前編では、そうしたストレスがどのように心身に現れ、どんなサインを経て休職に至るのかを見てきた。
では、部下を持つ立場の人間は何ができるのか。「様子がおかしい」と気づいたとき、上司としてどう声をかければいいのか。
多くの人が「何かしてあげたい」と思うだろう。しかし産業医の大室正志氏は、その善意が必ずしも相手のためになるとは限らないと指摘する。
◆善意のケアが逆効果になる瞬間
どういうことか。過去に外資系企業で、こんな事例があったという。
部下の様子を心配した上司が、カウンセリングの案内パンフレットを渡した。アメリカでは「よく気がつく、いい上司」と評価される行動だ。
しかし、日本人の部下は深く傷ついてしまった。
「『自分は病んでいると思われている』『評価が下がったのではないか』と受け取ってしまったんです」
このすれ違いは、個人の性格の問題ではない。文化の違いによるものだ。
「教科書的には、早期発見・早期ケアが正解です。でも、日本の職場では、人間関係ができていない状態で踏み込むと、心を閉ざしてしまうケースがとても多いんです」
さらに、日本特有のハイコンテクストなコミュニケーションも影響する。
「『大丈夫?』と聞かれれば、『大丈夫です』と答える。でも、それは本当に大丈夫という意味ではないことも多い。言葉そのものより、文脈を読まないといけないんです」
配慮のつもりで仕事を減らすことも、別のリスクを生む。
「『これ、やらなくていいよ』と言われて、『助かった』ではなく『見切られた』と感じてしまう人もいます。言い方ひとつで、プライドを深く傷つけてしまうのです」
つまり、労務リスクを避けるための対応と、人としてのケアは、必ずしも一致しない。大室氏が現場で最も重視しているのは、「メンツへの配慮」だという。
「心に土足で踏み込まれたと感じた瞬間、人は心を閉ざします。ケアは大事ですが、それ以上にメンツを傷つけないことが重要なんです」
◆それでも踏み込むための「3つの段階」
多くの上司が悩むのは、「何もしないわけにはいかないが、下手に踏み込むのも怖い」という点だろう。
メンタルの話題は、一歩間違えれば評価やハラスメントに直結する。だからこそ、「正しい言葉を探す」よりも、「踏み込む順番を間違えない」ことが重要になる。
大室氏が勧めるのは、あくまで段階的に距離を縮めていく方法だ。
ステップ1:休日の過ごし方を聞く
「いきなり『うつ病なんじゃないか』と踏み込まないことです。まずは『最近、休日どうしてる?』という雑談から入ります。
ここで趣味を楽しんでいたり、充実した過ごし方をしていれば問題ありません。
気にするべきは、『ずっと寝てる』といった答えが返ってきた場合です。そこではじめて『じゃあ、結構疲れてるのかもね』と一歩踏み込む態勢に入ります」
逆に言えば、ここを飛ばしてしまうと、会話は一気に重くなる。いきなり「最近、元気なさそうだけど大丈夫?」と切り出すと、多くの部下は身構えてしまうのだ。
「観察されている」「問題視されている」と感じた瞬間、人は本音を引っ込める。雑談は遠回りに見えて、実は一番安全な入り口なのだ。
ステップ2:体調を聞く
次に聞くのが、体の不調だ。
「『最近、きちんと寝れてる?』『頭痛などはない?』といった体調を話題にします。
特に男性は、『心の問題』と言われると、弱さを突きつけられたように感じやすい傾向にありますが、体調の話なら答えやすいんです」