僕らの仕事は、“必”要不急。三谷幸喜が語るエンターテインメントのこれから

新型コロナウイルス感染対策で、演劇やライブの公演が制限され、舞台業界も厳しい状況に直面している昨今。三谷幸喜は、こう語る。

「どんなことが起きても、それを逆手にとってやってみたい」
「どれだけ面白いものが作れるかを、また考えればいいだけ」

困難な状況はあるけれど、それを乗り越え、日本のエンターテインメントはきっと、もっと面白くなっていく――。三谷から返ってきたのは、そんな希望を与えてくれる言葉だった。

10月からは、三谷が作・演出を手がけ、2019年に歌舞伎座で上演された新作歌舞伎『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』が、シネマ歌舞伎となって全国公開される。

松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助、松本白鸚。錚々たる面々が見せるのは、史実に基づく壮大なロードムービーでありながら、笑いや涙も散りばめられた、歌舞伎の枠には収まらない、まさに三谷ワールド全開の作品だ。

撮影/平岩 享 取材・文/古俣千尋 制作/iD inc.

どんな状況も逆手にとって、“面白いもの”を作るだけ

2020年は新型コロナウイルスの影響から、世界全体で外出自粛を余儀なくされる大変な事態となりました。三谷さんのお仕事においてはどのような変化がありましたか?
自粛期間は、たまたま執筆期間と重なっていたので、いつもとそれほど変わりなく粛々と仕事をしていました。

それでちょうど自粛期間が明けたあたりから、舞台の稽古(PARCO劇場オープニング・シリーズ『大地』)が始まったので、どうすれば安心してお客さんに観てもらえるかを試行錯誤して…。いまだに上演は続いていますけれど(※取材は7月下旬に実施)、これまでにない経験でしたね。
7〜8月の上演ではタイトルも『大地(Social Distance Version)』と変更され、俳優同士が距離をとって演技をするなど、不都合を逆手にとった演出でも話題となりました。
もちろん、客席数を半分にするとか、終演時間が遅くならないようにするとか、そうした対策を考えるのはプロデューサーさんのお仕事なので、そこはお任せして。僕は演出家であり作家として、何ができるかということを考えました。お客さんが観ていて不安になるような濃厚接触シーンを作らないようにしたり…。

とはいえ違和感は作りたくなかったので、観終わったときに「そういえば、一度も俳優さん同士が接触しなかったな」と思ってもらえるように考えました。

劇場側も本当にいろんな対策をされていて、客席も咳払いひとつなく、ものすごくしーんとしている中で舞台が始まるような、いつもとは違った緊張感がありましたね。
演劇や舞台にとっても厳しい状況が続いています。今後はどうなっていくと思いますか?
公演をやればやるほど赤字になってしまう、それでも何かやらなければ、というところで、劇場は本当に大変な状況だと思います。この先どうなっていくのか、下手したら2〜3年こういう状態が続くのだとすると…。

もしかすると、大勢の人が出てきて舞台上が密になるような群像劇よりは、ひとり芝居やふたり芝居、リーディングといった形を取らざるを得ない時期が、もうしばらく続くのかもしれません。
これから三谷さんが書く作品にも、影響や変化はありそうでしょうか?
この状況が僕にとってストレスになるかというと、そうではないと思っています。こうした中でどれだけ面白いものが作れるかを、また考えていけばいいだけなので。この時期でしかできないものや、この時期だからこそ生まれてくるアイディアもあるだろうし。

僕自身はむしろ、楽しみと言うと言いすぎですけれど、どんなことが起きてもそれを逆手にとってやってみたいという気持ちはあります。

エンタメとはさまざまな状況を乗り越え、先へ進むもの

外出がままならない状況の中、多くの人が自宅で映画やドラマなどを楽しみながら、エンターテインメントの力に救われています。こうした時期だからこそ、エンターテインメントに期待されることとは何だとお考えですか?
僕らがやっているものは、「不要不急」だと言われちゃうのかもしれません。たしかに「不急」はわかるんです。いますぐやらなきゃいけないものではないので。

でも「不要」かと言われると、そうじゃないと思うんですよね。自粛期間中もどれだけの人がそういった楽しみで気を紛らわすことができたかと考えると、やっぱり「必要」なものだという気がします。不要不急じゃなくて「必要不急」なんだなと、すごく感じました。
まさにそうですね。今回のことで改めてエンタメの大切さがわかったり、動画配信などを通して新しい作品やジャンルを好きになった人も多いと思います。
演劇クラスターも出てしまったりして、しばらくはライブ公演も難しいし、今後のやり方は狭まってくるかもしれません。でも、だからといって演劇の火が消えるかといったらそんなことはないし、そこからまったく新しい何かが生まれてくることだって当然あると思います。

僕たちに限らず、こうした仕事に携わる誰もが考えていらっしゃると思いますが、エンターテインメントとは、さまざまな状況を乗り越えながら、先へ進んでいくものなのではないでしょうか。

