ニューストップ > ライフ総合ニュース >
あなたはどこまで分かる? 韓国は、言葉を何でも縮めてしまう「略語…
NHK出版デジタルマガジン
「별다줄(ピョルダジュル)」ということばがある。直訳すれば「何でもかんでも略す」という意味だ。少し呆れているようで、どこか誇らしげでもあるこのことばは、いまの韓国の空気をよく表している。 「케바케(ケバケ)」「얼죽아(オルジュガ)」「세젤귀(セジェルグィ)」など、略語は次々と生まれている。韓国語を仕事にしている翻訳者でさえ反射的に理解できず、戸惑うことが多いのだから、学習者であればなおさらだろう。 これらの略語は、決して一部の若者だけの遊びことばではない。SNSのやり取りでも、職場の雑談でも、ごく自然に使われる。そこには「長いから短くする」という単純な合理性だけでは説明しきれない、会話のテンポや、「分かる人どうし」の共有感覚があるように思える。 今回は、そんな「별다줄(ピョルダジュル)社会」の略語をいくつか拾い上げながら、韓国ではなぜここまでことばが縮められていくのか、その背景を考えてみたい。
略語の多くは、用件や状況を伝えるときに「そのままでは長すぎる」という、ごく単純な事情から生まれている。 たとえば「점메추(チョムメチュ)」。「점심 메뉴 추천(チョムシム メニュ チュチョン)」で、「ランチのオススメは?」という意味だ。昼どきになるとメッセンジャーにぽんと投げられるこのことばは、説明も前置きも不要。聞く側も答える側も「何をしているか」「何を求められているか」を瞬時に理解する。毎日のように繰り返されるやり取りだからこそ、短さは正義だ。 さらに夕飯どきになると「저메추(チョメチュ)」が現れる。「저녁 메뉴 추천(チョニョク メニュ チュチョン)」の略語で、夕食のオススメを聞くときに使われることばだ。昼と夜という状況は違っても、略し方の「型」は共通している。 ほかにも「주불(チュブル)」は「주소 불러(チュソ ブルロ)(住所教えて)」の略で、フリマアプリや宅配のやり取りで頻繁に飛び交う。「약있(ヤギッ)」は「약속 있어요(ヤクソク イッソヨ)(予定あります)」を縮めた形で、「その時間は空いていない」という実務的な情報だけを素早く伝える。 わりと広く知られている略語は「칼퇴(カルトェ)」。「칼같이 퇴근(カルカッチ トェグン)(きっちり定時退社)」の略で、残業するかどうかの実務連絡にも使われる。 これら「実用派」の略語に共通しているのは、よく使うフレーズの頭文字を合わせている点だ。便利だから、速いから、そして何より、仲間内ではすぐに通じるから。「별다줄(ピョルダジュル)文化」には、こうした実用的な合理性が土台として横たわっている。
一方、実用性というよりも「ノリ」で作られたような略語も少なくない。 連載第1回でも取り上げた「얼죽아(オルジュガ)」は、「얼어 죽어도 아이스 아메리카노(オロ ジュゴド アイス アメリカノ)(凍えて死んでもアイスアメリカーノ)」の略だ。真冬でも迷わず冷たいアメリカーノを選ぶ人の姿勢を、やや大げさに、しかし一瞬で伝えている。 あるいは「케바케(ケバケ)」。英語の「case by case」を取り込んだ韓国語「케이스 바이 케이스(ケース バイ ケース)」を縮めた形だ。もともと十分に短いことばを、わざわざもう一段階切り詰めるこの感覚には、効率以上に「ノリ」がある。意味より「言い回しの軽さ」「ノリ」が前面に出ていて、空気やニュアンスで伝え合おうとする韓国語のコミュニケーション感覚を象徴している。 「세젤귀(セジェルグィ)」も「ノリ派」の代表例だ。「세계에서 제일 귀엽다(セゲエソ チェイル クィヨプタ)」、つまり「世界でいちばんかわいい」という意味で、ここから派生して「세젤예(セジェルイェ)(世界一きれい)」「세젤멋(セジェルモッ)(世界一かっこいい)」など、同じ型のことばが次々と生まれた。 ここで重要なのは、内容よりもフォーマットだ。この型を使えば、大げさな褒めことばを、軽く、しかも少しかわいらしく投げることができる。 さらに進むと、文字そのものを削った子音略語が登場する。「ㄱㄱ(行こう行こう)」「ㅊㅋ(おめでとう)」「ㅅㄱ(お疲れさま)」。音にすらならない記号のような文字列だが、スマホ画面では一目で意味が伝わる。