「有名な候補者ばかりが並ぶ選挙になったが、誰に投票すれば、自分の生活が楽になるか想像がつかない」
これが、大多数の人の正直な気持ちではないか。一部の熱狂の影で、あきらめムードすら感じる。その中で、不思議な候補者を見つけた。家入一真氏だ。若くして、いくつものIT企業を興したことは知っていた。ビジネスで成功した人が、政治の世界に転身することはよくある。
だが、自分が都知事になれたら実現したいこと(政策・公約)を掲げずに、出馬するのは奇妙だ。なぜ都知事になりたいのか。また、生活がぎりぎりまで追い込まれている20代―40代の非正規雇用のネット世代の人たちの不安定な暮らしを変えたいという意思はあるのか。あるとしたら、どうやって実現していくのか。
家入氏に、直接話を聞いてみたくなった。ネットはありがたい。まったく面識のない人でも、すぐに連絡が取れる。家入氏に単独取材を申し込んだところ、アポが取れた。
●候補者に聞いてみたいことはありますか? ネット上から聞こえてきた切実な声
インタビューの前日、家入氏に質問する内容をまとめていて、あることに気付いた。私もよく使う短文ブログソーシャルメディア『Twitter』のハッシュタグ「#ぼくらの政策」で、家入氏は、都知事になったら実現してほしいことを広く募集しているのだ(注:『Twitter』にはハッシュタグという機能があり、「#」にキーワードを付けて投稿すると、多くのユーザーの投稿の中から、共通のキーワードの投稿のみを一覧できる)。
フリーのしがらみのない立場で取材できるので、私自身有権者に近い目線になれるはずだ。インタビューの前日、自分が使っている『Twitter』アカウント 「@naoki_ma」で、家入氏に直接聞いてみたいことを募集してみた。
すると、切実な声ばかり届く。胸が苦しくなった。「派遣労働で収入が上がらないし、家賃を支払える状態でも、正社員じゃないとアパートを貸さないとか、保証人がいないと契約出来ない、などと言われることばかり。このままだと部屋を借りられずに路上死してしまうのではないかと感じていて、とても不安。所得が少ない人や高齢者以外のためにも都営住宅を増設してほしい」「小さな子供がいて、二人目を妊娠中なので、役所に行きたくても外に出られない。役所で必要な手続きをネットですませられないか」など。
家入氏がハッシュタグ「#ぼくらの政策」で募集している内容にも、様々な問題が寄せられている。驚いたのは、ネットユーザーらが、それらの意見を分野別にまとめていて、とても分かりやすいが、途方もない状態になっていることだ。こういった問題をどうやって解決していくのか? ますます疑問は深まった。
●ぼくら目線とぼくらの居場所
家入氏のインターネット上の発言を見て、気になったことがある。「別に僕じゃなくてもいいんだよ。ぼくら目線を持っている人ならね」といった趣旨の発言だ。それと、「ぼくらの居場所」という言葉。選挙で、若い人たちが外に置かれているという意味だろうか。
私自身、昨年『うちの職場は隠れブラックかも』(三五館)という、ブラック企業対策の実用書を上梓しているが、実際に取材させていただいた若い人から聞いた中で切実だったのは、「居場所がなくなりそうで恐い」という意見だった。インタビューに先立って、家入氏に聞いてみたいことという意見を募集したが、住む場所、つまり「居場所を失うのではないか」という切実な問題が多い。こういった事と、家入氏の「ぼくらの居場所」という言葉は重なるのだろうか。
アポをいただいた都内の場所に出かけてみると、既にNHKが取材に来ていて、私はその次のインタビューとなるとのことだった。時間も30分いただいた。とはいえ、家入氏は手持ちの『iPhone』でネット上からの質問にリアルタイムで答え続けていて、他の候補者とはずいぶん違ったインタビューになるのは間違いなさそうだった。