歌舞伎座ほどの大劇場じゃなきゃできないことをしてみたい

10月2日からは、みなもと太郎さんの漫画『風雲児たち』をもとに三谷さんが書かれた『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』が、シネマ歌舞伎として上映されます。2019年に歌舞伎座で上演された作品ですが、鎖国中の江戸時代後期にロシアに漂流し、10年も旅を続けた大黒屋光太夫たちの物語を、なぜ歌舞伎というスタイルで描きたいと思ったのですか?
この作品は、はじめに(松本)幸四郎さんから「歌舞伎やりましょうよ」とお話をいただき、何をやろうかなといくつか考えた中のひとつでした。だから時代についてはあまり考えていないんです。「いまの時代に何かを訴えたい」という気持ちもとくにないんですよ。

みなもと太郎さんの『風雲児たち』は、僕が大学の頃から連載されている、すごく長い連載なんです。関ヶ原の戦いから幕末まで、いろんな時代のいろんなエピソードが出てくるんですが、中でも大黒屋光太夫の物語を読んだときに、歌舞伎で観たいなと思ったんですよね。

その思いがずっとあったので、幸四郎さんに原作を紹介したところ、「これは歌舞伎になりますね」と言っていただいたんです。
光太夫たちを乗せ江戸に向かっていた商船が、嵐でロシア領の島に漂着。その後は極寒の大海原を進んだり、犬ぞりで雪原を駆け抜けたり、ロシア女帝に謁見したりと、ストーリーはもちろん、次々転換する舞台にも引きつけられっぱなしの2時間です。
光太夫の物語は小説や映画にもなっていて、たとえば『おろしや国粋夢譚』という映画は実際にロシアで撮影されています。それをふまえて舞台にしたとき、実際の映像にどうやって対抗できるかと、いろいろ考えましたね。

おもに美術の堀尾(幸男)さんと相談しながら、漂流する船や犬ぞりのシーン、女帝エカテリーナに会う宮殿などをどう作るか、試行錯誤しました。

逆に、歌舞伎座ぐらいの大きな劇場じゃなきゃできないことをしてみたい、という思いもありました。これほどのスケール感があれば、映画に勝る光太夫の物語が作れるんじゃないかと。後から思い返しても、これは通常の劇場規模ではできなかっただろうなというのは感じます。
脚本を書くにあたって、どんなことを意識されましたか?
松本幸四郎さん、市川猿之助さん、片岡愛之助さんとは一緒にお仕事をしたことはありましたけれど、僕は歌舞伎役者さんをそれほど知っているわけではない。でも、脚本の段階ではとにかく17人の漂流者全員をきちんと描こうと思いました。

光太夫を扱ったこれまでの作品で、17人全員がきちんと表現された作品はまだなかった気がするんです。やっぱり人数が多いですからね。でも、そこには生き延びる人もいれば、いろんな思いを抱えながら亡くなっていく人もいる、それぞれの人生があるわけで。

だからこそ、一人ひとりのことを描いてあげたいなと。
歌舞伎と映画では、脚本の書き方もまったく違いそうですが…。
映画の場合は自分の知っている人をキャスティングしますから、書くときもキャラクター像をイメージしやすいのですが、今回はずいぶん違うやり方になりましたね。

17人全員のキャラクターづけをして書いたあとで、「こういうキャラなんだけど、これは誰に演じてもらうのがいいだろうか」と松竹の方にご相談しながら、「この俳優さんはこういう芝居が得意」といった情報をリサーチして、キャスティングしていきました。
ということは、脚本を書いているときには想定していなかったことが現場で起こったりも?
もちろん初めてお会いする俳優さんがほとんどだったので、実際に稽古をしながら「この人にはこんなことをさせたい」というのは浮かんできましたね。

たとえば、中村鶴松さん。彼が演じる藤蔵を見てはじめて、藤蔵が持つ若さゆえの悩みのような部分が見えてきたんです。それで鶴松さんと一緒にイメージを膨らませながら、藤蔵という人物を作っていきました。

それから清七を演じた、澤村宗之助さん。前作の歌舞伎『決闘!高田馬場』(2006年・PARCO劇場)にも出ていただいた方なのですが、今回の役では最初に死んじゃうんですよね。それも一幕一場で。

もったいないなあと思いながら実際にお話してみて、やっぱり面白い方だったので、じゃあ何かもう一役やってもらおうと。それで、ロシア人女性の役(ヴィクトーリャ)を足しました。

実在した人物を、200年後に歌舞伎で描く面白さ

ドラマや映画とは違う、歌舞伎ならではの演出の面白さ、あるいは難しさは、どんなところにありましたか?
僕の中で最初に「この話は歌舞伎になる」と思ったのは、光太夫(演/松本幸四郎)、庄蔵(演/市川猿之助)、新蔵(演/片岡愛之助)の3人が別れるシーンでした。

でも、どうすればそれが歌舞伎らしくなるのか、歌舞伎のどんなテクニックを使えば、このシーンがより胸に迫ってくるのかっていうのは、僕にはわからない。なので、そこは3人にお知恵を借りて、現場で作っていきました。

