4/13
今日は通常出勤日。ニュース番組では非常事態宣言後の都心部の様子を写すのがお決まりになっているが、どの番組でもキャスターが「私たち個人ができる事をやっていきましょう!」みたいな事をぬかすのに腹が立つ。勝手にこっちに責任をなすり付けてくるな。感染症対策が上手くいくかどうか、まず政治の責任を問うべきだろう。俺はそんな薄気味悪い連帯はごめんだね。
夕方、アイヴァン・ライトマン『ゴーストバスターズ』『2』を連続鑑賞。ジェンダー・リテラシーに対する配慮を全く欠いたブロマンス的価値観がとにかく酷い。テンポも悪いし、観ていて眠たくなってくる。なぜハリウッドではアイヴァン・ライトマンを名匠扱いしているのか全く理解できない。
4/14
それにしても、安倍晋三の星野源コラボ動画は本当に不気味だ。あれで皆が勇気付けられると思ったのか?まあ、本人は100%善意であの動画を流したのかもしれないが、何をやっても人を苛立たせるだけの奴というのはいるものだ。
ポール・フェイグによるリメイク版『ゴーストバスターズ』を鑑賞。オリジナル版に対する批評的態度が垣間見える誠実な作りに好印象。続編を期待させる終わり方だったが、何と2020年公開予定の新作ではこのリメイク作を無視して、オリジナル版の孫たちが活躍する正当続編になっているらしい。いったい、何を考えているんだ?そんなものを望んでいる人間がいると思っているのか?いや、ドナルド・トランプを大統領にするぐらいだから、アメリカにはそんな人間が一定数いるのかもしれないが…帰宅後、マキノ雅弘『日本侠客伝』を鑑賞。長門裕之が惚れた遊女と別れ、夜道を帰る中途で殺されてしまうまでのシークエンスは本当に素晴らしい。長門裕之がブラブラ夜道を歩いているシーンの隅っこに、刃物を持った男の影が少しだけ映る。ちゃんと観ていないと見逃してしまうぐらいの繊細な演出。今の映画が失ってしまった奥ゆかしさだ。
4/15
今日もテレワーク。暇なのでストルガツキー兄妹の『ストーカー』を読む。主人公が何だかよく分からない、行ったらほぼ死んでしまう危険地帯に出掛けて、そこら辺に落ちているゴミみたいなものを拾ってくる。1人では危険だからだいたい同行者がいるのだが、揃いも揃ってボンクラばかりで、主人公の足を引っ張ってばかりいる。かといって、主人公が冷静沈着で勇敢なヒーローなのかといえばそんな訳でもない。結局、やってる事はごみ拾いと同じで世の中には全く不必要な、生きていてもずる賢い奴らの食い物にされるのがオチのどうしようもない人間なのだ。俺も結局、会った事もないやつらがそこら辺に捨てたごみを後生大事に抱えているだけのつまらない人間である事を思い知らされ、絶望的な気持ちになる。そういえば、タルコフスキーによる映画版を観ていなかった。この機会にレンタルしてみるか。
夕方から「あつまれどうぶつの森」をプレイ。やっと島クリエイトが解放された。あちこちいじくり回している内に眠くなったので就寝。
4/16
テレワーク。やっと、1人あたり10万円給付の話が出てきた。公明党がかなり強気に迫った様だが、という事は創価学会からかなりの圧力があったのだろう。まあ、皆が困っている時に救済の道を示してくれるのが宗教なのだからそれで良いのではないか、と先日観た『ビッグ・アイズ』を思い出す。それで気が大きくなったのか、ネットで春夏用に以前から欲しかったRINENのパーカーを注文。これだけ仕事の先行きが暗くなっているのに、消費癖は治らない。
夕方からマキノ雅弘『日本侠客伝 浪速篇』を鑑賞。登場人物が関西弁を喋るだけで、ほとんど前作と同じ話なのに笑った。このいかがわしさこそ映画だ、という気がする。ただ突っ立っているだけで只ならぬ気配を漂わせる、鶴田浩二の演技が見事。その後、ザック・ペン『ATARI Game Over』を鑑賞。82年にATARI2600専用ゲームとして発売された『E.T』は、そのあまりのクソゲーぶりに返品の嵐となり、在庫の処分に困ったATARI社がそれをニューメキシコの砂漠に埋めた、というゲーマーには有名な都市伝説を検証したドキュメンタリー。しかし、ここで描かれているのは、たった1本のゲームの悪評によって全てを失った1人のゲーム開発者が自分を取り戻すまでの過程である。地中に埋まった『E.T』を掘り返すという一見バカげた行為は、ハワード・スコット・ワルショウという男を救う為に、いつか誰かがやらねばならなかったのだ。
