トップチームが長らく
J2に甘んじ、ユースチームが高円宮杯U−18プレミアリーグから陥落していたことで、東京ヴェルディはアカデミーの選手獲得競争において、近隣の他クラブに後れを取るようになった。
その事実は、現在アカデミーのヘッドオブコーチングを務める中村忠、そして昨季までユースチームの監督を務めていた小笠原資暁(現トップチームコーチ)がそろって認めるところだが、現在は横浜F・マリノスでユースチーム監督の職に就く冨樫剛一もまた、かつてはヴェルディの現場スタッフとして、それを実感したひとりである。
「いろんなクラブがスカウティングをして、選手に入ってもらう努力をしているなかで、ヴェルディがその争いに勝てないということは、すごく多かったです」
冨樫が続ける。
「たとえば、東京都のU−12トレセンに20人の選手がいたとしたら、18人はFC東京が(U−15の)むさしと深川で分け合って、あとのふたりぐらいが、うちのセレクションに来てくれる。そんな厳しい状況が実際ありました」
かつてのヴェルディと言えば、クラブユースの代表的存在。菊原志郎(現FC今治U−12監督)は、自身がアカデミーの指導者としてヴェルディにいた頃を振り返り、「いい選手がたくさん来てくれた。(有望な)選手を取れないということはなかった」という。
だがしかし、「やっぱりJ2に落ちてからですかね。FC東京だとか、川崎フロンターレだとか、周りのクラブの人気が出てきた」。そう言って、菊原が続ける。
「僕はもうクラブ(ヴェルディ)を離れて長いので、最近のことはわかりませんけど、ミニラ(中村)と話していても、『いい選手が取れないんですよ』って聞きますから」
東京近郊のJクラブ勢力図について、「ヴェルディ(の人気)が少し抜けていたところから、だんだんと落ちてきた一方で、他のクラブが上がってきた」とは、菊原の弁。
菊原は続けて、「僕自身はヴェルディに10歳から40歳ぐらいまで30年ぐらいいたので、今まではなかなか外から見る機会がなかったけど、(外から見ても)ヴェルディはやっぱりヴェルディ。大事にしているものは変わっていない」としたうえで、こう語る。
「ただ、ちょっと(選手が)小ぶりになってきている。ジュニアユースとか、ユースの試合を見ても、昔だったら11人中11人がいい選手。さらにベンチの選手を含めて、15人ぐらいが『いい選手だね』って言われていたけど、今だとやっぱりそこまではいない。
本当に高い基準でいい選手って言えるのは4、5人ぐらいで、本当にプロになりそうだなっていうのはひとりかふたり。そういう意味では、(いい選手を取れなくなったことで)多少小ぶりになったっていうのはあると思います」
だが、菊原同様、現在はヴェルディを離れた冨樫が思うのは、「もちろん、いい種があればいいものが育つんでしょうけど、それにはやっぱりいい畑、いい土壌がないといけない」ということ。そのうえで、「よみうりランドは、あらためていい土壌と思います」と言い切る。
冨樫がそれを実感したのは、F・マリノスのユースチームとともに練習試合で彼の地を訪れた時だった。
その日のよみうりランドでは、同じグラウンドでユース(高校生)の試合前にジュニアユース(中学生)の試合が行なわれていた。それを見ていた冨樫が、ふと傍らに目をやると、グラウンド脇のちょっとしたスペースを利用して、ジュニア(小学生)の子どもたちがミニゲームをやっていたという。
「その子たちは午前中に練習が終わって、持ってきたおにぎりを食べて休んで、それから勝手にミニゲームをやっている。一見すると邪魔に見えるんですけど、それがすごく大事だっていう認識をクラブ全体が持っている。
だから、僕自身も(中学時代に)練習は休みでも、グラウンドへ行く。行けば誰かが来るし、誰も来なくても、ひとりで壁当てをしていれば、コーチが出てきて1対1をやってくれるし、誰かもうひとり来たら、2対1が始まる。もっと増えたら、じゃあミニゲームをやろうか、となるんです」
ヴェルディのアカデミーで育ち、日本代表でも背番号10を背負った中島翔哉(現浦和レッズ)の名を挙げ、「翔哉なんか、1日中いましたからね。朝来て、壁にボールを蹴って、僕ら(コーチ陣)と一緒にボール回ししたりして。で、自分の(チームの全体)練習をやって、その後もまだ残っていました」とは、菊原の回想である。
冨樫は、ヴェルディのアカデミーが選手を集めることの難しさを知ったうえで、それでも誇らしげに語る。
「あのクラブは相変わらず強い土壌を持っているなって。ヴェルディはこの土壌があれば大丈夫だって思います」
(文中敬称略/つづく)◆東京ヴェルディのアカデミーから「面白い選手が出てくる」のはなぜか>>