関:ありがとうございます。楽しみ方はそれぞれですが、実はその順番で観ていただくことが個人的にも一番オススメなんです。
平瀬:ドラマと映画で全く違う作品構造を持っているので、一言で「再構築」と言っても、全く別の作品を作っている感覚でいます。同じ物語も、見せ方が違うとこんなに違うんだ、怖さや感じ方も違うんだ、ということに挑戦しているので、実際に(ドラマと映画で)全く違うものに変わっていく過程は、作っていてもすごく楽しかったです。
関:ちょっとマニアックなお話になるのですが、映画やドラマを作る時には、まず脚本を書くことになります。当たり前ですけれど脚本って文字なので、最終的なアウトプットは映像なはずなのに、文字で思考せざるを得ない。そのことで文字の表現に縛られているなと思う時が結構あるんです。
もっと遡ると、企画書を作って映像が無い状態で「これ面白いね」と思ってもらわなきゃいけないんですけど、それも基本的には文字で構成されているので、「アウトプットは映像なのに、文字でスタートしている」ということは同じで、そのことがずっと気になっていました。
でも、今回はドラマで撮影した映像の素材が揃っているので脚本や文字を前提とせずに構成を考えられると思ったんです。それは自分的にはすごくやりたかったことなので、思い切ってチャレンジしてみました。。
実際にやってみたら、文字と映像では思考する時間のかかり方が全然違うので、作業時間が大幅に伸びてしまいました。文字より映像って曖昧なので、考えることも大変でしたね。ただ、やりたかったから良かったなと。
平瀬:絶対大変だよね。
関:映画の編集も色々なパターンで行って、ドラマ版の6話を丸ごと落としてみたり、他の話も試しに落としてみたり、やはり戻したりと、たくさん試行錯誤しました。

--「男」という存在が、本当に怖くて不気味で、でも目が離せない、特別なものだなと思います。
平瀬:僕と関にとって1番興味があるのは “構造” ですが、鑑賞者にとっての1番興味があるのは ”恐怖” だと思うので、その中心たる男の存在こそが、この企画の命だとも思っています。その怖さをちゃんと作らないと見てもらえないだろうと。
最初に香川照之さんにこの企画を説明しに行った時に、「殺人鬼を演じてほしいのではなくて、“災い”という現象を演じて頂きたいです」とお伝えしたら、すぐに「分かりました」とお答えを頂いたんですね。普通だったら「それってどういうことですか?」「もうちょっとヒントください」となると思うのですが、香川さんは企画の根幹をたった一言で理解してくれた。新しいことへの挑戦だったので、すごく心強かったです。言うまでもなく素晴らしい俳優さんですし、前作(『宮松と山下』2022)でコミュニケーションがとれていたことも大きかったように感じました。
関:撮影前の話し合いの時に、香川さんは僕らが思っている以上に奇抜なアイデアを出してくださったりして。劇中のシーンで「偶然っていうのは存在しない」といった会話が出てきますが、それも香川さんご本人の“災”に対する考え方だったりして、そのセリフはドラマ版の最終話の重要なシーンで使わせて頂きました。

--男が出てくると、怖いのに「待ってました」感もあって不思議な感覚でした。“出方”はどうやって決めているのですか?
関:編集していて、男が出てくるとちょっと面白いんですよ。編集を繰り返す中で「これ面白いな」と思っている自分もいて。でも本来やりたいのは「新しい怖さ」なので、“面白い”に振らない方がいいんじゃないかと。そこからは、音楽の力も大きいと思うのですが、こちらから「面白いでしょ」という表現にはしないように努めました。?笑っている男が近づいてきているだけなのに怖い?という作劇を成立させることに集中しようと。
平瀬:今、音楽の話が出ましたが、ドラマ版と映画版では音楽も全然違います。ドラマ版は、毎週、新しい話を見続けて頂くために、それぞれの主人公の物語性に重きを置いていますが、映画版では “恐怖” を演出することを第一としました。

-- ポスターをはじめとするヴィジュアルもとても素敵ですよね。
平瀬:ドラマ版のヴィジュアルもすごくカッコ良いし大好きなのですが、それとは変えたいなと思っていました。ドラマの撮影中で撮っていたスチールもたくさんあったので、それを使うことも考えましたけれど、それは結局せずに。
関:男のオリジナルというのは存在しないという設定で作っているので、劇中の誰か1人をヴィジュアルに使ってしまうとそれがオリジナルというか意味を持ってしまうと思ったので、この本ポスターが「誰でもない状態」のイメージに一番近いのかなと。香川さんの顔の左半分を影にしたくて、影をただ暗く落とすだけだとちょっと簡単なので、煙も含めて見えなくなっている状態にしようと、みんなで話ながら作っています。
-- 映画の中でも、赤がとても効いていて、カッコ良いです。
関:平瀬がデザインしてくれています。
平瀬:作品カラーを「赤」にしたことや、「災」というタイトルロゴをあの造形にしたのは台本がきっかけでした。台本の見本が上がってきた時、最初は表紙に普通の明朝体で「災」と書かれていたのですが、それがなんだか弱々しく見えてしまって。「災い」の根源的な恐怖をもっとグラフィカルに表現したい、思って辿り着いたのがあの象形文字でした。そして、僕が作ったデザインは、黒の台本に白で「災」とレイアウトしていたのですが、ドラマの台本って何冊にも及ぶので、混乱しないようにスタッフさんが1冊毎に色を変えてくれていたんです。最初の2冊は黒と白、そして3冊目が赤。それを見た時にすごく良いなと思って。関が映像の編集を進めるのと同時に、僕は「赤」を基調にした劇中のグラフィック類を作っていきました。
関:劇中で、赤のジャンパーとか赤い傘が出てくるのですが、それは本当に偶然なんです。赤が目立つから赤にしているのですが、「あれは意味があるのですか?」とか、本来意図していなかった感想が生まれていることも面白いなと思います。
平瀬:あと、今回、小さいながら僕が学んだことは、タイトルやエンドクレジットの入れ方です。これまで、僕たちの作品はその部分で、比較的、オーソドックスな演出が多かったのですが、今回はもう少し格好つけてみました。格好つけるのって恥ずかしいじゃないですか。でも、鑑賞体験の面白さを考えた時に、この作品はいつもより演出的にタイトルやクレジットやテロップといったグラフィック要素を使うことを選びました。

──月並みな言い方で恐縮ですが、随所にセンスが溢れ出ていてしびれました。お2人が最近ご覧になって、面白かったり、影響を受けた作品はありますか?
平瀬:たくさんありますが、この劇場版をつくることに関して言えば、少し前になりますが、『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』です。長いアニメシリーズを劇場版にする際に素晴らしい編集をしているなと思って、すごく参考になりました。劇場版としてもめっちゃ面白いのに、アニメシリーズがスタートして見たら始まり方も全然違って、改めて、劇場版の編集の上手さに!驚きました。
関:本作を作る際に、怖いけれどあんまりホラーにしたくないという気持ちがあって、あくまでも日常の会話なのに味わったことのないような怖さを作りたいと思っていました。その世界観を参考にしたのは、ヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し』です。クオリティの高い家族ドラマだなと思って見ていたら、ありえないぐらい怖いことにいつの間にか巻き込まれている…というリアリティとホラーのさじ加減みたいのがすごい自分はしっくりきて。あれぐらいのバランスになるとすごくいいんだなって。自分たちの日常をペラッと一枚めくった時にすごく怖いものがある、そんな事を意識させてもらいました。
--今日は素敵なお話をありがとうございました!
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