「絶対に遂行しないといけないルーティン。おかげで、ちょっと緊張をゆるめることができましたね」
千葉は滑走直前の一幕をそう振り返っている。リンクサイド、いつもよりもやや遠かった柵越しに、濱田美栄コーチとお互いがジャンプし跳びついて手を握り、健闘を誓い合っていた。その"儀式"によって、彼女は緊張から解き放たれたようだったーー。
【重圧を跳ねのけ拍手喝采の演技】
『ラストダンス』の旋律に乗って、千葉はしめやかに滑り出している。
「6分間練習が一番、"ガチガチ、フワフワ"な感じでした。そこから、本番で自分の感覚を戻せてよかったです。どんな感覚か......言葉にしがたいんですけど、落ち着くっていうのが近いかな」
千葉はそう回顧したが、堂々とした演技だった。静かな曲の立ち上がりで、最初のジャンプは会場も固唾を飲んで見るなか、どうしても緊張が走る。しかし彼女は3回転フリップ+3回転トーループという大技を難なく決めた。ダブルアクセルも危なげなかった。フライングキャメルスピンはレベル4で、一本にまとめた髪を揺らした。
そこから曲調が一気に明るくなって、愛する人への気持ちを全開する思いを込め、"運命を引き寄せてやる"という気概が浮き彫りになる。3回転ルッツはアンテンションがついたが、会場は全ジャンプ成功を祝福するように熱気が渦を巻く。
スピン、ステップも質が高く、すべてレベル4だった。観客全体とダンスを踊るような幸福感が共有され、最後のレイバックスピンからフィニッシュポーズ後、彼女は空気が震えるような拍手喝采を浴びていた。
「ルッツを降りてからは、大勢の観客のみなさんとラストダンスを楽しめて幸せでした」
千葉は湧き上がる喜びをもてあますように言った。最終滑走は緊張のコントロールが難しいのだが、彼女はプレッシャーとうまく向き合っていた。世界ランキングで常に1、2位を争うようになった実績は飾りではない。
「(最終滑走という)滑走順が決まって、夜にはマインドセットできていたんです。でも、6分間練習で緊張の波が押し寄せてきていました」
千葉はそう言って、こう続けた。
「これまで何かと最終滑走経験は多かったので、緊張の波に飲まれたショートも少なくなかったんですが、そういう経験もあって、いい方向にいけたのかもしれません。ただ、その時その時でいつも新しい経験をしているわけで、今回は『オリンピックのショートという新しい経験をいいものとして積むぞ』という切り替えがよかったんだと思います」
【いけるところまでいってやろう】
SPは74.00点で4位につけた。ペトロシアンを超え、首位の中井とは約5ポイント差で、メダル圏内と言えるだろう。"楽しむ"という境地に入った彼女は強い。
「今日は自分の出番になった時には、楽しもうっていう感覚が戻ってきていました。初めてのオリンピックで最終滑走なんて、かなり強烈な感じですが、この先の人生でないかもしれないって思ったら、『だったら楽しんでやろう!』って思うことができたんです」
2月19日、千葉はフリーを最終グループで戦う。何が起こるかわからない。雌雄を決する戦いだ。
「男子、ペアと観戦して、ショートからフリーで順位の入れ替わりがあるのを見ている。自分がどこまでいけるかわからないですけど、いけるところまでやってやろうっていう強い気持ちでいます。これまで練習してきたことを出しきれるように。(フリーまで)1日空くので、そこで落ち着きを確認できたらって思っています」
千葉は決意を込めるように言った。フリーは再びロマンスソング『ロミオとジュリエット』だ。