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赤と黒

他のことをしなくてはならない時にも、続きを想像してしまう作品と久しぶりに出会った。

 

スタンダール(野崎歓訳)『赤と黒』光文社古典新訳文庫、2007年。


「あの若者には何もかもそろっている。若さだけは足りないがね」(下巻、464ページ)

ジュリヤン・ソレルの言動に毎回驚かされながら、ページを繰り続けていた。傲慢とも言える態度や突拍子もない行動にも関わらず、彼の魅力は疑いようがない。きっと十九世紀フランスにおいて彼は、下層階級の若者たちの理想をかなりの割合で代表していたことだろう。

「もしキリスト教の神が存在するならば、ぼくはおしまいだ。何しろあれは暴君だし、暴君らしく、復讐の念にあふれている。聖書に出てくるのは残虐な処罰の話ばかりだ」(下巻、542ページ)

聖職者や貴族社会の矛盾や偽善と、熱狂的な恋愛が溢れている。王政復古の時代を背景にしているのに、古さは全く感じられない。ジュリヤンは現代においても尚、僕の目には眩いヒーローとして映る。

「ジュリヤンはすぐれた男であるがゆえに、すぐ足元にある幸福を味わえなくなっていたのである。十六歳の娘が、すばらしい色つやをしているのに、舞踏会に出かけるからといって愚かにも頬紅をつけるようなものだ」(上巻、169~170ページ)

ジュリヤンは不完全なヒーローだ。世間知らずで、不器用で、あまりに不完全な。だがその才覚と純粋さはそれらを補って余りあるものである。

「しかし少なくとも、罪を犯すのであれば、喜びを覚えながら犯すべきでしょうね。それだけが犯罪のよさなのですから。その理由によってのみ、少しは犯罪を正当化できるかもしれない」(下巻、145ページ)

夢中になった。読み終えた時に味わった放心は忘れられないだろう。 

 

 



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