素晴らしい作品との出会いに感謝を。作曲家20周年、神前 暁と振り返る自分クロニクル

作曲家・神前 暁の名前を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

超絶ギターリフから始まる『God knows…』(『涼宮ハルヒの憂鬱』)、ジャンルレスな変則的ポップ『もってけ!セーラーふく』(『らき☆すた』)、花澤香菜が演じる千石撫子のウィスパーボイスが炸裂する『恋愛サーキュレーション』(『化物語』)――。

神前の名を知らなくても曲のイントロを聴けば、作品の記憶と共に思い出す人も多いはずだ。

思わず口ずさみたくなるキャッチーで中毒性の高い天性のメロディメーカー。それでいて、自らを「職業作曲家」と語るように、歌モノと劇伴を両方こなし、あらゆる音楽ジャンルを高いレベルで表現する技術力も備えている。日本を代表する人気作曲家のひとりと言えるだろう。

そんな神前が、3月に作曲家デビュー20周年を記念した初の作品集『神前 暁 20th Anniversary Selected Works “DAWN”』をリリースした。今回は20年間の経歴を振り返りつつ、時代を彩った代表曲にまつわる制作秘話、創作スタイルに迫っていく。

取材・文/岡本大介

劇伴はミクロ視点、歌モノはマクロ視点で作る

まずは「アニメ作品における音楽制作とはどういうものか?」について教えてください。そもそも神前さんのような作曲家には、どんな形で依頼が来るのでしょうか?
具体的に言いますと、劇伴と歌モノで依頼のルートが異なりますね。

たとえば劇伴の場合、作品を担当する音響監督さんから「リスト」が送られてきます。「日常曲が○曲」、「戦闘曲が○曲」、「クライマックスに流れるスペシャル曲」のように、どんな楽曲がどれくらい必要なのか、一覧になっている感じです。

作品によって曲数は異なりますが、今だと1クールのアニメ作品で、40曲くらいの依頼がありますね。
基本的に音響監督さんとやり取りをするんですね。
そうですね。音響監督がアニメの制作チームと話し合って、どんな音楽が欲しいかを吸い上げたものを僕たちに発注してくれるんです。

逆に、オープニングやエンディングの主題歌、挿入歌やキャラクターソングのような歌モノは、レコード会社さんからいただくケースが多いです。音楽プロデューサーを通じて、どういった音楽を求めているのかイメージを聞いて、こちらが雛形を用意する流れになります。
なるほど。神前さんは作品のどこを手がかりに、音楽のテイストや方向性を決めていきますか?
やっぱり作品の世界観がいちばんです。でも、「世界観」といってもぼんやりとして掴みにくいところがあるので、僕の場合は加えてアニメの絵柄からインスピレーションを受ける場合が多いかもしれません。

たとえば背景は実写的なのか抽象的なのか、キャラクターのタッチはどうかなど、絵の抽象度から劇伴全体の方向性をイメージしていきます。この絵柄なら電子音主体のほうがいいだろうとか、これは生バンドで人間臭いほうがマッチするかなとか、映像との一体感はとても重視しています。
ストーリーの展開などはあまり関係しないんですか?
もちろんストーリーは手がかりにしますよ。音響監督から送られてくるリストはジャンルごとに分かれていて、そもそもストーリーの展開に準じていますから。とはいえ、具体的なシーンにあわせて当て書きすることはTVアニメの場合は少ないですね。
TVと映画で考え方が違うんですか?
映画だと、個別のシーンに当て書きをすることのほうが多いですね。

TVと映画では尺の長さなどに違いが出てくると思います。僕が納品した劇伴の中から、音響監督さんが使いたいシーンに合う曲を選んで入れてくださるのですが、TVは最低でも1クール12話分くらいあるので、同じ楽曲がさまざまなシーンで使われることになりますよね。

だから、TV用の劇伴はどんなケースでも対応できる長さがあったほうがいいんです。オンエアを観るまでどのシーンにどの曲が使われているか、僕にもわからないんですよ。
そうなんですね。では、歌モノの場合はいかがでしょう?
同じ歌モノでも、挿入歌やキャラクターソングは劇伴を作る感覚に近くて、具体的なシーンやキャラクターの特徴をとらえて作るケースが多いです。

逆に、主題歌は何かにピンポイントで寄せないよう、作品全体をとらえて抽象化する必要があるので、ちょっと俯瞰気味に引いた目線で作っています。
作品を抽象化しつつ、それでも作品らしさを失わないテーマを抽出するには、作品に対する深い理解が求められそうですね。
そこは幸運なことに、僕は劇伴と主題歌をセットでやらせていただくケースが多かったので、ごく自然な流れで作品に対する理解を培うことができたのはありがたいですね。だからその点で悩んだことはなかったです。

作曲は週に1曲ペース。プロとしては遅いほう

神前さんは、普段どんなやり方で作曲をされるんですか?
ピアノと鼻歌です。右手でなんとなくメロディを弾きつつ、鼻歌のようなものを口ずさみつつ。それを延々と繰り返していていると、ふとした瞬間、「あ、今のちょっといいかも」と感じるときがあるんです。

