ある人は、音がこもるのを再現するために、家のスピーカーに布団をぐるぐる巻きにして聞こえづらくして、そこから10メートルくらい離れて聞いて、練習したそうです」
本部長によると、「東大に受かる人でもリスニングに自信がある人はそんなにいない」。公表されていないものの英語120点満点のうち30点ほどの高配点と目されているうえ、本番への不安は大きく、緊張した状態で、想定外があるとパニックにもなりうる。
「雑音が入っているということは我々もチラチラ知っていた」とはいえ、ここまでの対策に励む受験生の「涙ぐましい努力」に衝撃を受けた。東進側で効率化すれば多くの人が練習できると考え、雑音入りリスニングの導入に乗り出した。
「最初は不評」も、合格体験記で一転
実施に至るまでには、「東大の試験会場における雑音」の忠実な再現にこだわった。
会場となる部屋は大小さまざま。階段教室のような広い場所では、直接聞こえてくる音と、天井などに反射した音が合わさって聞きづらくなるような場合もある。
およそ800人の合格者にアンケートやヒアリングを重ね、どの教室だったか、席の位置、音の反響度合やこもり具合、環境音など精査して本番環境への理解を深め、音源を作成。自然な雑音レベルになるよう調整に苦労した。
通常の模試と雑音入りを比較すると「(得点は)確実に下がります」。不当に難しくならないよう、得点の推移を検証したうえでの結果だ。
「それでも結構、受験生からはやっぱり最初は不評で...」と苦笑する。雑音に「こんなに酷いわけない」といった反応が上がる。しかし合格体験記では一転、次のような声が多くみられるという。
「内心ここまでの雑音はやりすぎだろうと思っていましたが、本番ではそれに勝るとも劣らないほど聞きづらかったのでその威力を痛感しました」
「雑音入りリスニングはしっかりやっておいた方が良いです。当時の私はいくら本番は雑音が入るとはいえ、こんなにも酷くはないでしょと高をくくっていましたが、本番では本当にこのぐらいの雑音が混じっていました」
雑音入りで練習する意義とは
本部長は、「(東大は意図していないかも知れないが、)雑音がある中で聞けるようにすることは本質的なことなのではないか」とも持論を述べる。
自然の環境では、「絶対に雑音が混じらないような場所で会話をすること自体が稀」。最近では海外との打ち合わせにZoomを用いる場面もあり、雑音や音割れ、こもりなどが生じるケースは良くあるとする。また、過去2年間のアメリカ留学をふまえ、特に難易度が高かったのは雑音の多いレストラン内での英会話だったと振り返る。
雑音入りで練習する意義を高地トレーニングに例え、「しっかり鍛えておけば、それよりも雑音が少ないところで聞いた時に結構聞こえやすくなる」と分析している。
雑音入りリスニングは、東進の内部生向けアプリ「東進Listening」にも導入している。アプリでは雑音の有無だけでなく、イギリスやオーストラリア、インドといった訛りのある英語、再生スピードの調整も可能だという。内部生でなくてもデモ問題は体験できる。
「緊張して本番に臨んでいる受験生の皆様に、安心して、落ち着いてしっかり試験に臨んでいただくということには少しでも貢献は出来ているのかなと思っています」
取り組みを称するような反響は、「凄く嬉しく思います。そこまで多くの人に共感してもらえるとは思っていなかったので」と驚いた。
ツイッターでは「もっとカジュアルな問題でもこういうのあるといい」という声も出た。本部長は、もし日常英会話における雑音入りの需要があるなら、「横展開する可能性は確かにあるかもしれない」と伝える。
教育の在り方を「革新していけたら」
受験本番を意識した東進の取り組みはほかにも。たとえば本番レベル模試や過去問演習を多く催し、普段のペースで本番に臨めるようにしている。本番で結果を出すには実力だけでなくメンタルも関係してくるとの考えだ。
今や受験のデフォルトになってきたというAIを活用した入試対策も、2017年ごろから進めてきた同社。本部長は「今までの勉強の在り方、教育の在り方を、色んな面で今までの常識にとらわれず革新していけたら」と意気込む。