80年代に流行した「現代思想」は海外思想をいかに咀嚼して成り立ち、若者を魅了しながら広がり、やがて終焉へ向かったのでしょうか。またその後、ゼロ年代以降の「哲学・思想」ブームによって、多くの「スター」が輩出されても、彼らを軸にした思想の流れが生まれてこないのはなぜなのでしょうか──?
初版から約20年を経てこの度アップデートされた「新版」では、ますます個人主義化する世界で、社会を分析する道具としての「思想」の可能性をいま改めて問います。
今回は新版刊行を記念し、本書のイントロダクションを3回にわたって公開します。
(全3回の第2回。第3回は12月27日公開予定)
『新版 集中講義!日本の現代思想』 書影
「現代思想」の構成要素
従来の“真面目”な「哲学・思想」とは異なるものとして八〇年代の日本に台頭してきた“不真面目”な「現代思想」の輪郭をもう少し具体的にイメージできるよう、ここで私なりの「現代思想の条件」を列挙しておこう。
まず第一に、「現代思想」という時の「現代」には、単なる「同時代」とか「現時点」ということだけではなく、「近代とは異なっている」あるいは「近代から逸脱している」ことも含意されている。フランスやアメリカで流行した「ポスト・モダン(近代)」という意味合いである。実際、八〇年代の日本で「現代思想」という名称のもとで紹介された理論のほとんどは、フランスやアメリカで「ポストモダニズム」と呼ばれていたものと重なっている。思想・哲学の領域における「ポストモダニズム」という言葉には通常、1その思想の背景になっている時代・社会状況が、工業化・都市化・労働主体化などという形で進行してきた「近代化」の大枠からズレてきていること、2その思想自体が、近代哲学・思想の絶対的な中心点とされてきた“自律した理性的な主体としての自我”にもはや依拠しておらず、首尾一貫した理論の構築を放棄していること―――という二つの意味がある。日本の「現代思想」は、この二つの意味の双方を含んでいると見てよいだろう。まとめて言うと、社会的な背景がポスト近代化しているのに対応するかのように、自らの叙述の仕方を非体系的で、「始まり」と「終わり」がはっきりしないものへと変化させたのが、[ポストモダン思想≒現代思想]ということになるだろう。
「現代思想」の第二の条件として、従来の“哲学・思想”という枠からかなり逸脱して、他の領域の知との境界線が曖昧になっている点を挙げることができる。すでに述べたように、「思想」という言葉には、従来から狭義の「哲学」に収まり切らないもの、たとえば、ニーチェの芸術論やマルクスの経済学批判、ウェーバー(一八六四―一九二〇)の理論社会学のようなものも含まれていた。ただ、そうした「思想」の歴史の中心にあるのは、あくまで「哲学」であった。文学、経済学、社会学など(の領域をメインフィールドとする知識人)は、あらゆる形態の「知」を基礎付ける「知」、言ってみれば「メタ知」としての特性を有する「哲学=愛・知philo-sophia」に―――「哲学」批判という形態も含めて―――積極的にコミットし、影響を与えることを通して「思想史」に参入してきたと言える。それに対して、「現代思想」あるいは「ポストモダン思想」の場合、第一の条件の2として述べたように、「哲学」の核になるべき「理性的主体」自体が不確かになっているので、“思想”全体における哲学の地位が特権的なものであるとはもはや言えない。
狭義の「思想」としての「哲学」は、社会学、人類学、精神分析、文芸批評、メディア批評などと並んで、そしてそれらと相互に関連し合いながら「現代思想」というジャンルを構成する“一つの知の形態”にすぎない。そのためか、「現代思想」の“論文”には、主としてどの専門領域の方法論に依拠しているのかよくわからないようなものが多いし、研究者にも何が本当の専門なのかわからない人が少なくない。それは、ある意味、現代思想の「学際的interdisciplinary」な性格と見ることもできるが、「学際」というのは本来、各「専門discipline」が確立していて初めて意味をなすものであるから、個々の専門的な「知」の根拠になっているものを疑ってかかることを
“共通了解”にしている「現代思想」にはあまりふさわしくないかもしれない。むしろ、雑種性と見たほうがいいかもしれない―――本書自体にも、若干そういう雑種的な性格があるかもしれない。
ニュー・アカデミズム―――メディアへの積極的進出
こうした学際性あるいは雑種性と密接に関連した第三の条件として、アカデミズムの「内部」だけでなく、アカデミズムにとっての「外部」、とりわけジャーナリズムや各種芸術との相互乗り入れを進め、それに伴って自らの表現スタイルを脱アカデミズム化させていくということがある。
「現代思想家」には、何らかの領域に属する学術論文なのか、評論・批評なのか記事なのかエッセイなのか、あるいは“芸術作品”なのかよくわからないものを書く人が多い。極端な場合には、書かれたもの(=エクリチュール)ではなく、映像や音声、芸術的なオブジェ、身体的なパフォーマンスなどの非言語的メディアを主要な表現手段とすることもある。そういう従来からの「アカデミズム」の枠を、表現の媒体と様式の両面から壊してしまうような「現代思想」の知的“実践”は、「ニュー・アカデミズム(ニュー・アカ)」と呼ばれる。