4/17
現在、妻もテレワーク中でリビングで仕事をしているので、非常に気まずく自分の部屋から出られない。普段は共働きでそれほど顔を合わせる事も無いのに、これだけ同じ空間にいると向うも嫌になってくるだろう。おそらく、これを機会にテレワーク離婚が増えるのではないか。そうやって家族がバラバラになって、政府が後生大事に抱え込んでいる「世帯」という概念が消失する。その時、2枚のマスクはどこに送られ、誰が使うのだろうか。
夕方からジョン・カサヴェテス『フェイシズ』を鑑賞。長年連れ添った夫婦が決定的な破局を迎えるのに、たった36時間しか必要ないのだ。もちろん、カサヴェテスはこの映画を撮るのに3年という月日を要したのであり、この映画にはそれだけの時間が凝縮されている、という見方もできるだろう。唐突に笑い、怒り、泣きだす登場人物たちの背後に、彼らが潜り抜けてきた人生がほの見える。
その後、中原昌也の自伝『死んでも何も残さない』を読了。映画、音楽に関する知識が凄まじく、相変わらず勉強になる。NURSE WITH WOUNDという名を初めて知り、さっそくApple Musicで聴く。ノイズというと勢い任せにガーとかピーとか鳴らしてるだけのもあってそういうのも好きなのだが、こちらはコンセプチュアルで構築的な印象。
4/18
「あつまれどうぶつの森」で島クリエイトを進める。マイデザインで枕木を描いてみるが、陰影の付け方などなかなか上手くいかず。
三池崇史『殺し屋1』を鑑賞。原作は未読なので話の流れがよく掴めない。まあ、ストーリーなんかどうでもいい映画なのだが。過激な残虐描写が海外でも評価されたと言われる作品だが、正直あまり感心できず。キッチュな世界観を演出しようとしているのは分かるのだが、結局はCG使ってめちゃくちゃやってるだけじゃん、と興覚めしてしまう。身体を縦に真っ二つにしたり、素手で腕をもぎ取ったり、まあ映画なんだからメチャクチャやってくれてかまわないんだけど、結局は単なる作り物として距離を置いて楽しめるレベルに留まっているのが不満である。
その後、ウィリアム・ラスティグ『マニアック』を鑑賞。いやあ、やっぱりこれだよね!もちろん、トム・サヴィーニはCGなんて使っていない。それでもここまで禍々しく、不吉な気配に満ちた殺人描写が可能なのだ。結局は『サイコ』のパクリなんだけど、世の中から完全に無視され、自分だけが割を食っていると思い込んでいる殺人者の自分勝手な哀しみが胸を打つ。もちろん、それは彼が抱いた哀しみを私たちが共有しているからだ。地下鉄駅でのチェイスシーンなど本当に怖くて上手いな、と思ったら、『マニアック・コップ』の監督だと知って納得。
4/19
子供にNintendo Switchを占領されてしまったので、仕方なく3DSで『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面3D』をプレイ。永遠に繰り返される3日間の中で謎を解き、少しずつ世界を変えていく。今ではありきたりの設定だが、これが20年前に発売された事に驚く。まあ、今やってみると色々と面倒ではあるのだが…
夕方からベルナルド・ベルトルッチ『暗殺のオペラ』を鑑賞。同時期に公開された『暗殺の森』は観た事があるが、こちらは長らくソフト化もされずなかなか観る事ができなかった。それが今ではサブスクで配信されるのだからいい時代になったものだ。ボルヘスの4ページにも満たない短篇小説から着想を得たらしいが、過去と現在が徐々にないまぜになっていく展開や、相反する2つのイメージを帯びた父親像など、確かにボルヘスっぽい。色彩と陰影に富んだ映像が美しく、屋外映画館のスクリーンを巻き上げる場面には思わず息を呑む。こうした奥行きを強調した縦の構図とヴィットリオ・ストラーロによる甘美な横移動の撮影が絶妙に組み合わされ、まるで時が止まったかの様な虚構の空間を生み出している。劇中でポスターが登場する、ロバート・アルドリッチ『ガンファイター』も観てみたい。