「おいさ! おいさ!」
威勢のいい掛け声とともに、1.6メートルの木彫りの男根が旅館に入ってきた。女将さんや地元客の後押しを受け、宿泊していた女の子は恥ずかしそうに笑って男根(をかたどったご神体)にまたがる。はっぴ姿の男10人が彼女ごとお神輿を持ち上げると、先ほどの掛け声とともに激しく前後に揺さぶりはじめた。
絵面とか状況とかいろいろおかしい。巨大なアレに女の子が股でしがみつきながら、かがんではのけぞっては髪を乱し、黄色い声を上げる。とはいえ表情は絶叫マシーンを楽しむように笑顔だ。勇ましい「おいさ!」と周囲の笑いで、旅館の玄関は活気に満ちあふれる。
こんなカオスでハッピーなお神輿ロデオを町の各地で繰り広げる奇祭が、長野県松本市美ヶ原温泉の「道祖神祭り」だ。50年近い歴史を持つお祭りで、主催は美ヶ原温泉旅館協同組合。毎年9月の第4土曜日に開催しており、今年は去る9月28日に行われた。
美ヶ原温泉は天武天皇が行幸しようとした地として「日本書紀」に記される、歴史の古い湯の里。平安時代の歌人・源重之が湯の流れる様を「白糸」と詠めば、文豪・島崎藤村が滞在して小説「三人」を執筆するなど、名高い文化人に愛されきた。
ほかの温泉街と同じように健康の仏様・薬師如来が、町の外れの「湯の原薬師堂」に約1300年も前からまつられている。男根のご神体は、昭和30年代に薬師堂の敷地の通夜殿に安置された。地元の人々が子孫繁栄・縁結び・商売繁盛などの道祖神としてまつったものだ。
同時にお祭りは薬師祭典の宵の宮(前夜祭のようなもの)としてはじまった。毎年地元の若者がご神体を担ぎ歩いては、大入りを願って旅館に入り、子宝や縁をもたらすとして女の子を揺らし続けている。
ちょうちんやたいまつが赤々と燃える夜7時前。ご神体は薬師堂を離れて、町にもう1つある「御母家姫薬師堂」に来ていた。ここには昭和53年(1978年)から女性器をイメージした女性道祖神のご神体がある。男女の道祖神が年に1度だけ2人の時間を過ごし、男根のご神体が町をめぐって元の薬師堂に帰っていくというのが、今現在のお祭りの形だ。見た目はともかくロマンチック!
若い衆がお神輿を担いで出発の儀。女性シンボルに向かって「おいさ!」と叫びながら前後に揺さぶりはじめた。生々しさにロマンはどこかへ吹き飛ぶ。でも、会えるのは今夜だけだもんね! 周囲の大人たちの笑いに包まれ、木彫りの男根は掛け声とともに夜の温泉街へ飛び出した。
地元の人でなくても、ご神体には女性なら誰でも乗せてくれる。2つの屋台通りと15軒の旅館を練り歩きながら乗り手を募るので、手を上げるなどちょっとした意思を見せれば喜んで迎えられる。
またがる女性は祭りの華。地元の人々が「やっちゃいなよ」とノリよく後押しすれば、担ぎ手たちも「おいさ? おいさ?(たぶん“いかがですか?”の意)」とハイテンションで招く。賑やかな雰囲気の中、1カ所につき3人くらいの女性がチャレンジしていった。
屋台前はお祭り目当てのお客さんが中心。単に珍しい風習を見に来たという人もいれば、ご利益を求めて自分からご神体にまたがる女性もいて活気がある。
一方で、お祭りを知らずに温泉やぶどう狩りなどを楽しみに来た宿泊客も多い。
「女将さんに呼ばれて玄関前に来てみたら、とんでもないお神輿があってびっくりしました」と、県内の女の子2人組(23歳と24歳)は照れ笑い。中学校からの友達で、それぞれ木曽地方と伊那地方から温泉へリフレッシュしにやってきた。そこへいきなり男根のご神体が登場。誰だって驚くよそりゃ。
2人とも女将さんにすすめられて乗ってみると「緊張したけどアトラクションみたいで楽しかった」と顔をほころばせ、「子だくさんになります」とノリノリ。旅館では女性が戸惑ったり恥じらったりしながらもお神輿を楽しんでいく様子や、ご神体が建物に入ってくる衝撃的な光景が盛り上がりを生んでいた。
町の各地に興奮とご利益をもたらしたご神体は、夜10時ごろ薬師堂に帰着。2014年は9月27日に、ふたたび美ヶ原温泉で女性たちを揺らす予定だ。あまりにもご神体の上が楽しそうなので女性がうらやましくなったこのお祭り。1度足を運んで揺られてみてはおいさ?
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