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愛書狂

 先日の『フランスの愛書家たち』に引き続き、喜び勇んで手に取った愛書家のための書物。とはいえこちらは奢覇都館の刊行物ではなく、それよりも以前の、白水社のもの。

 

ギュスターヴ・フロベール他(生田耕作編訳)『愛書狂』白水社、1980年。


 まあ、これほど本棚を美しくしてくれる本もなかなかないだろう。最近ではほとんど出されなくなってしまった函装、本体も挿絵が豊富で、ところどころに光沢紙を使ったカラー図版まで入っている。装幀を手がけたのは野中ユリだと書けば、わたしが貧弱な語彙を駆使する必要もなくなるだろう。この一冊と同様に「愛書小説」を収めたのがもう一冊あり(『書痴談義』)、さらにアンドルー・ラングの『書斎』も同じサイズの函装本として刊行されている。本棚のなかにきれいに並んだこれらは、わたしの蔵書のなかでも自慢の三冊だ。

 じつは、先日紹介した『フランスの愛書家たち』に収められていた三篇は、すべてこの本のなかに入っている。今回の目的は、あの奢覇都館の一冊に収められていなかった三篇である。以下、収録作品。

★★★ギュスターヴ・フロベール「愛書狂」
★★☆アレクサンドル・デュマ稀覯本余話」(※)
★☆☆シャルル・ノディエ「ビブリオマニア」(※)
★★★シャルル・アスリノー「愛書家地獄」
★☆☆アンドルー・ラング「愛書家煉獄」
★★☆アンドルー・ラング「フランスの愛書家たち」(※)
(※『フランスの愛書家たち』に収められていた三篇)

 まずはフロベールだ。フロベールの作品であるという以上に、なにかを語る必要があるだろうか? この作家が読者を裏切ることなど、ぜったいにない。とはいえ、巻末の「作者紹介」によると、これはフロベールがまだ十五歳にも満たない年齢のときに書いたものだそうだ。だが、一読してみても、これが若書きだとわかるような箇所はどこにもない。この作家の文章の無駄のなさは、すでにこの頃から身についていたものだったのだ。まったくとんでもない文学少年がいたものである。この作品の書き出しを見てみてもらいたい。

「それほど以前のことでもない。バルセロナのとある陽当りのわるい裏通りに、一人の男が住んでいた。顔色の蒼白い、どんより落ちくぼんだ目つきの、まるでホフマンが夢の中から掘り出してでもきたような、風変わりな不気味な人物だった」(フロベール「愛書狂」より、9ページ)

 あっというまに、読者は物語のなかである。「訳注」の量をほかの作家たちの作品と比べてみると、フロベールの作品がいかにシンプルに描かれたものであるかがよくわかる。ノディエやラングに至っては「訳注」のほうが作品そのものよりも長いのではないかと思われるほどなのに、フロベールが使った言葉に対して付された注釈はたったの三つ。「ホフマン」、「羊皮紙」、「ゴシック字体」の三つだけだ。訳注、いらんだろ。専門知識を詰めこむことがなくても、愛書小説というものは書くことができるのだ。もちろん、ノディエやラングの作品に溢れているような、専門用語を知る楽しみも捨てがたいものだが、こちらの方式のほうがよほど親しみやすいことはまちがいない。

「古本屋と古物商以外、この男は誰とも口をきいたことがない。無口な、うわのそらの、陰気くさい男だった。ただひとつの考え、ただひとつの愛情、ただひとつの情熱しか持ち合わせていなかったのだ。要するに書物のこと以外頭になかった。そしてこの愛情、この情熱が身内で彼を焼きつくし、その寿命を擦りへらし、生活を蝕んでいたのである」(フロベール「愛書狂」より、10ページ)

「自分の持ち金、財産、感情を、洗いざらい書物のために捧げつくしていた。かつては僧籍に身を置いたこともあるが、書物のために神を見棄てたのだ。その後、世人にとっては神に次いで大切なもの、すなわち金銭をそれに捧げ、さらに、金銭の次に大切なもの、すなわち、己れの魂までもそれに投げ与えたのである」(フロベール「愛書狂」より、13ページ)

 小説の巧みさ、疾走感という観点からは、他に抜きん出ている。比較対象となるほかの作家たちが、とんでもない量の知識を詰めこんでいるので、尚更それが際立っていると思う。ストーリーももちろん面白いのだが、フロベール以上に面白くそれを伝えることなどできやしないので、興味を持った方にはぜひ手にとってみてもらいたい。

 次はシャルル・アスリノーである。「だれ?」と思いながら読みはじめたのだが、すばらしかった。デュマの作品を読んだときにも思ったことだが、愛書家の定義というものは愛書家によって書かれると非常に面白い。

