『虎に翼』も事前に周到な取材がしてあるというから、歴史や事実関係が歪曲されることはないはず。ちなみに36歳での朝ドラ執筆もこの10年で最も若い。次代のドラマ界の中心になると言われている人である。
第14回で学長が法廷劇の脚本を事実と変えたことが分かった直後、尾野真千子(42)のナレーションが入った。吉田氏らしい言葉だった。
「私たちは、いつの時代も、こんなふうに都合よく使われることがある」
「私たち」とは女性のみならず、全ての弱者やマイノリティを指すのではないか。過去形の話にしていないところが胸を刺す。
寅子のモデルである故・三淵嘉子さんは「女性であるという自覚より人間であるという自覚の下に生きてきた」との言葉を残した。
吉田氏は三淵さんに関する資料を読み尽くし、咀嚼しているようで、寅子も第10回で法の役割について、「弱い人を守るもの」と明言した。法が守るべき対象を女性に限定しなかった。やはり単に男女平等を描く物語ではない。
◆起伏に富みつつ丁寧な脚本
脚本は細部まで丁寧。寅子は明律大女子部に入学した1932年、男装のよねと初めて会うと、「素敵、水の江瀧子みたい」と、つぶやいた。よねはピンと来ない様子だった。第6回のことだ。
物語内では説明がなかったが、故・水の江瀧子さんは1928年に東京松竹楽劇部入りした男装の大スター。寅子の歌劇好きは第1回から観る側に伝えられている。だから寅子はよねを水の江さんにたとえた。ちなみに三淵さんも歌劇と歌うことが大好きだった。寅子は第4回には兄・猪爪直道(上川周作)と親友・花江(森田望智)の結婚披露宴で、シャンソンが原曲の「モン・パパ」を歌った。1932年だった第6回にも同級生たちの前で歌おうとした。
これも説明がなかったが、「モン・パパ」は1927年に宝塚少女歌劇団が日本で初披露し、大評判になった楽曲。寅子の愛唱歌にふさわしく、物語にほころびがない。
見合い結婚するはずだった寅子を、僅か第5回で進学に方向転換させたのだから、テンポもいい。その間、寅子の母親・はる(石田ゆり子)に頭の上がらない父親の猪爪直言(岡部たかし)や寅子の良き理解者である猪爪家の書生・佐田優三(仲野大賀)らのキャラクター紹介も済ませた。第15回で寅子は早くも女子部を卒業した。
展開も起伏に富んでいて、飽きさせない。はるは今や寅子の最大の理解者になろうとしている。同じ第15回、猪爪家で法廷劇の検証を行った涼子ら同級生に対し、「娘があなた達と学べてよかった」と笑顔を浮かべたのが象徴的だ。はるが向学心が強かったことは事前に明かされているから、矛盾もない。吉田氏の計算通りの筋書きにほかならない。
◆視聴者の評価が高い納得の理由
寅子から厳しいことを言われようが、八つ当たりされようが、1度として怒ったことのない優三の今後の変化からも目が離せない。第8回、花江は「仲が良さそうね、トラと優三さん」と、つぶやいた。物語を緻密に組み立てる吉田氏が用意したセリフだから、無駄な一言ではないはず。ちなみに三淵さんは書生と結ばれている。
伊藤の演技は相変わらずうまい。第10回では民事訴訟の判決後に妻に絡んだ夫にツメを立て、第12回では法廷劇にヤジを飛ばした男子学生を引っ掻こうとした。虎に成長する前の猫のように。こんなコミカルな動きをした直後でもシリアス調の演技を違和感なく見せられる。
助演にも石田のほか、小林薫(72)、松山ケンイチ(39)ら演技派が揃った。松山が演じている桂場は少し嫌味なところがあるが、代講中に寅子をからかった男子学生を叱るフェアな男。第1回で断片が描かれた通り、やがて法務省人事課長となるから、寅子が裁判官に転じる道筋をつけるのだろう。
遊び心に満ちた演出もいい。第11回では毒まんじゅう事件を優三とはるが無声映画で再現。寅子は弁士に扮した。ほかにもバラエティでしか使わないカメラシェイクエフェクト(画面を揺らす)を導入するなど古臭い朝ドラの文法に囚われていない。
作品側によるPRが過剰でないところもいい。このところ制作陣が自分たちの作品を繰り返し誉めあげるケースが目立ったが、評価とは視聴者を中心とする外部の人間が行うものである。<文/高堀冬彦>
【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 放送批評懇談会出版編集委員。1964年生まれ。スポーツニッポン新聞東京本社での文化社会部記者、専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」での記者、編集次長などを経て2019年に独立