新たな歴史の扉が開きました。すでに日本勢にとって歴史的な大会になりつつあるミラノ・コルティナ五輪に打ち立てられた金字塔、フィギュアスケートペア三浦璃来/木原龍一組、「りくりゅう」ペアによる金。しかもフリー世界歴代最高得点となる158.13点をマークしての金。ロシア勢の不在など些末なこととかき消し、今ここに史上最高の演技があることを高らかに示しての金。歴史的な金になりました!
世界一のチカラを持ってりくりゅうペアは五輪にやってきました。世界選手権を二度制し、今季はGPシリーズ連勝からのグランプリファイナルも制覇。四大陸選手権を制したキャリアとあわせて、五輪制覇によるゴールデンスラム達成に手をかけるところまでやってきていました。「獲り得る」ではなく「獲るべき」まで自分たちを高めてきていました。
しかし、それでも簡単ではないのが五輪という舞台。人生を捧げた者たちとの戦いは、世界一のチカラをもってしても容易く勝ち抜けるものではありません。ショートプログラムで起きたアクセルラッソーリフトでのミス。リフトを得意とし、リフトで世界をリードしてきたペアにとって、信じられないような出来事でした。これが五輪か。ここで裏切られるか。そう唸りました。
演技を終えたあと頭を抱える木原さんの姿。このペアのリーダーシップを取り、リフトさながらに力強く「りくりゅう」を導いてきた頼もしさが消え入るように、うなだれ、目を濡らし、焦燥して見えました。得点差で言えばトップまでわずか6.90点差ですので、まったく諦める段階でも落ち込む段階でもないのですが、「これが五輪か」によるダメージは相当な深刻さに映りました。ことに、この大会ではすでに金確実とみられた選手が「これが五輪か」によってメダルさえも失う姿を見てきたばかりなのですから。
迎えたフリー。りくりゅうペアは金メダル候補としては早い、第3グループでの登場となりました。この演技のあとにメダル圏内にいるペア4組による最終第4グループの演技が行なわれます。ただ、りくりゅうペアの直前が前回金の中国スイ/ハン組であったことと、日本で一番なじみのあるシングルは6人のグループで行なわれることが多いこと、そんなこともあって今これが最終グループのような錯覚も覚えます。先に演じてプレッシャーを掛けられるか。真の強さが問われる瞬間です。
冒頭のトリプルツイストを高く鋭く美しく決めると、3連続ジャンプも見事な同調性で決めます。嫌なイメージがよぎっても不思議はないアクセルラッソーリフトもこの日は何の問題もない本来の出来栄え。ひとつ心理的難関を突破してりくりゅうは自分たちの強さを示しました。
その後もつづく攻めの演技。武器であるスロートリプルルッツは大きくて流れがあります。デススパイラル、笑顔で入るペアコンビネーションスピン、歓声あがるトリプルサルコウ、高くて大きくて安定したリバースラッソーリフト、GOE+5をつけるジャッジも出たスロートリプルループでは、三浦さんの振り付けがガッツポーズのようにも見えました。まだ要素を残した時点ですでに速報の技術点はこれまでのトップを上回っています。
最後のリフトはリンクを巡るように長く長く行なわれ、フィナーレのコレオシークエンスへ。「やった!」とでもいうような表情の三浦さんと、「おおお!」と叫び出しそうな木原さん。最後に木原さんが三浦さんを持ち上げたフィニッシュでは、団体戦では何度も何度も拳を突き上げて三浦さんがガッツポーズをしていたものが、天高く拳を突き上げたまま万感胸に迫って硬直するような幕切れでした。美しい彫像のようでした。これまでの日々、積み上げた想い、払った犠牲、すべてがこの日この時この瞬間のためにあった、すべてをやり遂げたふたりが抱き合って涙する姿は見ている者ももらい泣きさせるようなものでした。
スタンディングオベーションで大拍手と大歓声を贈る場内。そのなかでひときわ大きな声をあげる解説の…いや日本のペア種目を牽引し、木原さんをこの種目、この人生に導いた高橋成美さんはすごいすごいすごいと連呼しながら「宇宙一」とこの演技を評しました。そう、そうかもしれない。この広い宇宙でも、氷のうえでふたつの人生が同調する美しい種目はこの地球にしかないかもしれない。だとすれば。この演技は宇宙一に違いない。この試合の勝ち負けはまだ未定ですが、りくりゅうは五輪に勝ち、自分たちの人生に素晴らしい偉業を打ち立てた。間違いなく、勝者でした。
この演技は会場の空気を変え、世界の空気を変え、五輪を支配しました。珍しいものを見たい、特別な場面を見たい、ときにそうした世界の群衆の思いは負の方向に蠢いて、力量実績がある選手が五輪の魔物に食い散らされて失意に沈む姿を望むもの。もしかしたらあったかもしれないそんな負の空気さえ、りくりゅうの演技はかき消しました。苦しい場面もあったけれど、その困難をも乗り越えて、世界一のチカラを持つ者がその強さを示して勝つ、そんな王道を見たい。そういう正の方向で世界の空気が定まった、そう思います。すべての者がチカラを発揮したとして、なおこの演技が勝つべきだ、そんな空気へと。
まるで花道が開かれるように、金メダルへと近づいていくりくりゅうペア。最終第4グループは金ではなく銀と銅を争うかのように、ショート1位発進としたドイツのハーゼ/ボロディン組も、ショート2位ジョージアのメテルキナ/ベルラワ組も、ショート3位カナダのペレイラ/ミショー組もジャンプ要素に明確なミスが出て、りくりゅうの黄金の演技には及びません。互いに生涯最高を出し尽くせば、あるいはショートのミスが順位に影響を及ぼしたかもしれませんが、そうはならなかった。
これもまた五輪だな、そう思います。これまでの偉大な王者たちが、偉大であればあるほど必ず五輪を制してきたように、本当に勝つべき者がそれに値するチカラを示したとき、必然としてそれは金に至るのだなと思います。日本を団体戦銀に導いたりくりゅうペアに、ふさわしい色のメダル・金メダルが届いたこと、心から嬉しく思います。おめでとう、りくりゅう!