「ここで私が言いたいのは愛好家(アマチュア)、すなわち蒐集家、それも積極的蒐集家のことである。彼は自分以外の誰をも信じないし、ましてや老練な書籍商などというものは、ゆめゆめ信頼することのできぬ天敵だと思いなしている。競市の朝といえば必ず、展示本一冊一冊に熱っぽい好奇心を示しながら、裏返し、表紙を開き、頁を繰る、この男の姿が見かけられる。染や湿気の痕、ちっぽけな虫喰い穴や題扉の補修のあと、果ては半ミリばかしの縁裁ちまで、彼の目は何一つ見逃さない。売り場を任された書籍商人の方は、不機嫌な顔つきで彼を睨みつけている、それというのも彼からは絶対に手数料を期待できぬことを心得ているからだ。ここにいるのが真の愛書家というものである」(アスリノー「愛書家地獄」より、99ページ)

 先日も紹介したセーヌ河岸の「ブーキニスト」は、やはりこの作品においても戦場として扱われている。先にも書いたとおり、この本にはたくさんの挿絵が収められているのだが、なかでもセーヌ河岸の風景を描いた絵が多い。紹介できないのが残念でならない。

「概して愛書家のうちでもその熱狂ぶりが最も風変わりで気違いじみているのが、このセーヌの露店をうろつく連中である。競売や書店のご贔屓筋は、バルブー版、エルゼヴィル版といった、すっかり評価の定まった古典の良版のためならば、探索の労も惜しまず気前よく金も出す。ところがセーヌの露店のご贔屓たちは、現在はまだ無名だが、後々大騒ぎされる、といった特殊なものを求めて懸命になるのである。そこでは新聞、雑誌、パンフレット、論文、屑同然の紙片、こうしたある程度時がたつと、再び見つけ出すことが不可能になるようなものが集められる。試みにたった二十年前の定期刊行物を、どれか一つ探してごらんになるがいい! 「王立図書館」にもないし、またあったとしても不揃いなものだ。それでもなお諸君が探し続けるなら、そのうち本屋が教えてくれるだろう、完全な揃いはたった一点、何某氏が所有しているだけだと。その人は十年がかりで一冊一冊、セーヌの露店で買い集めたのである。
 従って、セーヌの露店の常客は、勢い先見の明を備えた文学通たらざるを得ない。諸君ならばとうてい買う気になれないようながらくたを買い漁っているその姿を見かけたときには、笑いたいだけ笑うのもいいだろう。彼はひとりごちて自分を慰めている。「十年、二十年先を見ているがいい、このがらくたのためにお前たちは俺に泣きついてくることになるだろうよ。だが、誰が譲るものか!」」(アスリノー「愛書家地獄」より、103~105ページ)

「河岸の店頭に一軒のこらず同じような掘出し物が転がっているというわけではない。富める店もあれば貧しい店もあり、収穫の豊富な店もあれば皆無な店もある。毎日毎日新しく入れ変えられる、保存の良い本が眩いばかりに並んでいる店があるかと思えば、また一方には何ヵ月経とうが何年経とうがいっこうに変わらず、陽に焼け、風に晒され、パサパサになるがまま、虫喰いだらけの雑本をいつまでも積み上げている、見るも惨ましい店がある」(アスリノー「愛書家地獄」より、121ページ)

 愛書家というのは書物を愛する人びとなのだから、相応の知識と知恵を備えているはずなのだが、猟書をする彼らの姿は馬鹿そのものである。みんな自覚しているのに、やめられないのだ。この「愛書家地獄」は、そんな愛書家たちを襲う一種の恐怖体験をテーマにしている。つまり、悪魔がやってきて、「屑同然」の本を買わせられるのだ。しかも、それらの雑本をモロッコ革で装幀までさせられ、挙げ句の果てに愛書家は破産し、みずからのコレクションを手放さなければならなくなってしまう。アスリノーは実際にこんな夢を見て、この小説を書いたそうだ。病気である。そして、同じ病気を患うアンドルー・ラングは、この「愛書家地獄」を模倣し、後日譚「愛書家煉獄」を書いた。

「公正な道徳家の目からすれば、ブリントンの言い分が見せかけにすぎないことは一目瞭然であろう。彼の言う<罪のない趣味>は実際には地獄墜ちの大罪をほとんど一つ残らず、いずれにしたところでそのうちの現在にも通用するものを数多く含んでいたからだ。たとえば隣人の蔵書を欲しがったことがないとはいえない。その機会があれば本を安く手に入れ、それを高値で売り払い、文学を商売の位置にまで引き下げたこともある。古本屋の無知に付け込んだことも。嫉み深く、他人の幸福を怨み、失敗を喜ぶ。貧窮の訴えには俄か聾をきめ込む。贅沢好きで、自分一人の楽しみに分不相応な金を費やし、古いアランソン編みのレースなどを頭に描いて空しく嘆息する夫人を尻目に、度々モロッコ革を使って本を飾り立てる。貪欲で、傲慢で、嫉み深く、吝嗇で、そのくせ浪費家で、おまけに取り引きにかけては抜け目なく、教会が<地獄墜ち>と認める罪科のほとんどすべてにかんしてブリントンは有罪だった」(ラング「愛書家煉獄」より、150~151ページ)

 ラングはイギリスの作家なので(厳密にはスコットランド)、舞台はパリからロンドンへと移っている。「愛書家地獄」、「愛書家煉獄」と来ているのだから、「愛書家天国」が書かれない理由はない。だれか書いた人はいないのだろうか? そして、その舞台は?