無論、「現代思想」が登場する以前から、アカデミズム以外のメディアで発言したり、公共の場で政治的あるいは芸術的なパフォーマンスをしたりする思想・哲学分野の学者がいなかったわけではない。しかしほとんどの場合、そうした思想家・哲学者は、あくまでも自らの固有の専門領域におけるアカデミックな活動をメインにしており、その専門的な知識を「応用」あるいは「援用」する形で、アカデミズムの外部に進出していたにすぎない。あくまでも、余技としてやっていたわけである。
しかし、ニュー・アカデミズムにおいては、そうした従来的な意味での専門を最初からもっていない、あるいは自らの専門領域をはっきり限定していない“哲学者” “思想家” “批評家”あるいは“知的パフォーマー”たちが多数登場した。本来の専門が何なのよくわからないまま、いろいろなメディアに、ニュー・アカデミズムの“思想家”として現れてくるわけである。哲学者や思想家というのは、自らの思想を一定の形式を備えた学術論文として発表するものと思っていた常識的な“読者”たちは、困惑させられることになった。
その代表格として、「論文」よりも、文芸誌や美術誌、総合雑誌などでの「座談」や「対談」を通して自らの思想を発表した浅田や、体験記/エッセイ/論文のいずれに属するのか判別しにくいエクリチュールを特徴としていた中沢新一(一九五〇― )、テレビ番組の制作にかかわったことをきっかけに、マス・メディアに頻繁に登場するようになり、文章よりもメディアへの露出で知られるようになった“人類学者”の栗本慎一郎(一九四一― )などを挙げることができるだろう。「ニュー・アカデミズム」という形で、厳密なアカデミズムと、メディアでのエンタテインメントの間の垣根がきわめて低くなったことは、日本のポストモダン思想(現代思想)の特性と言えるかもしれない。長いアカデミズムの伝統をもつ西欧、とくにドイツ語圏のポストモダニストには、テレビなどのマス・メディアで、軽い口調で自らの専門について語ることを好ましくないと考える傾向が依然として強い。
「ニュー・アカデミズム」という言葉自体は、九〇年代に入ってからあまり使われなくなったが、それはニュー・アカ的なものが支持されなくなったということではなく、むしろ、あまりにも当たり前になってしまって、特別なネーミングがいらなくなったということである。九〇年代半ばになって、社会学者の宮台真司(一九五九― )が援助交際をしている女子高生と実際に付き合うフィールドワークをやって見せたうえ、その“成果”を論文ではなく、各種メディアでの“発言”という形で公表し、話題になったが、こうした知的パフォーマンスが受け入れられたのも、すでにニュー・アカ的な土壌が形成されていたからだと見ることができる―――宮台自身の思想は、ポストモダンというよりは、むしろ近代的リベラリズムに属するものではあるが。
そして、これら三つの条件の複合的な帰結として、「現代思想」は、サブカルチャー(サブカル)と強く結び付いている。従来の「思想」、とくに狭義の「哲学」は、自らを高尚な文化(ハイ・カルチャー)の最高峰に属するものとみなす傾向があったが、脱ジャンル化、脱アカデミズム化を進めてきた「現代思想」には、自らを高尚なものとして特権化する根拠はない。むしろ、エンタテインメント的なマスコミの企画とタイアップして、表現の場を増やすために、自らサブカル化していったふしがある。しかも、高度に発達した資本主義の消費の面での副産物として大都市を中心に成長してきた日本のサブカルには、ある意味、「現代思想」が生まれてきた社会的背景が凝縮されていると見ることができる。大げさな言い方をすれば、「現代思想」は、自らの出自を探るべく、現代社会に生きるさまざまな人間の欲望が「表象=再現represent」されるサブカルの領域とかかわることを運命付けられているのかもしれない。
本書『新版 集中講義! 日本の現代思想 ポストモダンと「その後」を問いなおす』では、旧版に2万超の新章「二一世紀に“日本の現代思想”は存在するか」を加えた以下の構成で、「思想」の可能性をいま改めて問うていきます。
序 かつて、「現代思想」というものがあった
Ⅰ 空回りしたマルクス主義
第一講 現実離れの戦後マルクス主義
第二講 大衆社会のサヨク思想
Ⅱ 生産から消費へ──「現代思想」の背景
第三講 ポストモダンの社会的条件
第四講 近代知の限界──構造主義からポスト構造主義へ
Ⅲ 八〇年代に何が起きたか
第五講 日本版「現代思想」の誕生
第六講 「ニュー・アカデミズム」の広がり
Ⅳ 「現代思想」の左転回
第七講 なぜ「現代思想」は「終焉」したのか
第八講 カンタン化する「現代思想」
Ⅴ 物語の構造を見失った日本
第九講 二一世紀に“日本の現代思想”は存在するか
著者 仲正昌樹(なかまさ・まさき)
哲学者、金沢大学教授。1963年広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了。金沢大学法学類教授。専門は法哲学、政治思想史、ドイツ文学。著書に『現代哲学の最前線』『現代哲学の論点』(NHK出版新書)、『新版 集中講義!アメリカ現代思想』(NHKブックス)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』(講談社現代新書)、『〈戦後思想〉入門講義 丸山眞男と吉本隆明』『自由民主主義入門講義』(作品社)など多数。
※刊行時の情報です。
■『新版 集中講義! 日本の現代思想 ポストモダンと「その後」を問いなおす』より抜粋
■注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛している場合があります。