも、本によると「じんだい」の痕跡(こんせき)は意外にも少なく、「じんだい」という名前すら非公式とされているとか。そうなのですか……こんなにもがんばったのに……、といつの間にか「じんだい」が気になってきてしまった私。司書の力を発揮して当時の新聞記事を探してみました。
すると、確かに「あじさい」と「ふじ」の名前は、各紙のあちこちで見られるのですが、「じんだい」の名前が載っている新聞は一つも発見できません。うう……“磁気軸受フライホイール実験装置”と書いてあるのが精いっぱいかしら……と、さみしく思い始めたそのとき、見つけました。読売新聞1986年8月13日の夕刊に「磁気軸受フライホイール(実験装置)(メイビス)」の文字! ああ、メイビスって書いてある! わーいわーい! 「じんだい」ではなくて少し残念ですが、当時の人たちにもちゃんと、相乗りで初めて宇宙に飛び出した「メイビス」という人工衛星があったって知らせてありましたよー。と、読んでいるうちに、すっかり「じんだい」に愛着をもってしまいました。
「じんだい」の実験は3日間を予定され、無事に3日間を終えると、そのまま眠りについて……「じんだい」は実は今でも地球の周りをまわっているのだそうです。30年たって、純国産ロケットが空を飛ぶようになっても、私たちはやっぱりわくわくと宇宙へ憧れの眼差(まなざ)しを向けています。本を読んだ後は、あの厚い雲の先に、いまも「じんだい」が漂っているのかな、と空を見上げました。
サークル名:液酸/液水
Webサイト:文系宇宙工学研究所
次のイベント参加予定:コミックマーケット92 土曜日 東地区“ペ”ブロック−56a
購入場所:COMIC ZIN
試し読み:薄い本プロジェクト(ニコニコ静画)
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