「このタイミングで音が入るといい」とか「ここの所作は歌舞伎のあの演目の、あそこのシーンが使えるんじゃないか?」とか。3人が意見を出し合ってくれて、それを僕がまとめていく感じでしたね。
作品の見どころは、ずばりどんなところでしょうか?
光太夫も庄蔵も新蔵も、みんな実在した人なんですよね。まるっきりそうだったとは思わないけれども、ああいう別れのシーンが実際にあったわけだし、寒いロシアの雪道を本当に約2万キロも移動したわけで。

庄蔵さんも新蔵さんも、いままさに別れるというその瞬間に、まさか自分たちが200年後の未来で歌舞伎の題材にされるとは思っていなかったわけですよね。もっと言うと、船の炊事係だった与惣松(演/中村種之助)さんだって、自分の名前が後世まで残っているのは驚きだと思うし。

そういった、本当にいた人たち、本当にあったシーンが歌舞伎になることのスゴさというか、面白さがあると思うんです。だからこそ、僕はこの人たちにリスペクトをもって、きちんと描きたいなっていうのはすごく感じましたね。
鎖国の時代を実際に生きた人たちの物語として捉えることで、より一層胸に迫るものがありそうです。映画館でも、17人それぞれの人生に注目して観ていただけるといいですね。
映画化にあたっては、単に舞台中継の録画ではつまらないし、やっぱり映像ならではのものにしたいということで、監修という形でいろいろアイデアを出しました。それをシネマ歌舞伎のスタッフの方々が素晴らしい作品に仕上げてくださいました。

通常の舞台中継では考えられないぐらいの顔のアップが入っているのも驚きだったし、2時間10分以上あるにもかかわらず、飽きることなく速いテンポでぽんぽん進んでいく作品にまとまっていて、僕自身もとても新鮮に楽しませていただきました。

俳優さんたちがいるから、僕は書くことができている

最後に、三谷さんにぜひ「アイディアが浮かばないときの対処法」をお聞きしたいです。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をはじめ、現在も次の作品に向けて執筆中かと思うのですが、途中で行き詰まってしまうことはありますか? またその際の解決法は?
歴史ものに関して言えば、「悩んだときは歴史に戻る」。書いているうちにどんどん自分の中のフィクション度合いが強くなっていくんだけれども、そこで行き詰まったときには、「実際はどうだったのか」に必ず戻るようにはしています。

実際にあったことに戻ると、絶対に何かが見えてくるんです。
目の前のことから一度離れ、大元に戻って考えるのですね。
それから、僕は俳優さんのおかげで書かせてもらっているという意識が強いので、やっぱりそれがスタートなんです。たとえば愛之助さんにどんな役をやらせたいか、どんなセリフを言わせたいかっていうことから、新しいシーンが生まれてくることが当然ありますから。

今回の歌舞伎でも、実際に稽古や本番をやりながら「幸四郎さんって面白いな、今度はこんなのを一緒にやってみたいな」って、浮かんだりしましたね。俳優さんを見るということはすごく大事です。それで、いつも先に進めるんです。
歴史でも人でも、まずスタート地点まで戻ってみる…。そう言われてみるとたしかに、自分が行き詰まっているときは「そもそも何がやりたかったのか」を見失っていることが多いかもしれません。
それでも、どうしてもアイディアが浮かばないときもありますよ。そういうときはお風呂に入って、シャワーを浴びて一回リセットすることが多いですね。
お風呂に入りながら、あれこれ考えたりもするんですね?
いや、でもね、お風呂で「どうしようかな」って考えているうちは思いつかないんです。考えごとを頭の片隅に置いておくとだめだったりするんですよね。とにかく一度、頭の中を空にしないと、新しい空気が入ってこない感じがあって。
なるほど。考えごとは置きっぱなしにせず、一度頭を空にするんですね。
まったく別のことを考えたりとか、考えないようにして身体を洗ったりとか、お風呂から上がってタオルで拭いたりとか…その瞬間、一回ゼロになれるんです。そうすれば、そこからまた何か浮かんでくることもありますから。
三谷幸喜(みたに・こうき)
1961年7月8日生まれ。東京都出身。A型。日本大学芸術学部演劇学科在学中の1983年に「東京サンシャインボーイズ」を結成した。1990年代より『古畑任三郎』シリーズや『王様のレストラン』(ともにフジテレビ系)など、脚本を手がけたTVドラマが次々と大ヒットを記録。現在、脚本家、演出家、映画監督として活躍している。新作歌舞伎作品では、2006年に『決闘!高田馬場』、2019年に『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』の脚本・演出を手がけた。2022年にはNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の脚本を担当する。

    作品情報

    シネマ歌舞伎『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』
    10月2日(金)全国公開
    https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/44/

    サイン入り色紙プレゼント

    今回インタビューをさせていただいた、三谷幸喜さんのサイン入り色紙を抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

    応募方法
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    受付期間
    2020年9月25日(金)12:00〜10月1日(木)12:00
    当選者確定フロー
    • 当選者発表日/10月2日(金)
    • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
    • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから10月2日(金)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき10月5日(月)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
    キャンペーン規約
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