明治政府が国民統制の切り札として約1000年ぶりに戸籍制度を復活させ、1872年から編製された壬申(じんしん)戸籍。しかし、この壮大な国家プロジェクトは、わずか1年で深刻な問題を露呈した。 本来一致しなければならない戸数と戸主数が10万人分も合わない、人口が突然30万人以上増える、といったずさんな記録が行われたほか、兵役逃れにも悪用され、歴史にその名を刻んだエリートや有名人たちも“抜け道”を使用して