平塚駅からのバスで、11年前はサポーターをしていたという茅ヶ崎市在住の40代男性と一緒になった。
「現金だけどね、J1に昇格したらさ、やっぱり観たくなったよ」
なるほど、胸元の「DDI」が歴史を感じさせてくれる。もちろん背中には「NAKATA」と「7」も刻まれていた。勝てるといいですね、と水を向けると、
「でもさ、どうなんです? 今のメンバー。知ってる選手がほとんどいないんです。地味ですよね」
そんな地味なプロチームの指揮を昨シーズンから執っているのは反町康治監督だ。昨年の就任会見で、湘南ベルマーレの眞壁潔社長は、「反町監督はマジシャンではない。何かを買えば結果が必ずついてくる世界ではないので」というような主旨のコメントを残している。
行間は「J1昇格はそんな簡単なもんじゃない。期待しすぎは禁物だ」といったところだろう。釘を刺したわけだ。反町監督は01年から3シーズンかけて新潟をJ1に送り込んだ実績がある。それだけにとどまらず、そこで戦えるチームに熟練させ、リーグ屈指の観客動員という大きすぎるオマケまでもたらした。眞壁社長をはじめベルマーレのフロントが「昇格請負人」のイメージをなぞろうとしたことは想像にかたくない。
しかし、社長の言葉を反町湘南は爽快に裏切った。躍動感あふれるサッカーでわずか1年でのトップリーグ復帰を果たしたのだ。「万年J2」と呼ばれたチームを再生させた手腕は誰もが見事と認めるところだろう。
ところが、早すぎる昇格は嬉しいサプライズであると同時に、嬉しくない副作用ももたらした。J1を戦う土台がまだ完全にできていないと指摘されているのだ。
補強ひとつとっても、同じ昇格組のセレッソは播戸竜二、茂庭照幸、家長昭博など日の丸を背負ったことのある選手を獲得し、ベガルタはフェルナンジーニョというビッグネームを仙台に呼ぶことに成功しているのに対し、ベルマーレが獲得した選手は新居辰基や馬場賢治など、決してネームバリューがあるとはいえない11人。あげくのはてにGKの負傷で、引退した選手が急遽復帰してベンチに入るなどというバッドニュースまである。
何度も「大丈夫かなあ」と首をひねる男性に、新居、馬場の両選手を補強したんですよと紹介する。新加入の選手はみんな即戦力候補だとか。と加えても、ピンときていない様子だ。
「ボロ負けしないかなあ。怖いなあ」
バスが、スタジアムに着いた。
■走って数で勝つサッカー
2010年のJリーグが開幕。ベルマーレはホームに山形を迎えた。
雨が降っているスリッピーなコンディションだが、昨季同様、イレブンは全員が連動したボール狩りを敢行する。新加入の新居と馬場も両翼の高い位置から猟犬のごとくボールを追った。しかし、相手はJ2ではなくJ1だ。これまでの11年のように簡単には奪えないけれど、そんなことはお構いなしに走る走る。
オフェンスでも「ボールホルダーを追い越す」という約束事を遵守して相手ラインの混乱を誘発するランニングをトライし続ける。
その愚直なまでのランニングが実を結んだのは19分。新居が最終ラインの裏へ抜けてボールを受ける。トラップは流れたが、そこには、これもラインをかいくぐった坂本が入りシュートを放つ。キーパーが弾いたボールをジャーンが押し込んだ。走って数で勝つ。それを体現したような先制点だった。
前半終了直前に不運なオウンゴールを喫するも、ベルマーレは後半も足を止めなかった。「1対1を仕掛けて抜いてシュート。そんなイメージはない」「前を向いてボールを持って選択肢を増やしていくサッカー」。反町監督が語るとおりのサッカーだった。
結果はそのまま1−1。ベルマーレは勝ち点1を獲得した。
試合後、「狙っているサッカーはできていた。次につながる」と反町監督は言う。しかし、それでもホームで勝ち点3が取れなかった。それがJ1のレベルだといえばそれまでだが、「ひとつでも上の順位を狙う」という目標を掲げているかぎり、湘南はプラスαの上積みを手に入れなくてはいけないだろう。
ではプラスαをどこに求めるか、といえば「このフレームのままのサッカーを継続し成熟させる」というのが反町監督の考えだ。「走力で勝つ」、そういうことらしい。
■次節はアウェイでの中村凱旋試合
サッカーが足し算だとしたら、失礼を承知で書くが、ベルマーレは下から数えたほうが早い位置に属すクラブだろう。あるいは一番、下かもしれない。多くの専門誌や識者が語る今季の展望では、ベルマーレの名前はほとんど出てこない。「目標は降格だけはしないこと」。だからこそ監督の手腕でその戦力差を埋める。今季の反町監督はその作業に忙殺されるのだろう。それは監督業の中でもっとも楽しい時間なのかもしれないという気もするが。
次節、ベルマーレは足し算ではトップクラスであろう横浜F・マリノスにアウェーで挑む。“彼”の凱旋試合だ。しかし、反町監督は正面を向いて、はっきりとした口調で会見をこう結んだ。
「我々は
中村俊輔選手のお膳立てをするつもりはございません。注目もされるし多くの観客も入るでしょう。その中で『湘南、やるじゃねーか』、それをお見せしたい」
サッカーは算数や資本や選手名でするゲームではない。それを名将の辣腕と地味で愚直な選手たちのハードワークで証明することができるだろうか。日産スタジアムのキックオフは13日土曜日、14時だ。(了)
竹田聡一郎 Soichiro Takeda黄金世代と同じ1979年生まれ、神奈川県出身。湘南ユースでプロを目指した元DF。04年にフリーランス宣言以来、情報誌、グルメ誌、トラベル誌などに寄稿している。