すべてがつながっての今だな、そう思います。日本では決して本流ではないペア種目の歴史を紡ぎ、切り拓いてきた先人たちがいたこと。そんなひとりであり、もしも時代が違えば今このりくりゅうペアのような輝きで世界だけでなく日本でもその名を轟かせたかもしれない高橋成美さんがいたこと、その成美さんの存在もあってもともとはシングルの選手であった木原さんをペア種目に向かせることになり、オリンピックへと到達したこと。そして、そんな姿を見ていた三浦さんが、一線を退くようにリンクでの仕事に打ち込んでいた木原さんのもとへ向かったこと。いろいろな出来事がすべてつながって今ここにある。
そのなかには、その瞬間においては挫折としか思えない出来事もあったでしょう。日本はもともとシングルが活況な地域です。木原さんも三浦さんももとはシングルの選手だったといいます。しかし、シングルが活況であるがゆえにその競争も険しい。木原さんが最後にシングルの選手として出場した2012年の全日本選手権には、羽生結弦氏や高橋大輔さん、小塚崇彦さんや町田樹さん、宇野昌磨さんといった世界のメダルを獲った選手たちがズラリと並んでいます。そこに織田信成さんや田中刑事さん、無良崇人さんが居並んでの熾烈な黄金時代。そこからペアに転向するにあたっては、100%前向きな決断だったものだろうかと思います。唇を噛むようにして団体戦に活路を見出した、そんな分岐点だったのではないかと想像します。
ただ、それすらも巡り巡ってふたりの一部になっている、そう思います。ショートプログラム、ふたりの武器であったリフトが滑り落ちたとき、正と負のどちらへ進むのか別れ道があったはず。そのとき、ふたりを支える別の武器である難度・精度の高いジャンプが力強く踏み留まらせた。ミスの直後の要素スロートリプルルッツ、最高ではなかったかもしれないけれど際どい別れ道で踏み止まった。三浦さんが着氷の姿勢を崩さないまま、上半身を動かしてバランスを保ち、降り切った。ひとりが崩れそうなとき、もうひとりがその倍の強さで支えるような、絆の強さが胸を打つ着氷でした。
ふたりがペアを組んだとき、見ている側も、演じている側もごくごく初めの段階から「合っている」と感じてきました。それはおそらく偶発的なものなのでしょう。持って生まれた体格や、バランス、タイミング、滑りの技術、ナチュラルなスピード感やスピンの速度。それぞれが培ってきたものが、おそらく出会いの瞬間から自然に合っていた。外れたパズルのピースがぴったりハマるように、これだと思えるような感覚があった。努力と研鑽による積み上げは当然するとしても、スタート地点が異例の高みにあったのだろうと感じています。
そして、その「合っている」は滑りだけではなかった。まだ年若かった三浦さんと、すでにスケーターとしてはベテランの域に差し掛かっていた木原さん。年齢とキャリアの差は、木原さんをりくりゅうでリーダーシップを取る存在へと押し上げていきましたが、それはある意味で補強的な部分だったのかもしれません。団体戦の表彰台にのぼるときに、過去の経験からもしかしてブレードに影響があるかもしれないとスペアの靴に履き替えるような繊細さであったり慎重さを持った木原さんは、ショートプログラムのあと崩れかけそうな姿を見せていました。何も終わってなどいないのに、終わったという顔をし、終わったという思考に絡めとられそうになっていた。剥き身の弱さが見え隠れしていた。
しかし、三浦さんは木原さんに「合っていた」。この極限の舞台で、剥き身の自分を暴かれたとき、このペアを支えるぶんの強さを三浦さんは備えていた。木原さんを抱き締め、励まし、思考を変え、ネガティブになりそうになる表現を何度も言い直しながら、これまでやってきたことも今起きたことも何も問題はないし終わってなどいないことをすぐそばで示しつづけた。キス&クライで大転倒してもあっけらかんとしているような強さと前向きさでりくりゅうを守った。思えばそれは始まりの日からそうだったのでしょう。放っておけば静かにリンクを離れていったかもしれない木原さんの手を取り、もう一度戦わせたのは三浦さんなのだから。
このふたりは生まれるべくして生まれたペアではない、そう思います。
