ルイス・エンリケはユーロのメンバーに、レアル・マドリードの選手をひとりも選ばなかった。主将を務めてきたセルヒオ・ラモスだけでなく、リーグ屈指のディフェンスを見せたナチョも外した。国内ではマドリード系のメディアが大きな力を持っているが、これで完全に敵に回すことになった。
ルイス・エンリケ自身、選手としてレアル・マドリードからバルセロナに移籍。レアル・マドリード相手に敵意をむき出しにして戦い、監督としてもバルサで三冠を取った背景もあるだろう。スペインには1970年代まで、マドリードを中心にした独裁国家がバルセロナを中心としたカタルーニャを弾圧してきた歴史があり、今も遺恨が消えない。必然として、憎悪の渦が生まれた。
ルイス・エンリケの選手起用は癖が強いのは事実で、改善すべき点はあるが、やることなすこと批判されている状態だ。
例えば、アトレティコ・マドリードの優勝の立役者であるマルコス・ジョレンテは、リーガ・エスパニョーラで名を馳せた。ポリバレントな選手でFW、トップ下、サイドアタッカー、ウィングバックなどをこなし、馬力あるアップダウンが特長。当然、代表にも選ばれた。
ルイス・エンリケはそのジョレンテを、大会直前で右サイドバックにコンバート起用している。攻撃の厚みを増すためだったが、その成果の一端は出ているものの、結果は出ていない。
「なぜ、ダニエル・カルバハル、ルーカス・バスケス(ともにレアル・マドリード)のどちらかを招集しなかったのか。彼らは右サイドバックとしてリーガで結果を残しているのに」
一部メディアはレアル・マドリードの選手を外した不満の"はけ口"にしているのだ。
また、ルイス・エンリケは右利きのセンターバックとしてマンチェスター・シティで今シーズンのリーグ戦に6試合しか出ていない(うち先発は3試合)エリク・ガルシアを"秘蔵っ子"として選出し、物議をかもしている。ただ、「大会では使えない」と判断したのか。結局、左利きのエメリク・ラポルト(マンチェスター・シティ)を右センターバックで使わざるを得なかった。
この点は、見通しが甘かったと言わざるを得ない。2人の左利きセンターバックを並べた布陣はボールの回りがやや窮屈で、批判の対象となっている。そしてポーランド戦ではラポルトがロベルト・レバンドフスキに競り負け、ヘディングシュートを叩き込まれた。
「セルヒオ・ラモスを呼んで使っていれば!」
こんな反応にも、「ルイス・エンリケ憎し」の構図が透けて見える。
冷静に考えると、実際にはセルヒオ・ラモスもレバンドフスキをマークしきれていたか、定かではない。ここ1、2年は守備に関して衰えを指摘されてきた。しかも、彼は右利きではあるが、左センターバックを得意としているのだ。
そして一番の争点になったのは、ルイス・エンリケがアルバロ・モラタ(ユベントス)に固執した点だろう。
モラタは走力に長けたカウンター型ストライカーで、基本的にスペースを必要とする。ボールプレーヤーが揃った中盤とはリズムが合わないのだ。大会前のトレーニングマッチでもゴールを決められていなかった。スモールスペースで短いパスをつないで打開するチームの戦い方と合わず、開幕のスウェーデン戦ではチャンスをふいにしていた。
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「モラタを使うくらいなら、リーガでスペイン人最多得点のジェラール・モレノ(ビジャレアル)を使え!」
ただ、ここにも憎しみがくすぶる。レアル・マドリード出身のモラタだが、その後マドリードに背を向け、恨み節を口にしており、ファンから好意的には捉えられていない。ルイス・エンリケを攻撃するには好材料だった。
ポーランド戦でルイス・エンリケはモラタをトップに、右にモレノを起用した。モレノのアシストでモラタが見事にゴールを決め、先制点をゲット。しかしリードを守り切れずに同点を許すと、ルイス・エンリケはモラタを下げて中盤の選手を入れ、攻撃は停滞した。
「監督は勝つ気はあるのか、弟子も見放したぞ」
世論を味方にしたメディアの批判は、手を替え品を替え、続いている。孤立無援のルイス・エンリケは勝ち筋を見つけるしかない。
スペインはボールを持ってはいるものの、ゴールの匂いが弱い。一方、カウンターから失点する気配は濃厚に漂う。うまいが、すごみがない。サッカーはパスの本数で勝負するわけではなく、その歪みを修正する必要があるだろう。
6月23日のスロバキア戦では、コロナ陽性からチームに戻ったセルヒオ・ブスケッツ(バルセロナ)が復帰濃厚と言われる。これで攻撃のテンポは上がり、守備のリスクを減らすことができるか。個人的には、ミケル・オジャルサバル(レアル・ソシエダ)の0トップとし、ペドリ(バルセロナ)は才気煥発だが、チアゴ・アルカンタラ(リバプール)を先発で起用。切り札にはアダマ・トラオレ(ウォルバーハンプトン)を投入するという手があると思うが......。
敗れた場合、スペインは大会を去ることになる。引き分けた場合、3位でも得失点差で勝ち上がれる可能性はあるが、ポーランドがスウェーデンに勝った場合は最下位に転落し、敗退が決まる。ルイス・エンリケは必勝の態勢で臨むしかない。
「我々は代表監督と代表選手を信じるべきだ」
かつてスペインを欧州、世界王者に導いたビセンテ・デルボスケ元監督の言葉は重みがある。