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「ジェンダーバランスとかって気にしますか?」「いやー、別に」クィアコミュニティで見る既得権益

煙草が入っている灰皿の写真。

煙草が入っている灰皿の写真。

 

ゲイ男性がやっているとあるスペースに、ゲイ男性であるわたしが遊びに行ったとき、たまたまもう1人、わたしと同世代のゲイ男性が居合わせるということがあった。このままだと誰が誰だか分からないので、スペースを運営している方をAさん、もう1人をBさんと呼ぶことにする。

 

AさんとBさんはこの日、クィアに関するイベントや書籍などの企画について打ち合わせをする予定があったようで、それを聞いたわたしは「そろそろ帰ったほうがよさそうだな」と判断して帰る支度をしていた。そしたら、「別にいても構わないですよ」と言われたので、打ち合わせをする彼らのとなりで、コーヒーを飲みながら持ってきた本を閲覧することにした。

 

なので、これはたまたま耳に入ってきた話である。

 

どうやら2人は、クィアに関するイベントへの登壇や、書籍への寄稿の依頼を誰にするかについて話し合っているようだった。◯◯さんと××さんに登壇してもらいたいと思っていたけれど、一度打ち合わせをしたところ、あまり感触がよくなかったので、代わりに△△さんに聞き手をやってもらうのはどうか。それとは別で、◯◯さんと××さんの共通の趣味に関する書籍を作ってみたい。それからもう1つ企画があって、そっちは□□さんにも声をかけてみたいんだけど——。

 

打ち合わせは大いに盛り上がっている様子だった。わたしは本を読みながら、頭の片隅で、次のようなことを思った。インターネットの発達によって誰とでも繋がれる時代になったと言うけれど、実際のところ、オフラインでの繋がりっていまだに強い。あちこち出歩き、いろんな人たちと出会い、交友関係を広げられる人は、こうやってイベントや書籍のお誘いをして、されて、といった関係が積み重なっていくのだ。引きこもりの陰気なクィアの肩身は狭い。

 

そして、もう1点。クィアに関するイベントや書籍のはずなのに、話に出てくる人物のほとんどがシスジェンダーのゲイ男性ではないか。クィアやLGBTQ、性的マイノリティなどを題するイベントや書籍を企画するのであれば、より多様性を重んじて、もっといろんなジェンダーアイデンティティセクシュアリティを持った人物に依頼するべきではないだろうか。そんなことを気にしていたら、ちょうどAさんがBさんに尋ねた。「ジェンダーバランスとかって気にしますか?」「いやー、別に」。唖然とした。

 

5体の人形が肩を組んで輪になっている写真。

5体の人形が肩を組んで輪になっている写真。

 

要するに、こういうことらしい。ゲイ男性のAさんとBさんは、クィアに関するさまざまなイベントや書籍を企画しているけれど、AさんとBさんの交友関係のなかから人選をするので、結果的に、登壇者や寄稿者がシスジェンダーのゲイ男性だらけになる。ジェンダーバランスとかは気にしていない。で、そこで生じた人間関係を辿ってまた次のイベントや書籍を企画するので、同質性の濃度が一向に薄まらない。

 

案の定、その数ヶ月後に発表されたとあるイベントは、マイノリティについて取り扱った内容なのに、登壇者全員がゲイ男性だった。わたしは、打ち合わせの最中には指摘することができなかったが、イベントが発表されたあと、このことを批判した。登壇者たちからは、怒りや言い訳が入り混じったようなダイレクトメッセージが届いた。

 

「自分のこれまでの活動や葛藤を知りもしないで、登壇者が全員ゲイ男性であるから多様性に欠けるとするのは、あまりに短絡的」

「属性ではなく、同じ志を持つもので集まっているだけ」

 

その後、わたしの意見をお伝えし、イベントの発起人や登壇者で話し合いの場を持ってもらうことになった。結果、イベント内容が一部変更されることとなった。

 

***

 

わたしがしたいのは、告発ではない。

 

第二次トランプ政権が始動し、性別を男と女のみにするだとか、「LGBTQ+」の表記を「LGB」に変更するだとか、DEIを廃止する動きだとか、そういったことが世界で起き、まさにバックラッシュが吹き荒れている。当然、日本にとっても対岸の火事ではない。そんな中で、シスジェンダーのゲイ男性たちがクィアコミュニティで特権を持ち続けている現状をもう1度、改めて批判したいと思って、この文章を書いている。

 

これまでだって同様の批判は繰り返しなされてきた。それでもいまだにコミュニティのあり方には問題があると思う。シスジェンダーのゲイ男性は、シスジェンダーのゲイ男性ばかりとつるむし、他のジェンダーアイデンティティセクシュアリティを持つものに対して関心や理解がない・薄い。クィアコミュニティ内の権力勾配を均す努力も十分になされていない。

 

もちろんこの批判はわたし自身にも鋭く突き刺さるし、とても痛い。それでもこのことは問われなければならない。

 

先日、とあるトランスジェンダーの方のブログで、「今後、もしもLGBがTを分離するというなら、それでもいい。むしろそっちのほうがやりやすい」と書いてあるのを読んだ。その方がそう考える背景には、クィアコミュニティの中心に陣取り、気の知れた友人や仲間で周りをガッチリ固め、わいわい盛り上がってしまっているシスジェンダーのゲイ男性であるわたしたちの存在があるのだろうと想像して、しばらく落ち込んだ。

 

この記事の前半に書いたようなやりとりは、コミュニティのあちこちで起きていて、それを見聞きした人もきっと少なくないのだろう。

 

バックラッシュがより激化し、クィアコミュニティにとってつらい時代が到来している。いまこそ連帯を——とつい叫びたくなるが、わたしたちにそんなことを叫ぶ権利があるのだろうか。叫んだとして、それに応えてくれる人はどれほどいるのだろうか。どうして応えてくれない人たちがいるのだろうか。特権を持つ立場のひとりとして、そういったことに考えを巡らせる必要があると思っている。




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