また、理想のボーナス平均額が、94万8000円になっていますが、これは昨年8月に経団連が発表した大企業の夏のボーナス平均妥結額90万3000円を上回る額です。
転職を目指す人は、ことボーナスに関しては野望が大きいというか、志が高いのでしょうか。
朝比奈あかりさん 調査では、自分の働きに見合った額を、理想のボーナス額として聞いています。決して非現実的な額ではなく、自分の頑張りや、仕事の成果が正当に評価されれば、このくらいの額になるということだと思います。
また、収入に関する意識が強まっているのは確かです。毎年転職者の調査を行なっていますが、コロナやウクライナ戦争で物価高騰が激しくなった2021年頃から、「給与が低いから転職した」「給与が高いかどうかで転職先を決めた」など、給与が転職の決め手になった割合が非常に高くなっています。
野望があって転職をする方もいると思いますが、単純に生活が苦しい方も一定数いると推察しています。特に若い世代は深刻です。マイナビでは昨年(2023年)11月、20代の正社員を対象に「仕事と私生活の意識調査」を行いました。そのなかで、子どもがいない20代男女に「子どもがほしいか」と聞いたところ、4人に1人以上が「ほしくない」と答えました。
――それはなぜですか。
朝比奈あかりさん 「どんなことあっても、子どもはほしくない」という人も1割以上いました。既婚の男女からこんな意見が寄せられました。「お金が足りない。養育費が払えない」「自分の生活で精いっぱい。子どもを育てる責任が持てない」。なかには「生まれてくる子どもを、不幸にさせてしまう」という人さえいました。ショッキングな調査結果で、深刻さを強く感じました。
――若い世代は、より収入がよい転職先を探さなくてはならないほど追い詰められているということでしょうか。
朝比奈あかりさん 将来への強い不安感を持つ若者は増加しているのではないかと考えています。背景には、終身雇用と年功序列を中心とした日本型雇用の見直しが進んでいることがあげられます。昭和の高度成長期には、若い世代の収入は低かったのですが、企業に残って頑張っていれば、終身の雇用と昇進・昇給が保証されていました。
ところが現在、終身雇用が崩れて人材が流動化しているにもかかわらず、年功序列の部分だけはまだ続いている企業が存在し、若い世代が低収入のまま取り残されています。つまり、若年層にしわ寄せがきているのです。
――なるほど。それで転職理由のトップに「賞与が少ない」を挙げる20代が3割以上もいるわけですね。
部長クラスの「ギラギラした野望」の背景は
――ところで、【図表2】の理想の賞与額と、実際の賞与額の差を表わしたグラフで、部長クラスの差が飛び抜けて大きいのはなぜでしょうか。
理想の額の平均がなんと212万円で、実際の額との差が約123万円もあります。課長クラス以下では差は30数万円しかありません。これこそ、部長クラスに「ギラギラした野望」を感じてしまうのですが。
朝比奈あかりさん 部長クラスは、回答者によって理想の額の幅が非常に大きいのが特徴です。平均値は212万円ですが、回答額を順番に並べて中央にくる中央値は、120万円です。平均値と中央値の差が110万円以上もあります。
課長クラス以下では、平均値と中央値の差は10〜20万円ですから、部長クラスのバラツキが非常に大きいことは確かです。その理由は2つ考えられます。
――どういうことでしょうか。
朝比奈あかりさん 1つ目は、会社の規模の違いです。事業規模が大きく利益も大きな会社であれば、報酬額は平均よりも高いはずです。部長クラスの報酬の会社ごとのばらつきは、非管理職層の報酬のばらつきに比べて大きいことが予想されます。
2つ目は、部長職の業務範囲の違いです。業務範囲が広く経営にもタッチしていれば、会社の利益から自分の人件費(ボーナス額)を想像できるはず。しかし、1つの部局の狭い業務範囲ならそうはいかないかもしれません。
結局、同じ部長クラスでも、会社の規模と業務範囲の大小を掛け合わせた結果、理想のボーナス額に大きな差が出てきたと思います。
