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プレジデントオンライン
多くの母親は出産・育児で仕事を減らして収入が減るにもかかわらず、子育ての金銭的負担は一手に親にかかってくるのが日本社会の現実だ。
3人以上の多子世帯では、保育園の保育料負担はさらに重くなる。A市には第2、3子への保育料軽減措置(多子世帯の保育料軽減)があるが、対象になるのは、きょうだいが就学前で、同時に保育園や幼稚園などに通っている場合に限られる。しかし、実際に子どもが多い世帯では、きょうだいの年齢が離れているケースも多い。しかも年齢が上がれば上がるほど、教育費などで子ども関連の出費はますます増えていく。
また高額な保育料負担が3人以上の子どもを産み育てることを躊躇させているという人もいる。世帯収入がそこそこ高くとも、多くの子どもを育てるのは金銭的負担が大きい。
所得が高い世帯であっても、子育てが楽なわけではない。保育料が高くなるだけでなく、各種の補助制度から外れてしまうことに対しては、収入に応じてそれだけの所得税や社会保険料を支払っているのに、という不満を持つ人もいる。また、年功序列が根強い日本社会では、年齢が高いと、親が若い子育て世帯よりも高所得になるが、将来的に働ける期間は短い。
こうした保育制度や子育て支援における所得制限については、2019年の保育料の無償化や児童手当の所得制限の強化の時にも大きな論争になっている。すべての世帯の保育料を無償化することは「高所得世帯に手厚い所得再分配になっている」という批判もあれば、一方、児童手当など子育て支援に所得制限などを導入することを「理不尽だ」という声もある。
保育園は、子どもを産み育てながら働く、また介護などを抱える親、主に母親を支えるために存在している、はずである。しかし、著者らの調査、自由記述から見えてくるのは、保育園が母にとっての「壁」になってしまっている現実である。
「保育の壁」は、たんに保育園に入れないという問題ではない。妊娠や出産時期で入所の有利不利さえ左右されてしまうから、保育園に入りやすくなるように育児休業を切り上げ、あえて就労時間を長くする人もいる。入所申請で母親たちはすでにヘトヘトだ。入れるかどうか先の見えない不安の中で、育児休業中も気が休まらない。
入所の壁の前には死屍累々(ししるいるい)である。綱渡りのように認可外保育園に預けて働く人もいれば、仕事をあきらめざるを得ない人もいる。一度仕事を辞めてしまえばさらに保育園に入りにくくなり、容易には再就職できない。入所の可否が、母親の人生を決定的にと言ってよいほど大きく変えてしまう。少子高齢化で現役世代が減る中では、一人でも多くの人が働き、子どもを産み育ててもらうことが必要ではないだろうか。
保育園に入れたとしても、壁は立ちはだかり続ける。2歳児までの小規模認可に入った人はすぐに3歳児からの保育園入所の申請準備にかからねばならない。また、一人っ子でなく複数の子どもを持ちたいと思っても、下の子の出産時に上の子を保育園に預けることもなかなかかなわない。さらに子どもが小学校に入っても、壁はなくならない。学童は保育園ほどのケアは提供していないし、職場の配慮も以前ほどではなくなる。一方、小学生は小さな子どもだ。まだ手がかかるし、一人にしてはおけない。
親にゆとりがあって幸せであれば、子育ても楽しめるはずだ。だが現実は、子どもを産んだとたん、子育ての責任は母親に重くのしかかってくる。子どもを産むことが、キャリア形成やさまざまな人生で実現したいことをあきらめなくてはならないようなリスクをもたらしている。母親の人生の見通しは立たないままだ。
出典(※1)内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』131頁(※2)厚生労働省(2022)「令和3年賃金構造基本統計調査結果の概況」(※3)内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』21頁
----------前田 正子(まえだ・まさこ)甲南大学教授こども家庭庁審議会委員。専門は社会保障・保育政策。早稲田大学教育学部卒業。松下政経塾をへてノースウエスタン大学 MBA取得。慶應義塾大学大学院商学博士。横浜市副市長等をへて現職.主な著作に『保育園は、いま』(岩波書店)、『保育園問題』(中公新書)、『大卒無業女性の憂鬱』(新泉社)、『無子高齢化』(岩波書店)など。----------
----------安藤 道人(あんどう・みちひと)立教大学准教授専門は公共経済学・応用ミクロ計量分析。一橋大学経済学部卒業、同大学院社会学修士、ウプサラ大学経済学博士。国立社会保障・人口問題研究所をへて現職。医療・介護・子育て支援・困窮者支援などの社会保障制度や地方交付税や国庫補助金などの政府間補助金制度が対象者に与える影響を研究。----------
(甲南大学教授 前田 正子、立教大学准教授 安藤 道人)