当の指揮官は、今季前半の会見で言っていた。
「最高水準を目指す姿勢は、あらゆる側面に共通している。攻守が入れ替われば、敵のトランジションに最善の対処ができるチームでありたい。(セットプレーで)相手ボックス内に混乱を生み出すことにかけても、一番でありたい。ポジショナルプレーに基づく攻撃においても、ローブロックでの守備においても、最強のチームが目標。その手段を探求し続ける意欲を持ち続けてこそ、チームに成長と進化をもたらし、敵に手の内を読まれることなく、より効率よく戦うためのツールを選手たちに与えることができる」
アルテタという監督は、飽くなき向上意欲の持ち主だ。それは指導者を志した当初から変わっていない。
今から10年前、UEFAプロライセンス取得コースの一環として、アーセナルのアカデミーで実習をこなしていた当時の彼を知る人物に、U−16チームを指導していたヤン・ファン・ローンがいる。現在はフリーの立場で、コーチの育成コンサルタントを務めるベテラン指導者が、懐かしそうにアルテタとの共同セッションを振り返ってくれた。
【「子どもたちの名前を覚えるのに10分かからなかった」】
「ミケルの向上心には目を見張るものがあった。コミュニケーションひとつをとっても、もっと効果的なやり方があるんじゃないか、チームや個々の選手に自分が何を求めているのかを、より明確に伝えられるようになるにはどうすればよいのかと、常に改善を心掛けていた。そのためには、努力も時間も惜しまない。
(適度な緊張感を維持するうえで役立つ)テンション・マネジメントや、ストレス管理の専門家にもアドバイスを求めようとするのが、彼。選手の内面を言葉や仕草から察知することは、求めるパフォーマンスを引き出すうえで役に立つ。指導者としてのミケルの歩みは、自分自身、そして選手や周りのチームスタッフを成長させるためのプロセスの繰り返しさ」

アーセナルのアカデミー指導者時代のヤン・ファン・ローン
2016年当時のアルテタは、アーセナルのMFでありクラブキャプテンでもあった。だが、当人のなかでは、すでに監督という第2のキャリアへの道が選択されていた。ファン・ローンが説明する。
「毎週金曜日、アカデミーの練習施設で行なわれる地域の児童向けサッカースクールに、よく自分の息子たちを連れて来ていてね。お互い、トップチームの施設でユースの練習が行なわれた時に面識もあった。顔を見れば立ち話をするようになっていて、ある日、ライセンス取得に必要な実習を、私が担当しているU−16チームでできないかと相談されたんだ」
快く聞き入れたオランダ人コーチは、模範的なスペイン人"実習生"をチーム練習に迎え入れることになった。
「初めからスムーズだった。ミケルは、練習グラウンドに立つとすぐに、率先して指導に当たっていた。子どもたちの名前を覚えるまでに、10分とかからなかっただろう。それだけでもたいしたものだ。アプローチは極めてポジティブ。彼が、『さっきのプレーはすごくよかったから、同じようなやり方をこの場面でもやってみたら?』と言えば、選手たちも『はい! やってみます!!』という感じでね。各自の性格まで把握して、練習中、その子に合ったやり方で助言や指示を与えるのがうまかった」
キーポイントは「対話」になる。ファン・ローンが続ける。
【「聞くこと」の重要性を理解している】
「たとえば、選手のところにいって言うんだ。『どうして今のプレーを選択したのか教えてもらえる? どうなると思っていた?』のように。頭ごなしに、『今の場面はこうすべきだった』みたいな言い方はしない。まずは必ず、その選手なりの考えや発想を確認していた。そのうえで、『じゃあ、もしボールがあそこに行ったら、どうしなきゃいけないと思う? 相手チームの攻撃を止めて、なるべく自分たちがボールを奪い返しやすい状況に仕向けるには、どうすればいいと思う?』というように、さらに問いかける。それが、彼のやり方だ。
ほとんどのコーチは、最初から自分の考えを押しつけようとしすぎる。その点、ミケルは聞くことの重要性を自然と理解しているタイプ。私に言わせれば、それが指導の核心でもある。相手の考え方や行動に興味を示し、本当の意味での接点を持つことが大切だ。練習メニューをうまくこなせずにいる子がいれば、彼は肩を抱くようにして声をかけて、話をしていた。すると5分後には、その子が見違えるように溌剌としたプレーを見せていたものさ。ミケルには、そんな指導者として生まれ持った才能がある」
アルテタとともに行なったU−16チームの練習を、ファン・ローンは「どれもすばらしいセッションになった」と語る。
「選手たちも、ミケルのメソッドにぞっこんでね。説明やアドバイスにも、熱心に耳を傾けていた。練習メニュー自体に関しても、彼のインプットは大きかった。一般的なU−16レベルを超越していたよ。トップチームで採用されているメソッドを、U−16向けにアレンジして取り入れてくれたりしたんだ。
ミニゲームでは、よく私が一方のチーム、彼がもう一方のチームを受け持った。ビルドアップを目的とした練習で、プレスをかける守備チームを担当した彼は、途中でゲームを止めて、誰がボールホルダーにプレッシャーをかけにいくべきか、その選手のカバーを誰が行なうか、そして周囲のスペースをいかにケアすべきかを丁寧に説明していた。ラインの高さや、プレスを行なうために適切なポジショニングなども含めて」
「結果として守備チームのプレッシングが効果的になると、攻撃チームへのアドバイスも忘れていなかった。プレッシャーを受けて後方からのビルドアップが難しくなった選手たちに、どちらの足で、どの程度のスピードでパスを出せばいいか、味方のMF、あるいはFWへのくさびを入れやすいポジショニングと体勢、フィードかロングキックかのGKの判断について......。その場その場で、選手たちと対話しながらフォローしていたよ」
ポジション取りに関しては、「ミリ単位の細かさだった」と強調して微笑むファン・ローン。アルテタのきめ細かさにも感心したという。
「『ボールがここに出たら、こうすればいいし、あそこに来たら、こうすることができる。OK?』と説明しながら、実際にその位置まで一緒に動き、『そう、今だ! このタイミング!』『ストップ! 1メートルほど前に出すぎ。ちょっと戻って』といったアドバイスを与える。選手たちは、実用的で、しかも非常に細かいコーチングを受けることができた」
ファン・ローンは、アルテタの指導に触れたユース選手たちの様子も忘れられないと言う。
「『信じられない!』というような表情で、みんな顔を見合わせていた。ミケルは、アーセナルのキャプテンでもあったからね。彼らは、そんな大先輩から、自分たちの持ち味を尊重してもらえたうえ、とても細かい部分まで教えを受けることができたんだ。無理を強いられたような選手もいなければ、物足りないと感じていたような選手もいない。それだけ充実した指導を、初対面にも近いアカデミー生に対してでも行なえる指導力が、彼には備わっていたわけさ」
(つづく)
ミケル・アルテタ
1982年、サン・セバスティアン生まれ。現役時代はレンジャーズ、レアル・ソシエダ、エヴァートン、アーセナルでプレー。引退後、マンチェスター・シティのコーチを経て、2019年、アーセナルの監督に就任。