渡辺会長は、「
松下電器(現在のパナソニック)とか、ソニーとか、ああいう一流企業が持ってくれんかね」と大手企業による買収を希望。球団の経営赤字についても、「
いくらも出さんのだよ。20億円、30億円だろう、出しても。屁でもないじゃないか」と、売却先には
経済的に体力のある企業を望んだ。
プロ野球界は、
閉鎖的な組織だ。新規に参入するには
30億円の与り保証金が必要だが、それでも
既存球団のオーナーのご機嫌を損ねてしまうと、新規参入の道は絶たれてしまう。
2004年の球界再編のときも、そうだった。
近畿日本鉄道社の野球事業からの撤退、これに伴う
大阪近鉄バファローズと
オリックスブルーウェーブの合併で、
11球団に縮小した球界は、このまま
1リーグ制に移行することが危惧された。
そんな中、インターネット関連事業を展開する
ライブドア社が新規参入に名乗りをあげたが、当時ライブドアの代表取締役社長CECだった
堀江貴文氏の言動が、既存オーナーから理解を得られず、新規参入の軍配は、ライブドアに遅れて立候補した、同じくインターネット関連事業会社の
楽天社に上がった。
球界への新規参入に、既存オーナーの理解が必要になるのは、米メジャーリーグも同じだ。2002年、当時
ボストン・レッドソックスのCEOだった
ジョン・ハリントン氏が球団の売却を発表。これに応じたのが、
ジョン・ヘンリー氏をリーダーとする投資家グループと、
ケーブルビジョン社の
チャールズ・ドーランとニューヨーク州弁護士の
マイルズ・プレンティス率いるグループだったが、はたしてヘンリー氏のグループに売却が決まったのは、コミッショナーの
バド・セリグ氏がハリントン氏に圧力をかけたためと言われている。
入札では、ヘンリー氏のグループの応札額の方が低かったが、ヘンリー氏、ヘンリーとグループを組んだ
ラリー・ルキーノ氏、
トム・ワーナー氏とは、いずれもセリグ氏との関係が深い。3人とも、それまでにもフランチャイズ規模の小さい球団で働いていた経歴を持っており、セリグ氏は仲間を増やした方が自らの足場固めになると判断。レッドソックスの売却先をヘンリー氏のグループに決めた。
既存オーナーが新規参入者を選ぶのは、ある意味で当然だ。表向きは
球団の安易な売買を防ぐのが狙いだが、本音は
仲間を増やすため。誰だって、自分に反対する者よりも、賛成・協力する者を近くに置きたい。忠実なイエスマンならなおさらだ。
ただ、気になるのが、冒頭で紹介した、渡辺ジャイアンツ球団会長のコメントだ。渡辺会長は、
パナソニック、
ソニーといった超一流企業の名を挙げると同時に、
年間20億円から30億円の球団赤字に耐えられることを新規参入の条件に挙げた。
たしかに、プロ野球に限らず、スポーツビジネスでの収益の安定化は難しい。ジャイアンツ、
阪神タイガースですらも、創設から長きに渡り赤字を計上していた。球団の独立経営を目指すパリーグ6球団も、試行錯誤が続いている。渡辺会長ではないが、球団から見れば、親会社からの保護は、手厚ければ手厚いほどいい。
だが、
子会社の赤字を許し続ける企業を一流企業と呼んでいいのだろうか。いやむしろ、そんな企業が今の日本に存在しているのだろうか。
わが国の企業は、長引く不況、少子化による市場の縮小、海外との競争激化、環境規制、省エネ対策、進行するドルやユーロに対する円高などと、かつてないほどの激しいサバイバル下に置かれている。
企業は経営体制を抜本から見直しているが、コスト削減はもはや恒常的な課題。不採算事業の縮小・撤退、事業所の閉鎖、人員削減と、聖域は無くなっている。
そんな中で、赤字を覚悟の上で球界に参入する経営者がいるのだろうか。いたとしても、すぐに社員や株主から吊るし上げられるのがオチだ。
今、球界に限らず、スポーツビジネス界に求められているのは、
ありあまる体力で赤字を許す三流企業ではない。
スポーツで収益を稼げる仕組みを作れる、本当の一流企業だ。
ヘンリー氏のグループが2002年にレッドソックスを買収したことは先に紹介したが、そのレッドソックスは今や、持株会社の
NESV(
New England Spotrs Ventures)の事業会社の1つだ。
NESVは野球チームのレッドソックスの他、地元のケーブルテレビ会社
NESN(
New England Sports Network)、マーケティング会社の
FSG(
Fenway Sports Group)といった事業会社を傘下に持っている。
NESNはレッドソックス、NHLの
ボストン・ブルーインズなど、地元のスポーツチームの試合を中継。FSGは、レッドソックスの観戦ツアーを企画・実行したり、モータ・スポーツ、プロゴルフ、ビーチバレーをはじめ、多くのスポーツビジネスに投資している。NESVも昨年、イングランドの
プレミアリーグに属する
リバプールFCを買収した。
このように、
NESVは野球興行のみならず、グループをあげた、他のスポーツとのシナジー効果で収益の安定化に成功している。
プロ野球興行は、親会社の広告・宣伝が目的。儲からないのは当たり前だし、赤字は親会社が補填すればいいというのは、もはや
前時代の考えだ。
渡辺会長は今年、震災直後にも関わらず、開幕戦を予定通り強行しようとした。その際、戦後のプロ野球再開を例に挙げ、プロ野球が国民に元気を与えることを強調した。
だが、当時と今とでは、時代背景がまったく違う。パリーグの球団関係者は渡辺会長を、「
考え方が昭和で止まっている」と一刀両断したが、彼の球団運営に関する意識についても、すでにカビが生えているようだ。
バックスクリーンの下で 〜For All of Baseball Supporters〜
野球は目の前のグラウンドの上だけの戦いではない。今も昔も、グラウンド内外で繰り広げられてきた。そんな野球を、ひもとく