たとえ賞与額低くても、自分の評価に納得感があれば
――ボーナスの額に納得感がないことと、自分に対する評価に納得感がないことの間に強い相関がある点が、調査の核心になっています。
そこから、転職を防いで従業員のやる気を高めるには、ボーナスの額を増やすのが理想だが、難しい場合は賞与額や評価に対して丁寧に説明すべきだと訴えています。具体的にはどうすればよいでしょうか。
朝比奈あかりさん 調査では、実際に自分の評価に納得した人たちの声も聞いているので、そちらをご紹介します。
「上司との面談で、今までの頑張りを高評価していただけて納得した。よかったと感じた」(女性20代)。「上司からのフィードバックがあり、どこが課題で、どこがよかったか、お話していただいた」(男性20代)。
「評価基準が明確になり、公表されるようになった」(男性30代)。「成し遂げたプロジェクトについて、適切なアドバイスがもらえた」(女性40代)。「会社の業績に関する説明があり、納得しました」(男性40代)。
といったふうに、上司から自分への率直な評価や、会社の業績を包み隠さず、心を込めて説明されると、納得する人が多いのです。
――ボーナスをバーンと出せなくても、丁寧に説明すると納得してもらえるということですね。その際、一番大事なことは何でしょうか。
朝比奈あかりさん 会社自身が従業員に公平・公正な評価を行なうことができるよう、しっかりしたシステムを作ることです。
なぜなら、人材の流動化が進むと、評価する人、される人が頻繁に変わることが当たり前になっていくからです。今後は、誰が評価する立場になっても、誰でも納得感を得られる評価ができるような制度をもつ会社が増えていくのではないかと考えています。
大企業だけでなく、中小企業も賃上げが進んでいると言われていますが、今回の調査では、6割の人が夏のボーナスには賃上げが反映されないだろう、と悲観的に答えています。それだけに、ボーナス前の直近の評価でいかに納得感を得られるようにするかが重要になります。
企業は、従業員の将来が「明るく」なるよう支援を
――しかし、会社が公平・公正な評価を行なうシステムをつくることが大事だといっても、制度変更には時間がかかりますよね。
朝比奈あかりさん はい。だからこそ、できることからすぐに着手してほしいと思います。それは、上司が部下にフィードバックして、しっかり成長支援やキャリアサポートを行なうことです。
さきほど述べた、評価に納得した人たちを見ても、上司との間で日ごろからコミュニケーションがとれているケースが多く見られました。管理職のコミュニケーション力も大切になるかもしれません。
転職者を対象とした調査でも、転職する理由に「賞与が少ない」「月給が低い」と並んで「職場の人間関係が悪かった」がトップクラスに入っています。「会社の将来性に不安があった」を大きく上回っており、いかに上司の、職場のいい雰囲気作りが大切かわかります。
――最後に特に強調しておきたいことがありますか。
朝比奈あかりさん 昨年(2023年)11月、20〜59歳の正社員男女3000人のワークライフ意識調査を行ないました。驚いたのは、「将来の見通しは明るいか? 暗いか?」と聞くと、「明るい」と答えた人が14.4%で、「暗い」と答えた人が2倍以上の35.0%もいたことです。
将来の不安を抱えたまま、働き続けている人がそれだけ多いということです。日本型終身雇用は崩れてしまいましたが、一緒に働くのも何かの縁。企業はぜひ、従業員が将来に希望を持てるよう、積極的にキャリア支援をしてほしいと願っています。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
朝比奈 あかり(あさひな・あかり)
株式会社マイナビ社長室 キャリアリサーチ統括部
キャリアリサーチラボ研究員
2016年中途入社、「マイナビ転職」の求人情報や採用支援ツールの制作に携わる経験を経て2020年に現職へ。
専門・研究分野:中途採用領域全般、正社員の働き方、転職と賃金の関わり、キャリア自律など。