「オルレアンの乙女」ジャンヌ・ダルクについては、創作でちょこまかと知っているだけで、きちんと通読したものがなかった。COTEN RADIOで取り上げられていたので、これを機会に読んでみた。
ジャンヌ・ダルクは、フランスを救った聖女で、異端審問にかけられて冤罪で火刑に処された、というくらいにしか理解していなかった。
そもそも、中世欧州についての前提知識が欠如していたのだが、これでだいぶ補完されて、非常に勉強になった。
色々と複雑すぎて、簡単にまとまらなかったので、地図だけ。
時
百年戦争は、1337年から1453年まで、今の英仏間の戦争。英国といっても、イングランドであり、この頃はまだUKではない。
百年戦争第一段階 1337 - 1360
1360年発行のブレティニー条約/カレー条約時の地図。百年戦争の第1期というべきか。ピンクがイングランド領、緑がフランス領。フランスってこんなにイギリスだったのね。
一番右の緑が、Burgundy = バーガンディ (英語綴り)。フランス語で、ブルゴーニュ (Bourgogne)公領
一番北の緑が、Flanders = フランダース (=フランドルの英語読み で、今のフランス北部、ベルギー南西部)、ブルゴーニュ公領。
Flandersの南西部のNormady = ノルマンディ(旧ノルマンディ公領、百年戦争時はフランス王領)
緑の中央上側のOrleansがオルレアン。そのちょいと北がParis = パリ。
一番南の赤のところに、Armagnac = アルマニャック伯領
1477年の地図(百年戦争後)
時代が下って1477年(1453年に百年戦争が終結)時点の地図。まあ、ほとんどフランスはフランスである。
ちょっと細かいが
主な都市
カレー / Calais
ブリテン島の対岸の、右上の赤いところが、カレー (Calais)。
国立西洋美術館収蔵品であるオーギュスト・ロダン『カレーの市民』は、1346年から約1年にわたる攻城戦の末、無条件降伏の代償として、カレー市民を救う代わりに処刑されることを志願した6名の市民代表の彫刻である。(実際には処刑されていない)ちなみに当時のイングランド王はエドワード3世。
百年戦争が終わっても、16世紀半ばまで、カレーだけはイングランド領だった。
ダンケルク / Dunkirk
クリストファー・ノーラン『ダンケルク / Dunkirk』(2017)の予告編
ナチスドイツによって、フランスが占領されるとき、なんとかダンケルクから英国に逃れるダンケルク撤退線(ダイナモ作戦)で有名。
ダンケルクはフランスだが、その東はベネルクス三国。ここは、ネーデルラントとして、フランドル伯>ブルゴーニュ公による支配を受けていた。
ノルマンディー / Normandy
ノルマン人の国だから、ノルマンディー。ノルマン人は、北欧のバイキングな人たち。初代ノルマンディー公は、ロロ。(911年)
三上敬『弱虫ロロ』が今連載されているね。
公爵に任ぜられるということは、任ずる王がいるということで、任じた王は西フランク王国のシャルル3世(単純王)。単純王は、ノルマン人などの侵略に苦しんでいたので、爵位と土地を与えて懐柔しようとしたのだ。単純王というのは、単純バカという意味ではなく、裏表がないという意味であるとかないとか。
ノルマンディー公は、1066年には、イングランド王国を制圧し、ノルマン朝イングランド(ウィリアム1世)となる。3代続く。その後、イングランドはプランタジネット朝へ。
第二次世界大戦の上陸作戦で有名な場所。
このため、砂浜の名前だと思ったら、地方の名前なのね。複数の砂浜に上陸しているが、『プライベートライアン / Searching Private Ryan』の冒頭でも描かれるのは、最も激戦地だったと言われる、オマハビーチ。
ノルマンディーの東側には、セーヌ川の河口がある。そう、パリを流れる、あのセーヌ川。パリから見ると、ノルマンディーは西北西くらいの位置にある。
ノルマンディの西側の半島が、ブルターニュ。
世界遺産で有名なモン・サン・ミシェルのあるところ。
アルマニャック地方 / Armagnac
フランスの南西部、海に面し、南にスペインとピレネー山脈があるガスコーニュ地方。
ヌーヴェル=アキテーヌ(Nouvelle-Aquitaine) 地域圏の首府であり、ギローヌ県の県庁所在地であるボルドー。真ん中をガロンヌ川が通り、物流に便利なため、主要都市となった。昔はアキテーヌそのちょっと内陸側にあるのが、アルマニャック伯爵領。ワイン好きには、ざっくりボルドー右岸辺りといえばよろしいか。(右岸左岸というのは、ガロンヌ川岸の右か左か)
ボルドーは、アキテーヌ公国の首都であり、1152年からアンジュー伯アンリが納め、1154年、アンリがイングランド王として即位。アンリは、イングランド王であると同時に、フランス王家に臣従する、しかし王家としては同格という、何を言っているのかよくわからない状態になる。(シャルル7世が後にフランスに奪還)
アルマニャックは、葡萄由来のブランデーである。美味しい。
ちなみにコニャックは、ボルドーの北側のコニャック地方で作られる、これも葡萄由来のブランデー。さらにちなみに、ノルマンディーでもブランデーが作られるが、これはリンゴ由来のカルバドス。
中世欧州は、まず、まだ国民国家ではないので、英国とかフランスとかを今の価値観で考えると、えらく違う、というところから入らないといけないってのが、まずわかりづらい。