ぴたぴたと雨降る季節、ゆっくりとページをめくるのにぴったりのイラスト集と出会いました。「cinema」という誌名そのままの、映画のワンシーンを切り取ったようなオリジナルイラスト集です。
「cinema」 A4変形 28ページ 表紙・本文カラー
著者:Nishi(にし)
「ある朝、寂れた片田舎の町に『彼女』はやってきた。白い髪、赤い帽子、モノトーンの洋服、そして不思議な目をした女の子だった」――。
そんな語りから始まるこの画集。赤い帽子の山羊ちゃんは女の子。吊りズボンに蝶ネクタイの鹿くんは男の子。山羊ちゃんの「わたしと友達になってくれない?」という言葉に、目を伏せて小さくうなずく鹿くん、2匹は友達になります。
ああ……思わず息を詰めて画面を見てしまいます。冒頭に掲載されているイラストのタイトルは「ダンスを踊る」というもの。花の咲き乱れる野原で、くったくなく笑う山羊ちゃん。鹿くんはちょっと戸惑い気味? 2匹の関係が始まったばかりなのを感じます。草花は彼らを覆ってしまいそうな高さまで伸びているところを見ると、まだまだちびっこなんですね。どおりで山羊ちゃんの耳のやわらかそうなこと。耳と鼻先は同じ、ふんわりとしたピンク色。鹿くんの口は小さく、ツノだってこころなしか丸みがあります。頭が大きな子ども体型の2匹は、あどけなくって……触れたらきっと「やわらかく温かい」と確信するようなイラストです。
横長の画面は、まるで映画のスクリーンのよう。ページをめくる度に場面が変わっていきます。実は冒頭に短い文章があるだけで、他に長いストーリーの説明はありません。あとはイラストと、その下にそっと添えられたタイトルだけが彼らを知る手掛かりです。それなのに、いつもにこにこ笑顔の山羊ちゃんと、ちょっとうつむき加減の鹿くんが仲良くなっていく様子がどんどん伝わってきます。
特徴的なのは、その画面がどれもぼんやりと紗がかっていること。それはちょうど、動画のワンカットを切り取ったように見えるんです。セピア色の主線と、絶妙にぼやけた様子に、私はてっきり「あら、こういう動画があるのかしら。きっとその一場面をイラスト集にしたのね」と思ってしまった程です。実際には元になった動画や、動画作成の予定はないとのことで、作者さんは「動いているところを想像してみてもらえるとうれしい」と考えていらっしゃるそう。野原を吹き抜けた風に、草がそよぐところさえも見えてきそうです。
そして、とっても魅かれた点がもう一つ。それは誌面の中の「季節」です。明確に春夏秋冬と書かれていないのですが、2匹が暮らす町には自然がいっぱい。ひっそりとした沼や、黄金色の野原、水滴をいっぱいまとった木々の小道なんて「きっとこちらの今ごろの季節みたいな長雨なんじゃないかしら」と考えを巡らせてしまいます。そして、明確な植物が描かれていない場面でも、静かな部屋の灯りの揺らぎや、街角のざわめきをふと感じるような気がします。そして、どれもどこか懐かしさが漂っているんです。ぼんやりとした画面の力でしょうか。その雰囲気には過ぎた思い出の季節を、そっと大切なアルバムを開いて振り返っているような静謐(せいひつ)さがあります。
幼い2匹は仲良くなり、笑ったり、驚いたり、ちょっと泣いちゃうことだってあります。とっても愛らしいんです。……でも、その表情や、風景や、顔にさした影に、小さな生きものが持つ切なさを、2匹はまとっている気がしてしまいました。
本の中に、「きどった古本屋」と題されたイラストがあるんです。少しだけ下を向いた鹿くんは何を思っているのかしら、何かわだかまることでもあったのかしら、と古本屋さんの本棚の影からそっと見守ってあげたくなります。けれど、画面から伝わる切なさは決して嫌な物ではなくて……ああ、幼さゆえの心のやわらかさが伝わってくるみたいで、いたいけで、誌面の世界ごとぎゅーっと2匹を抱きしめたくなります!
読み終えて、詰めていた息をほーっと吐き出しました。イラストなのに1本の映画を見たかのような、いきいきとして、それでいて穏やかなイラスト集。最後のページにちょっぴり公開されているラフ画が、設定資料集みたいでまたうれしい。表紙の紙質もさらりとして、ナチュラルな世界観が触った手から伝わってくるみたいですよ。
サークル名:note.
入手場所:アリスブックス、コミティア、6/18、19開催のyokohama art apartment
連絡先:Twitter(@nishiko24)、Webサイト
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