それでも、この街に残る日本人がいる。今回、開戦から約3週間が経過した時点で、
ドバイに残留する日本人ビジネスマンたちに匿名を条件に話を聞いた。戦時下の日常とビジネスのリアルとは--
◆観光都市
ドバイから人が消えた
開戦から2週間ほどで、街の景色は一変したという。
「観光客がいなくなり、日本人の退避も進んだ後の街の寂しさは顕著でした。どこのモールに行っても人がいない。
ドバイモールやモール・オブ・ジ・エミレーツ、ダウンタウン周辺は特にそうでした」
一方で、カイトビーチのような地元住民が日常的に使う場所では、ジョギングやサイクリングをする人々が変わらず集まっているという。つまり、消えたのは「観光の
ドバイ」であり、「生活の
ドバイ」は静かに回り続けている。
実際、エミレーツ航空は開戦直後に全便を停止した後、3月5日から段階的に運航を再開したものの、現在も通常の50〜60%程度の運航にとどまっている。ブリティッシュ・エアウェイズ、ルフトハンザ、エールフランスなど欧州系の主要キャリアは3月末まで運休を継続中だ。ある試算では、
ドバイの観光関連の予約は60%以上減少し、ホテル稼働率も大幅に落ち込んでいる。
◆日本人の7〜8割が退避、企業は「社長ひとり残留」
「アブダビでは9割くらいの日本人が退避した印象です。
ドバイでは7〜8割。家族は当然帰しています。日本人学校はオンライン授業に切り替わりました」
ドバイには約340〜350社の日系企業が進出しており、大手も少なくない。退避のパターンとしては、日本人社長ひとりだけが残り、あとは全員帰国させるというケースや、全社員が帰国した企業も。
在
ドバイ日本国総領事館と在UAE日本大使館は、開戦当日の2月28日に「アブダビ市内における爆発音が確認された」とする緊急情報を発出した。翌日からはザーイド国際空港の運航情報を6時間おきに更新し、3月3日には全在留邦人に海外安全情報配信サービス「たびレジ」登録と領事メール確認を強く呼びかけた。日本政府はオマーン・マスカットへの陸路退避バスも手配している。
「外務省の今回の素早い対応は特筆すべきものでした。商工会議所も毎日のようにアンケートを実施し、結果を共有していました。企業同士の情報交換も頻繁に行われ、日系企業のつながりの強さを感じました」
JBC
ドバイ(
ドバイ日本商工会議所)はジェトロ・
ドバイ事務所内に事務局を置く組織で、こうした非常時に在留日系企業の情報集約拠点として機能している。一方、
ドバイ商工会議所(Dubai Chamber of Commerce)も3週間で各国ビジネスカウンシルと48回以上の会合を開催し、ビジネス継続を支援する姿勢を打ち出している。ただし、日本のビジネスカウンシルは同会合の公表リストには含まれておらず、日系コミュニティは大使館・総領事館・ジェトロを通じた独自チャネルで情報を得ている構図がうかがえる。
◆ミサイルが落ちる日常、95%が在宅勤務
外務省の危険度レベル3のもと、
ドバイに残る日系企業のほとんどは在宅勤務に切り替えている。