はじめからペア種目を志す人がたくさんいて、ペアでの勝利を意図する周囲の後押しを受けて、すでに構築された組織と方法論によってベストなパートナー候補にあたりをつけ、成功するまで何度も何度も組み直して、「遅かれ早かれいずれ誕生していた類のペア」ではない、そう思います。ペアを組むという考えに至る人自体がまだ少なく、活躍を期待されるような環境もまだ乏しく、ほとんど誰も「金メダルを獲れる、獲る、そのために支える」などと思ってくれてはいないなかで、野生の花のように生まれたペア、そう思います。敷かれたレールなどなく、本人が辞めると言ったらそれで終わってしまうような道なき道を、紆余曲折を経て、挫折とも言えそうな分岐点を経て、それぞれが切り拓いてきたペア、そう思います。
そんなふたりが出会えたこと。誰もが「合っている」と感じるような巡り会いを果たすまで、諦めなかったこと。木原さんの時間に三浦さんが間に合ったこと。「運命の出会い」という言葉があるなら、きっとこういうことを言うのだろうと思います。このふたりが出会っていなければ、今も僕は、そしてたくさんの人は、日本がカップル種目で金メダルを獲る姿など想像もしていなかったでしょう。いつか獲れたらいいな、カップル種目強ければ団体戦も勝てるのにね、でもロシアとか強いしね、何か勝てる気しないしね、日本にはシングルがあるしね、さて女子シングル見ようか、みたいな価値観のまま長い時間を過ごしていただろうと思います。
その価値感すら変えたこの運命の出会いを、日本は大切にしないといけないなと思います。今この偉業は、本人たちの途方もない努力と忍耐と天運のもとで偶発的に生まれたものだと僕は思います。りくりゅうがいなくなったあと、じゃあ次またメダルを目指しましょう、そんな再現性のある話ではまだないだろうと思います。ただ、今大会はりくりゅうだけでなく長岡柚奈/森口澄士のゆなすみペアも五輪の舞台に登場しました。五輪の舞台に日本から2組が出場するのは初めてのことであり、「ゆなすみ」にはこの偉業につづいてくれそうな大きな期待感があります。そうして、やる人、目指す人、支える人、経験を持った人、伝える人、信じる人、憧れる人が、増え広がっていけば、価値観の次に現実が変わっていくはず。
いつか、この金メダルを見て、この絆を見て、「自分もこれをやりたい」と憧れる子どもたちがたくさん生まれ、その憧れがたくさんの応援を受けながらそれぞれのゴールまで辿り着けるようになったなら。五輪があるから、五輪にいけそうなカップルだから、だけではなく、「やりたい」というピュアな憧れがゴールにちゃんと辿り着けるように現実が追いついてくれば、日本においてもカップル種目がお家芸となっていくのだろうと思います。力及ばず破れるのは仕方ないけれど、今の日本では力及ばず破れたと納得するところまで競技をつづけるのも簡単ではないでしょう。シングル以上にペアやアイスダンスは、ふたつの魂が必要なぶん、乗り越えるべきものもふたつになるのですから。もし、力及ばず破れたと心から納得できるところまですべての憧れを辿り着かせることができるようになったら、そのなかにはきっとまたりくりゅうのように「合っている」ペアがいるだろうと思います。
そこまで辿り着いてはいなかっただろう木原さんと、
その消え残る心に火を点けた三浦さんとが、
「運命の出会い」を探し求めなくても遅かれ早かれ出会えるような日本になる日、
それが未来のステージかなと思います。
だからこの偉業は、少年漫画ならきっとこんな言葉で締めくくられる奇跡の物語なのかなと思います。
「出会ってくれて、ありがとう」
「見つけてくれて、ありがとう」
「この広い宇宙のなかで、私を」
本当に、ふたりが出会ってくれて、ありがとうです!
そんなことで、ちょっと感極まってきまして、映画化・舞台化を希望する心が昂っているので、心とお金のあるどなたか、三浦璃来/木原龍一主演によるアイスショー「りくりゅう」を企画していただけないでしょうか。本人たちの半生を振り返りながら、最後にあの感動の「グラディエーター」で締める感じの3時間くらいの公演を。途中に絶対に欠かせないキャストとして高橋成美さんが登場したときにそこだけコメディタッチにならないかは若干気になるところですが、最後は絶対に泣いて終われると思いますので。いや、リアルに、次の未来を目指すのにあたっていい案じゃないかなーと思うので、検討してみていただけると幸いです。その際は、木原さんのバイト先で三浦さんがペア結成を誘った場面は、脚色バリバリてんこ盛りで「リアルにはこうは言ってないです」「ていうか全然嘘です」「私ビンタとかしません!」くらいのドラマティックな嘘をお願いします!ショーなんで、軽くビンタするくらいの嘘が入っているほうが泣けると思いますので!
この出会いは一生の宝物ですね!末永く仲良くしてください!