これを受け、同日夜に予定されていたマルセイユ対レンヌ戦も急きょ延期に。
サポーターの「反乱」は珍しくないが、それによって試合が延期になるのは今回が初めてだ。
“予兆”はあった。
サポーターたちの怒りは、しばらく前から高まる一方だったからだ。
少し前、ジャック=アンリ・エロー会長がビデオで、クラブを批判した。「ほとんどのクラブ職員がマルセイユ出身なのは大問題。負けるとみんなガックリしてしまう。これはモダンな企業にはあってはならない」「『OMTV』なんかもひどいテレビで、19世紀の代物だった」と語り、クラブ内部も含め、多方面から驚愕と怒りが噴出していた。
ちなみにこの発言には、マルセイユのファン以外も目が点になった。リールOBのリュドビック・オブラニャックですら、「いくらバリバリの実業家出身でも、マルセイユの歴史も誇りも無視するような会長では絶対にうまくいくはずがない!」とコメントしたほどだ。
チーム内もゴタゴタが絶えなくなっていた。
昨シーズンに大活躍したFWディミトリ・パイエは精彩を欠き、ケガから復帰したフロリアン・トバンにエースの座を奪われた。アンドレ・ヴィラス・ボアス監督もパイエをベンチに置いてトバンを重用し続け、これでフランス代表FWの不満が爆発してしまった。
数日前、パイエがトバンを「自分のスタッツばかり考えている」と非難。驚いたトバンはすぐには応じなかったが、怒りが収まらず抗戦。「彼はコロナ禍を理由にした選手給与値下げに反対する先鋒だったのに、突然寝返って値下げに応じ、見返りに引退後のクラブ就職を勝ち取った」と批判するに至ったという。
パイエの行動には多くの選手が驚き、一種「裏切り」の臭いも漂ったうえ、「生涯マルセイエ(マルセイユ人の意味)」と誇ってみせた33歳のベテランは、ジェラシーも買うことになった。加えて本人も、将来が安定したせいかぶくぶくと太り始め、ハングリー精神からはほど遠い変貌を遂げた。これがきっかけで、監督と選手たちの絆も、ぎくしゃくし始めた。
【動画】真っ赤に燃える発煙筒を持ったサポーターが集団でクラブハウスに押し寄せる―――戦慄の光景はこちら また、昨シーズンからの赤字に加えてコロナ禍の財政難に見舞われたクラブ側は、選手を絶極的に売りに出し始めた。
先日も、主力MFモルガン・サンソンがアストン・ヴィラに電撃移籍。指揮官は事前に知らされておらず、その日の試合に出場させるつもりだったため、本人に「ピッチで戦う気持ちはあるか」と意思確認するはめに。サンソンは「もう頭は移籍のことで……」と答えて、荷造りに入ったという。さらにトバン、ジョルダン・アマビも今夏の契約満了が迫っており、退団を考えている様子だ。
こうした要素が積み重なったなかで、マルセイユは、1月23日のモナコ戦に1-3で敗れ、5年半ぶりとなるリーグアン3連敗を喫する。この時点で
サポーターの怒りは噴火寸前になっていた。とどめは監督だ。ヴィラス・ボアス監督が29日の記者会見で「今シーズン限りで去る」と匙(さじ)を投げたからたまらない。
これまでにも、マルセイユの熱い
サポーターは、選手バスを揺さぶったり、トレーニング場の外塀に抗議の落書きをしたりしていた。だが、これは一種の「喝を入れる行為」として見られていた。
だが、今回はさすがに一線を超えた。
なにしろ数百人(現地報道では250人)で暴力的に乱入したうえ、花火と発煙筒を使い、樹木も燃えてしまった。選手たちのいるクラブハウスにも押し入り、監督のかばんをぶちまけ、ゴンサレスの背中にも投下物が当たってしまった。たまらず警官隊が投入され、25人が逮捕された(30日夜時点)。現場はまるで軍事蜂起現場のような様相を呈したという。
そうこうするうち、この日に行なわれるはずだったレンヌ戦の延期が正式に発表された。
クラブは夜8時にコミュニケを発表。「受け入れがたい暴力的襲撃」を厳しく糾弾した。「盗みもおこなわれ、複数の車も損害を受けた。樹木も5本、破壊する意図のみで燃やされた。建物内の損害額も数十万ユーロにのぼる」と綴っている。
またエロー会長は、「選択肢は2つしかない。フットボールは社会の反映だと諦めるか、受け入れないか、のどちらかだ。われわれは闘いに出る」と強調。ただこの日の街中には、「エロー出て行け」「指導部はみんなAVBの後に続け(監督と同じように去れ、の意味)」などの横断幕が掲げられただけに、「闘いに出る」の言葉は宣戦布告のようにとられる可能性もある。
軽傷を負ったアルバロは「僕は歴史とクラブを取り巻くパッションのためにオランピック・ド・マルセイユにきた。この街は素晴らしく、僕らみんながクラブを愛している。でも今日経験したことは2度と起きてはならない」とコメントした。
そしてこうした混とんのなか、主将ステープ・マンダンダが発したメッセージは、最も説得力を持っているのではないか。
「僕は、オランピック・ド・マルセイユの選手を13年間にわたって務めてきた。このクラブのことは全て知っているし、クラブが引き起こす愛もフラストレーションもわかっている。でも今日の事件で僕は悲しくなったし、受け入れられない。僕らはフットボールの選手だ。どんなスポーツ上の危機があろうと、このような暴力の爆発は正当化できないと思う。平静になる時がきている」
これは
サポーターだけでなく、チームメイトにも向けられたメッセージだと言えるだろう。あらゆる諍いをやめ、平静になって、チームが団結し、次の試合に何としても勝つ。それしかないのだ。サムライふたりも、動揺している時間はない。
取材・文●結城麻里
text by Marie YUUKI