「私は逆に"あり"だと思います」
そう語るのは、MLB公認代理人で、米国オクタゴン社の野球部門環太平洋部長・長谷川嘉宣(よしのり)氏だ。元巨人で現カーディナルスのマイルズ・マイコラスや、西武のザック・ニールらを担当する同氏が、メジャーのトレンドを踏まえて説明する。
「これまでメジャーの年俸はバブル的に跳ね上がってきました。選手やエージェントは前例を越えようと思い、以前と同じくらいか、それ以上の契約や年数の長さを求めます。そうした条件にトライできる日本人選手もいる一方、メジャーがこういう状況だからこそ、『もっと割安な年俸で、2、3年契約でもいい』という条件なら意外とポジションがあると思います」
長谷川氏が言う例は、すでに増え始めている。たとえば、昨年オフにポスティングシステムで巨人からブルージェイズに移籍した右腕投手の山口俊だ。2年635万ドル(約6億9900万円。レートは当時、以下同)の契約を結び、127万ドル(約1億4000万円)の譲渡金が巨人に支払われた。
2020年のMLB平均年俸は405万1490ドル(約4億4300万円)。山口は一定以上の実力を備えるうえ、メジャーからすれば"割安"なのだ。
今オフ、海を渡る可能性があるのは4選手。澤村拓一(ロッテ)が海外FA、菅野智之(巨人)、有原航平、西川遥輝(ともに日本ハム)はポスティングでの移籍を目指している。
このなかで"別格"は、沢村賞に2度輝いた菅野だ。長谷川氏は、「日本のレベルであれだの成績を出しているピッチャーだから、それなりの契約にはなるのでは」と見ている。
一方、有原と澤村は"割安"の分類だ。今季の推定年俸は、有原が1億4500万円、澤村は1億5400万円。有原は2020年のフォーシームの平均球速が148.5キロとメジャー平均を下回るものの、チェンジアップやカットボールなど球種の多さが評価される。澤村の武器は150キロ台の速球と高速フォークだ。
気になるのは、コロナの影響がどう出るか。大幅な減収について、長谷川氏は「獲得に影響が出る球団もあるかもしれないが、そうでないところも絶対ある」と言う。
一方、例年のようにスカウト活動をできなかった点についてはこう見ている。
「今は映像もデータもすべて取れる時代です。球団によっては日本にスカウトを置かず、データで判断する。これまでの情報を踏まえ、『チームにフィットするなら』と獲得に動く球団もあると思います」
トラックマンの普及もあり、各球団は映像やデータから投手の特徴を把握できるようになった。さらに、多くの日本人投手がMLBで活躍してきたという前例もある。
加えて"追い風"になるのが、近年のトレンドだ。ブルペンデーやオープナーなど投手の分業制が進むなか、リリーバーの需要が高まっている。元阪神のラファエル・ドリス(ブルージェイズ)、ピアース・ジョンソン(パドレス)、元日本ハムのクリス・マーティン(ブレーブス)は、日本での活躍も評価されメジャー復帰を果たした。
中継ぎ投手の需要が高まる背景について、長谷川氏が説明する。
「先発ピッチャーが1試合で3、4回同じバッターと当たれば、当然バッターに対応されます。でも、中継ぎピッチャーは1試合のなかで数人としか対戦しません。シーズンの間に何度も当たるわけではなく、活躍しやすい面があります。
ジョンソンやドリス 、マーティンと比較して、『このピッチャーは日本で同じような成績を残しているから、メジャーでも1イニングなら抑えられるんじゃないか』とイメージしやすい。とくにフォークなど三振をとれる球を持っていれば、なおさらです」
まさにそうして浮上したのが、澤村だ。MLBではフライボール革命が進むなか、三振をとれる投手は相対的に価値が高まっている。来年4月に33歳を迎える澤村だが、プレー面のトレンドには合致しているのだ。
対して野手は、「数字だけではわからない部分が多い」と長谷川氏は語る。
「打球スピードや1塁までの到達スピードなど、目に見えるものは評価できますが、果たしてメジャーの97、98マイル(156.1〜157.7キロ)の球に対応できるのか。最近の成功例の少なさもあり、そこでためらう球団もあるかもしれません」
日本のプロ野球はレベル的に"4A"とされ、今季OPS.825と好成績を残した西川が、メジャーで同様の数字を出せるかは不透明だ。