ここでは「読む」より「見る」ことが優先され、打つ速さや画面の軽さが重視されている。 「ノリ派」の略語に共通しているのは、「文字数を減らす」という合理性だけでは説明できない点だ。リズムの良さ、語感のかわいさ、そして「分かる人には分かる」という軽い連帯感。略語は、情報を削る道具であると同時に、空気を共有するためのサインでもある。 「実用派」と「ノリ派」のあいだに、はっきりとした線が引けるわけではない。「얼죽아(オルジュガ)」と言えば、寒さよりも好みを優先する感覚まで含めて通じる。「점메추(チョムメチュ)」と送れば、「いまちょうどお昼で、何を食べようか迷っている」という空気や時間の制約まで共有されるのだ。
こうした略語文化を少し引いた目で眺めたことばが「별다줄(ピョルダジュル)」だ。「何でもかんでも略す」という意味のこのことば自体が、じつは「별걸 다 줄이네(ピョルコル ダ ジュリネ)」の略語なのだ。 この自嘲気味なユーモアに、韓国語話者のことば遊びのセンスがにじむ。略しすぎだと分かっていながら、それでも略してしまう。その矛盾を笑いに変えてしまう余裕と遊び心がある。 略語は、ことばを短くすることで、逆にその場の背景を丸ごと呼び出している。だからこそ、韓国語の略語は一度分かると、使うのをやめられなくなる。速くて、軽くて、しかも仲間内の合ことばのような感触がある。「별다줄(ピョルダジュル)社会」が生んだ略語は、効率の産物であると同時に、人と人の距離を測るための目盛りでもあるのだ。 一方で、略語になじみのない世代からは、「何を言っているのか分からない」「韓国語が壊れてしまうのでは」といった戸惑いの声も聞こえてくる。それでも、ドラマのセリフやバラエティ番組のテロップなどにまで略語が顔を出すようになった。ことばは変化を繰り返しながら、少しずつ「共通語」の領域を広げているのだろう。
では、なぜ韓国では、ここまで徹底してことばが縮められていくのだろうか。略語文化の背景には、いくつかの要因が重なっている。 まず大きいのが、スマートフォンを前提としたコミュニケーションのスピード感だ。チャットやDM、コメント欄では、長い文章を書くよりも、短く、早く反応することが求められる。考え抜いた一文より、「とりあえず返す」一言のほうが場に合うことも多い。略語は、内容そのものというより、会話のテンポを維持するための装置になっている。 もうひとつ見逃せないのが、造語やことば遊びを楽しむ土壌だ。「느좋(ヌジョン)」のようなことばもある。「느낌이 좋다(ヌッキミ チョッタ)(感じがいい)」を縮めた略語で、「느좋남(ヌジョンナム)(感じのいい男性)」「느좋녀(ヌジョンニョ)(感じのいい女性)」といった派生語まで生まれている。意味は単純だが、「느좋(ヌジョン)」と口にしたときの語感そのものが、評価のニュアンスになっている。 韓国語の略語文化は、便利さと遊び心が同じ場所で育っている。その同居こそが「별다줄(ピョルダジュル)社会」を動かしている力なのかもしれない。
ドラマのセリフに略語が出てくるたびに、翻訳者として悩まされる。意味はもちろん、その軽さやノリ、世代感をどうすればうまく伝えられるのか。そのままカタカナで残したら視聴者が置いていかれてしまう。一瞬で分かってもらえるには、どう訳せばいいのか。その判断は、常に揺れる。 翻訳もまた「케바케(ケバケ)」なのだ。作品の空気、登場人物の関係性、視聴者との距離――その都度、いちばんしっくりくる着地点を探るしかない。 それでも略語を追いかけていると、ことばの奥にある生活のリズムや、人と人との間合いが見えてくる。日常で何気なく使っている略語には、相手との「空気」が詰まっているはずだ。
金光英実(かねみつ・ひでみ)1971年生まれ。清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に渡る。以来、30年近くソウル在住。大手配信サイトで提供される人気話題作をはじめ、数多くのドラマ・映画の字幕翻訳を手掛ける。著書に『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、『いますぐ使える! 韓国語ネイティブ単語集』(「ヨンシル」名義、扶桑社)、『ドラマで読む韓国』(NHK出版新書)、訳書に『グッドライフ』(小学館)など。
タイトルデザイン:ウラシマ・リー