いくら飲んでも酔いつぶれることができなくなった。しかし、体は確実に蝕まれていくーー。
本連載では、20代で
アルコール依存症になった、ひとりの編集者の転落と回復の日々を追う。
◆不安をアルコールで麻痺させるしかない
子どもの頃、ディズニー映画の『ダンボ』でダンボが誤って酒を飲んで泥酔して、ピンクの象の幻覚を見るシーンをケラケラ笑って喜んで観ていた。それが大人になった今では、毎晩泥酔して黄色い象を見ている。
アルコール依存症とうつ病は表裏一体だ。というよりも、
アルコール依存症の人間は同時にうつ病を患っている。いわゆる「酒うつ」である。
酒と心のどちらが先かは人による。心配事や不安から酒に逃げるか、あるいは酒を飲んでいると翌日、抑うつ気分を強めるのか……。筆者は前者だろう。飲み過ぎた翌日、軽く落ち込むが、それでも「生きる不安から逃れられるのであれば……」という理由で、酒を飲んで記憶を飛ばすしかなかった。
酒を飲んでいない状態だと不安になる。将来のこと、仕事のこと、恋愛のこと……それだけではない。この国の行く末、環境問題、終わらない戦争……。正直、自分だけの力ではどうにもならないことにすら憂いてしまう。
それで、酒を飲んで落ち込むのだから、酒を飲まない人間からしたら意味がわからないだろう。ただ、酒に溺れている人間はだいたい同じような感情で泥酔しているはずだ。
◆「廣井きくり」に見た、依存症のリアル
最近見たアニメで『ぼっち・ざ・ろっく!』がある。この作品に登場する「廣井きくり」という、女性キャラクターはステージ上では完璧に演奏をこなすロックスターだが、その一方で普段からパックの日本酒や瓶を片手に持っている「酒飲み」だ。
しかし、彼女も酒を飲まなければ普段のズボラな生活ではなく、少子化問題など、自分に関係のない社会問題に対して不安を募らせてしまうため、酒を飲んでそれらを忘れようとする。
本人はそれを「幸せスパイラル」と名付けているが、これはほかの作品の酒飲みキャラクターと一線を画すリアリティがあり、
アルコール依存症の本質を捉えていると感じた。
いわゆる、マンガやアニメの酒飲みでいうと、例えば『ちびまる子ちゃん』の父親のひろしは、登場するときはだいたい食卓で酒を飲んでいるが、特に苦悩や仕事のストレスを抱えている印象はない。というか、働いているシーンを見たことがない。
これまでの「酒飲み」のイメージは「何もせずに酒だけ飲んでいるダラシのない奴」だったが、廣井きくりはそれをアップデートさせた。つまり、明確に
アルコール依存症患者を描いている。
心配性で働き者ほど酒に逃げてしまい、
アルコール依存症に陥ることを示唆しているのだ。そして、幸せスパイラルという名の「連続飲酒」をコミカルに描いている。
◆虚無感との闘い…仕事が唯一の防波堤に
この連載でたびたび引用しているが、『今夜、すべてのバーで』(講談社)で中島らもは次のように語っている。
酒をやめるためには、飲んで得られる報酬よりも、もっと大きな何かを、「飲まない」ことによって与えられなければならない。それはたぶん、生存への希望、他者への愛、幸福などだろうと思う。飲むことと飲まないことは、抽象と具象との闘いになるのだ。
実際、当時20代中盤だった筆者は、家族の幸せを願ってはいたが、自分自身は生きる希望もなければ、嫁も子どももいないため守るものもない。そして、筆者か家族か友人が先なのかわからないが、いずれみんな死ぬ……。