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中谷仁です。私は今、子どもたちに野球を教えながら、自分自身も勉強の日々を送っています。私は選手、ブルペン捕手として16年間プロの世界に身を置いてきました。阪神、楽天、巨人、さらには2013年のWBCで数多くの超一流と呼ばれるエースたちの球を受け、彼らの凄さを知ることができました。これまで私が彼らと過ごした貴重な時間を振り返り、彼らの人間性、能力の高さに迫りたいと思います。前回に続き、クライマックス・シリーズ(CS)のカギの握る男・内海哲也についてお話をさせていただきます。
私が巨人にいた頃、内海を見て感心したのは、練習量の多さです。グラウンドにいちばん最初に来て、ひとり黙々と走り込んでいる。東京ドームでナイターの試合がある時は、まだ球場の照明がついていない午前中から練習していました。また、横浜スタジアムや神宮球場で試合の時は、二軍のジャイアンツ球場(川崎市)に来て、走り込みをしている時もありました。だから、私の中で内海といえば、いつもランニングをしているイメージがあります。
ただ、プロを目指す子どもたちに勘違いしてほしくないのは、内海はやみくもに走っているわけではないということ。体幹を強化することを目的にしてやっていると聞きました。走り込みによって作られた強靭な体が、彼のピッチングを支えているのです。最近の若い投手は、走り込みよりもウエイトを中心にトレーニングする選手が増えていますが、内海を見ているとランニングの重要性にあらためて気づかされます。そんな内海の姿を見ているからでしょうか、巨人の投手は本当によく走ります。
そして内海について印象に残っているのは、いろんな人に意見を求めていたことです。「僕のフォーム、どうなっていますか?」と、コーチやブルペン捕手の意見を聞き、ビデオで撮影して、細かくチェックしていました。巨人のエースとなっても、常に向上心を持って練習に取り組んでいました。
次に内海のピッチングについての話をしたいと思います。彼の生命線はタテに曲がる変化球です。一見、カーブにも見えるのですが、実はスライダーなんです。内海曰く「スライダーは鋭く曲がり、ミスが少ない球種」ということで、大事にしているウイニングショットなのです。
昔から、左腕でいいタテの変化球を持っている投手は大成すると言われてきました。400勝投手の金田正一さんや、西武、ダイエー(現・ソフトバンク)、巨人などで活躍した工藤公康さん、スローカーブの使い手だった星野伸之さん(元オリックス、阪神など)などがそうです。スライダーにしても、カーブにしても、なぜ左投手のタテの変化球が有効かといえば、この種のボールは左打者を抑えられるからなんです。
左打者はわかっていてもなかなか打てない。たとえば、右投手対右打者で同じようなカーブを投げられても、そう苦にする人はいないと思います。それはなぜか? 考えられるのは、野球というスポーツは、打者は打つと一塁へ走りますよね。つまり、打者は本能的に一塁へ動こうとするのですが、左打者の場合、その球種は逃げていく軌道になってしまうので打ちづらいのです。これまで2度、最多勝に輝いている内海ですが、このボールを自在に操れることが大きかったと思います。
それに内海のスライダーは、ほとんどが低めに制球される。よくピッチャーは低めに投げろと言われますが、なぜ低めがいいのかを少し説明させていただきます。ピッチャーが変化球を投げるひとつの理由に、タイミングを外すというものがあります。バッターにしてみれば、タイミングを外された上に低めに投げられると、コンタクトしにくくなる。これが高めに行ってしまうと、バッターはタイミングを外されてもバットを操作しやすく、ミートするのもそれほど困難ではない。それに変化球は、基本的にストライクゾーンからボールゾーンに行く軌道が理想的です。その方が空振りを取りやすいですし、ミートされる確率も低くなる。こうした投球ができるのも、内海の優れている点といえます。
もうひとつ、内海の優れている点は、クイックモーションの早さです。ある足の速いランナーに聞いたことがあるのですが、彼が言うには、右投手よりも左投手の方がリードを大きく取れるし、盗塁がしやすいと。でも、内海は盗塁させない球界トップクラスのクイックモーションを持っています。投げるだけではなく、こうした細かい動きができるものピッチングのうまさにつながっていると思います。
これも、最初からできたことでありません。プロに入って、一軍で勝つために何が必要なのかを考えた結果、こうしたものをひとつずつ身に付けていったのでしょう。そのあたりも向上心の高さ、プロ根性を感じます。
今シーズンはなかなか思うような結果を出せませんでしたが、私も含め、心配していた人は少なかったと思います。確かに、勝てない時期が長かったですが、内容は決して悪かったわけではない。どんな状態であっても、しっかりと試合を作ることができる。その安定感はさすがのひと言に尽きます。菅野智之がCSで投げられない可能性が高いですが、今こそ内海の力が必要になるはずです。今シーズンの悔しさをCSで晴らしてほしいと思います。
おわり
【プロフィール】中谷仁(なかたに・じん)1979年5月5日、和歌山県生まれ。甲子園の名門、智弁和歌山高校出身。甲子園には正捕手として3度出場し、2年生だった 1996年センバツ大会では準優勝。3年生の1997年夏の甲子園では主将として全国制覇を成し遂げる。同年のドラフト1位で阪神に入団。その後、 2005年オフに金銭トレードで楽天へ移籍。2012年からは巨人に移籍。その年を最後に引退し、巨人ブルペン捕手としてリーグ優勝に貢献。2013年の WBC日本代表でもブルペン捕手としてチームに帯同した。現在は大阪の野球教室「上達屋」でプロ野球選手から子どもたちまで幅広く指導を行なっている。
中谷仁●解説 analysis by Nakatani Jin