「まこと、いみじくも、神学者たちが死の床での悔い改めの価値を認めないように、けだしそれだけがわれわれの決して取り消すことのない唯一の後悔なのである」(ラング「愛書家煉獄」より、166ページ)

 正直なところ、ラングの作品はアスリノーのものを読んだ直後でなければ楽しめないと思う。アスリノー作品の細かな描写の面白さと比べてこそ、楽しめる類の作品なのだ。たとえば、愛書家が古書競売のカタログを家に忘れてきてしまったことを知ると、悪魔はこんなことをする。

「「どこに置いてきたのかね?」
 「机の上です」
 悪魔は両腕を後へ突き出した、するとそれはスーッと伸びて先が見えなくなったかと思うと、一分もたたないうちに、印のついた場所で開かれたままの私の目録を持ち帰っていた」(アスリノー「愛書家地獄」より、126ページ)

 これが、ラングの作品だと以下のようになっているのだ。

「「どこにあるんだ?」
 「家の、黒檀の本箱、右側の、上から三段目の棚です」
 <見知らぬ男>は片腕を伸ばした、とそれはみるみるうちに長く伸びて角を曲がり見えなくなったかと思うと、たちまち手にカタログを摑んで戻ってきていた」(ラング「愛書家煉獄」より、160ページ)

 どうだろうか。個人的には、「印のついた場所で開かれたまま」のほうが、リアリティがあって好きだ。同じようなリアリティを獲得するために、ラングのほうは言葉を費やしすぎているように思えてしまう。まあ、タイトルも「愛書家煉獄」なのだから、ラング自身もアスリノー作品と一緒に読んでもらいたいと思っていたのにちがいないけれど。

「世にビブリオマニア(愛書狂)という名称で呼ばれる不治の奇病に取り憑かれた人々がいる。英国の文人ホルブリック・ジャクソンは上下二巻、千ページを垂んとする大著『ビブリオマニアの解剖』(1930年)を著わして、その病症を悉に検討した。だが奇妙なことに、治療方法については、確実な手だてはけっきょくなにひとつ提示していない。ひとたび愛書家になれば、永久に愛書病患者としてとどまる以外にないというわけだ」(「あとがき」より、243ページ)

 ふと思ったのだが、生田耕作は自分で書こうとは思わなかったのだろうか。わたしがよく行く神保町のある古本屋には、「生田耕作旧蔵」と書かれた、フランス語や英語の書籍が、いつまでも高く積み上げられている。生田耕作の手による「愛書家天国」があるのなら、これほど読んでみたい本もない。それから、以下の一文に、わたしは奢覇都館の設立理念を見た気がする。

「不治の<本気ちがい>だけを読者対象に、少部数限定の高価本のかたちで版を重ねるのが、その祖先シャルル・ノディエ、シャルル・アスリノー以来、<愛書小説>が担いつづけてきた宿命のようである」(「あとがき」より、244ページ)

 現代の愛書狂たちをやきもきさせることまで、彼の計算のうちに入っていたのだ。こんちきしょう。奢覇都館の刊行物を揃えることがどれだけ大変なことか。ところで、この『愛書狂』は1980年刊のわりに、古本屋界隈ではよく見かけるので、興味のある方は足で探してみたら楽しいだろう。2000円くらいで、美本を購入できるはずだ。ちなみに『書痴談義』と『書斎』のほうは、よっぽど手に入れにくいので、見つけたらすぐに買うことをおすすめする。

 

追記(2014年12月15日):まさかの平凡社ライブラリー化。

 


<読みたくなった本>
ペトリュス・ボレル『狂想賦』

 

レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ『当世女』

 

シュリーマン『古代への情熱』

 

ウィリアム・ベックフォード『ヴァテック』

 

Andrew Lang, Books and Bookmen

 

Andrew Lang, Letters to Dead Authors

 

Holbrook Jackson, Anatomy of Bibliomania

 

Eugene Field, The Love Affairs of a Bibliomaniac

 

Christopher Morley, The Haunted Bookshop

 

Christopher Morley, Parnassus on Wheels

 

Pierre Véry, Léonard ou les délices du bouquiniste




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