梅雨は明けるのかしら? 夏が来るのかしら? 突然雨が降ったり止んだりの、なんともどっちつかずなお天気ですね。もやもやした空気をさらりと払ってくれる、そんな本を開いてみます。
「わがしのうた」 A5 20ページ 表紙・本文カラー
著者:すずなごん
こちらの本は、和菓子をテーマにしたイラスト集で、見開き1ページに一つのお菓子を紹介し、その特徴が雅やかな言葉で詩のように添えられています。
まずは、なにはともあれ、描かれた人物とお菓子がとっても愛らしいんです。平安時代の烏帽子をかぶった人物は、ほっぺたはもっちもちで、ふわふわしていそう。丸いフェースラインに、ちっちゃいながらもぱっちりした目とおちょぼ口がポイントです。そして、人物に加えて、お菓子も愛らしい……というのは少し不思議な言い方でしょうか? でも登場するお菓子やわらかそうな、つるんとしていそうな、そんなかわいらしさが伝わってきます。
さらに、そんな愛らしい世界を彩る「色彩」が印象的なんです。黒ではなく墨色、赤ではなく紅色と言いたくなるような微妙な色合いが、ぽたりと水滴が落ちたようなにじみを感じる筆遣いで表現されています。じわっと染みているような世界は、なんともやさしくさっぱりとしています。
丸いほっぺの登場人物、平安時代の宮中に仕える柏手葛光(かしわでのくずみつ)さん。お名前からしておいしそうな彼は宮中のお菓子担当としてお勤めしているのですが、いつのころからかお菓子の「声」が聞こえるようになって……そんな彼の話をまとめたのがこの本。
お菓子の声が聞こえるというファンタジックな設定ですが、そもそも平安時代に今の私たちがイメージする“和菓子”の多くはまだ生まれていなかったそうなのです。ですが作者さんは「溢(あふ)れる季節感や繊細な彩りは、平安の人々から受け継がれているものがあるのかも」と、この本を着想なさったそうです。
つまり、平安時代×和菓子というテーマそのものがちょっぴりファンタジー。平安の人々と、本当なら出会うはずのなかった華麗な和菓子。でも、不思議としっくりくるのは、そのありえない出会いが、遠くの幻の世界のようにやわらかく描かれてる絵柄と色彩にぴったりと合っているからかしら、と感じました。
「わがしのうた」では春には舌の上でふうわり溶ける干菓子、冬にはほわんとした生地にくるまれた大福、と四季に重ねた和菓子が登場します。
そうそう、今の季節なら「あの池のように透きとおる」とお菓子から聞こえてくるような、つるんとした夏のお菓子「清流」がぴったりですね。和菓子「清流」から聞こえるのは、「両のまなこに小さな鯉の水しぶき」を思い出す……と、遠く離れてしまったかつての邸宅を思い出す声。うーん、これはもしかして「『涼』のまなこに小さな『恋』の水しぶき」? ひょっとすると、涼やかな風のようなひとときの恋の思い出があったのかしらと……和歌を読み解くようにお菓子に秘められた物語に思いをはせます。
ああ、さっぱり和菓子に会いたくなってきました! 胸にほっと染み込む穏やかな本を開きながら、和菓子を口に運べばきっと心安らぐ時間になることでしょう。
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