さらに、MLBで2021年シーズン後に見直される労使協定が、日本人選手の移籍にも影響を及ぼすかもしれない。12月2日付けの「The Athletic」でエノ・サリス記者は、「4人目の外野手を必要としているチームは(西川に)興味を示すかもしれない。しかし、2021年のロースタールール(選手登録ルール)が確定される前に、ポスティングシステムで交渉したいだろうか」と記した(「Sarris: Six intriguing international veterans who could make the move to MLB」より)。
1998年に導入されたポスティングシステムにより、イチローや松坂大輔など多くの日本人がメジャー移籍を果たしてきた。選手は最低9年の取得年数を要す海外FAより早く移籍でき、球団は譲渡金を手にできるというメリットがある。
◆米記者が日本でNo.1と評価した投手は? 巨人・菅野智之かそれとも...>>
ただし、ポスティングは「問題が多い」ルールと指摘されてきた。選手が好きなときに使えず、認めていない球団もあるからだ。日本の球団が外国人選手を獲得する場合は「自由交渉」だが、日本人選手がメジャーに行く場合は入札にかけられる点で整合性がとれていない。
契約面だけを見ても、選手にとってマイナスは多い。長谷川氏が説明する。
「該当選手がフリーエージェントになった時、いくらのバリューがあるかというところからメジャーの球団は値付けをスタートします。たとえば、この選手には3年15億円の価値があると思ったら、15億円という予算のなかからポスティングの入札費を10億円か、8億円にするかなどと考えていく。そこは周囲との駆け引きです」
ポスティングで移籍した場合、選手は契約金総額が"目減り"すると考えればわかりやすいだろう。
たとえば、2006年に松坂が西武からレッドソックスにポスティングで移籍した際、入札金額は5111万1111ドル11セント(約60億1000万円)で、総額5200万ドルの6年契約(約61億円)が結ばれた。つまり松坂の価値は6年120億円ほどで、その半分が西武への譲渡金に回された。同時期にFAで移籍していたら、松坂はもっと好条件を得られたはずだ。
NPB球団の立場からすると、2013年に行なわれたポスティングのルール改正はマイナスに働いた。譲渡金に2000万ドル(約22億円)の上限が設けられ、松坂が移籍した時のような大金を得られなくなったからだ。
さらに2018年から新ルールが適用され、選手の契約金に対して球団への譲渡金が発生する「譲渡金変動制」に変わった。契約金、年俸、バイアウト (契約解除)額の総額を「トータル・ギャランティー・バリュー」とし、メジャー契約の場合は以下の計算で譲渡金が決定される。
(1)総額の2500万ドルまでの部分に20%をかけた額
(2)総額の2500万〜5000万ドルの部分に17.5%をかけた額
(3)総額の5000万ドル以上の部分に15%をかけた額
(4)出来高に15%をかけた額
譲渡金=(1)+(2)+(3)+(4)
バイアウトなど日本では馴染みのない言葉もあってわかりにくいかもしれないが、簡潔に言えば、以下のように変化した。
以前は高い入札金を提示したMLB球団による独占交渉だったが、契約総額に対して譲渡金が発生する"後払い"のような形になった。選手は入札したすべての球団から条件的にいいところを選べるようになり、以前より選択の余地が増えている。
一方、NPB球団は以前のように高額の譲渡金を得られにくい。MLB球団が契約金を抑えようとすれば、短い年数での契約になり、譲渡金も少なくなるからだ。
以上の点を踏まえ、長谷川氏はこんな提案をする。
「日本の球団が権利を有している選手たちなので、極端に言えば、MLBに売り込んでもいいわけです。日本の各球団には国際部の人たちがいるので、シーズン終了後にポスティングにかけることが決まっている場合、『この選手の価値を考えたら、本当はこれくらいの契約になりますよ』と前もって話をすることもできます。球団がしかるべき市場調査をして、選手の適性な価値を伝えられれば、それだけ譲渡金も高くなります」
球団が選手の海外移籍を"ビジネス"ととらえ、前もって交渉することで選手の価値は高まり、球団が手にする譲渡金も増えるというわけだ。
はたしてコロナ禍の今オフ、メジャーを目指す選手たちはどんな条件で移籍をかなえるのか。FAとポスティングの条件面での違い、選手の"市場価値"などさまざまな視点を持って眺めることで、ストーブリーグがより興味深く見えてくるはずだ。