第3回は、前回『劇場版「
鬼滅の刃」無限城編』について語ってくれた、アニメ大好き
アナウンサー・八木美佐子氏が登場。今回は、そんな八木氏が語る”アニメ大先生”からの教えに迫ります――。
◆なぜ今、『
火垂るの墓』のジブリ飯が胸に刺さるのか
私は反省の早さだけには自信があります。Xでなんてことないツイートをしても、初対面の人と会話しても、だいたい後から「もっとこうすればよかった」と思ってしまうのです。前回のコラムも同様で、少し背伸びをしてしまったのではないかと、公開後に後悔していました。
ネガティブでも韻は踏める。そんな慰めも浮かびましたが、今回は等身大の言葉で綴りたいと思います。
スタジオジブリの『
火垂るの墓』が、終戦から80年を迎える今年、Netflixで配信され、本日8月15日には7年ぶりに
金曜ロードショーで地上波放送されます。しばらく放送されていなかったことに驚きつつ、子どもの頃は放送のたびにドロップス缶に水を入れる節子の真似をしていたことを思い出しました。ちなみに私はハッカ味の飴が出たら当たりだと思っていましたが、皆さんの”当たり”は何でしたか?
作品のキャッチコピーは「4歳と14歳で、生きようとした」。戦争で両親を失った兄妹が、終戦間近の神戸で生きようとする姿を描いた
高畑勲監督の作品です。
初めてこの作品を観たのは、小学生の頃です。まだ観ていなかったジブリ作品という理由で、レンタルビデオ店でVHSを借りました(VHS、
懐かしいですね。)再生ボタンを押してすぐに画面から受けた衝撃は、今でもはっきりと覚えています。
とりわけ記憶に残っているのは、空襲後にやっと見つけた母の変わり果てた姿です。焼けただれた皮膚、張り付いた包帯に滲んだ血、声も出せないその様子。戦争の悲惨さと理不尽さを幼い私に突きつけるには十分すぎる光景でした。
一方で、対比として描かれる日常のシーンも忘れられません。「お腹すいたやろー、カルピスも冷えてるよー」と、日傘を手に微笑む母の優しい声。風鈴がチリンチリンと響く中、清太と節子が啜るガラスの器に盛られた素麺。ストローまで用意されたカルピス。
なんてことのない
食卓の風景が、まぶしいほどの幸せとして描かれていました。
『
火垂るの墓』のジブリ飯もまた、美しく輝いて見えるのです。
清太と節子の物語には、戦時下で社会から取り残されていく子どもたちの姿が映し出されています。清太の導き出した答えが利己的なのかは、観る人それぞれの解釈に委ねられるでしょう。大人が兄妹を孤立させ、14歳ゆえの清太自身の行動が要因となったのもまた事実です。恐怖や飢え、極限状態に追い詰められた中では、人とのつながりも、簡単に断たれてしまうのです。戦争は、爆弾や銃弾だけが命を奪うのではなく、社会的孤立もその一因となりうることが描かれています。
カルピスも素麺も――きっと、いつもの
食卓が消えた終戦直後の夏から80年。戦争体験者の声が少なくなる今だからこそ、体験していない私たちが何を語り継ぐのかが問われています。
決して気軽に観られる作品ではありませんが、それでも「観るべき作品」であることに、迷いはありません。『
火垂るの墓』は、戦争を知らない私たちが、記憶と教訓を次の世代へ手渡していくための”手掛かり”のような作品なのだと思います。
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