それは意図していない指運びのミスだったりもするんですけど、意外とそういうときこそ「面白いかも」と感じたりして。

一度ひらめくことができれば、そこを基準に広げていくことができます。あとは時間をかければなんとかなるものですよ(笑)。
勝手なイメージですが、ある日ふと完成した音楽が頭の中に降ってくるような感覚を想像していました。
いやいや、まったくそうじゃないです。とにかく身体を動かしながら、いい音を捕まえにいっている感覚ですね。魚釣りで大物を狙っているような気持ちに似てると思います(笑)。
これまでに1000曲を超える数を制作されていますが、中にはまったく釣れない日もあるんですか?
「中には」というより、基本的に釣れません(笑)。1日中ピアノを弾いていても何も進まないことはしょっちゅうです。

だいたい僕、仕事が遅いんですよ。1000曲といったって、何しろ20年もかかっていますからね。計算すると年間で50曲、週に1曲ですから、これはプロとしては遅いほうだと思います。あくまで平均すればの数字ですけれど。
曲調やメロディなどがその日のテンションで左右されることも?
あんまり関係ない気がしますけど…ただ、疲れているときはシリアスな曲調になる傾向はあるかもしれません。逆に明るいコメディータッチの曲は元気があるときのほうが作りやすい。コメディーが書けるというのは元気な印ですね。
ちなみに、ご自身が参加された作品はご覧になりますか?
はい、いつも録画して観てますよ。でも作ってすぐは正直、客観的に観れないです。やっぱり自分のやった仕事はよくわかるので、粗ばかり目についちゃって(笑)。純粋に楽しめるようになるのは、ある程度時間が経ってからですね。

デビュー当時は自分の曲を聴きにゲームセンターへ

神前さんはもともとナムコ(現バンダイナムコスタジオ)のご出身なんですよね。
そうです。中学生の頃からゲームセンターに入り浸るほどゲームが好きでしたし、ゲーム音楽を聴くのも好きだったので、大卒でナムコに入社しました。

当時は作曲家になりたいというより、なんでもいいから音楽に関わる仕事がしたいという気持ちのほうが強くて、作曲は趣味でもいいかなと。
でも、実際にはナムコで音楽を作るようになった。当時はかなり忙しかったそうで。
しょっちゅう会社に泊まり込んで音楽を作っていました。ただ、つらいと思ったことはなくて、仕事をしているっていう感じもなかったんですよね。

家にいるより会社で音楽を作っていたほうが刺激的だし、楽しかったんです。当時は生活のすべてが音楽作りでした。まあ、そこは今もそうなんですけど(笑)。
今回の作品集『DAWN』には『ふたりのもじぴったん(fine c'est la mix)』(『ことばのパズル もじぴったん』)が収録されていますが、ナムコでのデビュー作は覚えていますか?
『アクアラッシュ』という、アーケードのパズルゲームに実装されたのが初めてだったと思います。当時は嬉しくて、ゲームセンターに行って筐体(きょうたい)のそばで耳を澄ましながら、「あ、流れてる!」ってはしゃいでいました(笑)。
その後、2005年にナムコを退社されますが、動機は何だったのでしょうか?
6年ほどゲーム音楽をやってきて、歌謡曲やアニメなど、もっとフィールドを広げてみたいと思ったのがきっかけです。

高校・大学時代の同級生で、当時京都アニメーションに所属していた山本寛くん(アニメ監督・演出家)が、『涼宮ハルヒの憂鬱』の音楽担当に推薦してくれるかもしれないという話を聞きまして。会社員として関わるのは難しいと感じ、思い切って会社を辞めることにしたんです。
神前さんにとって、ナムコ時代の学びとは?
いろんな音楽を聴き漁ったこと、でしょうか。耳を鍛えるといいますか、それまでは好きなものしか聴いてこなかったので。学びのためというとつまらないけど、ジャンルに関係なく名作と呼ばれる音楽をいろいろと聴き始めると、やっぱりスゴいんだなと、よさを理解できるようになりましたね。
そうした理解を深めることは、どのように仕事にプラスになりますか?
音楽的にいい、悪いのジャッジを的確にできることは非常に大切だと思います。そのためにいろんな音楽を聴いて、音楽的な素養を身につけたほうがいい。

DJがスゴいのはそこなんですよ。作るより以前に、聴いている量が圧倒的に違うんです。作曲をするなら、そこを鍛えていかないと全然ダメだと思います。

ギターは苦手。『God knows...』はアウェイで生まれた曲

ナムコを退社後、最初に手がけたのが『涼宮ハルヒの憂鬱』でした。作品が大ヒットし、神前さんの存在も大きく知られるようになりましたが、当時の心境はいかがでしたか?
いやあ、当時は右も左もわからない状態でしたから、めちゃめちゃ必死でしたね…。
『涼宮ハルヒの憂鬱』では、劇伴だけでなく歌モノも作られています。ナムコ時代にはあまり経験がなかったのでは?
そうですね。ナムコのときは『ふたりのもじぴったん』や『THE IDOLM@STER』の立ち上げで何曲か関わったくらい。『涼宮ハルヒの憂鬱』は挑戦だったと思います。

本当は『涼宮ハルヒの憂鬱』も劇伴だけのはずだったんですけどね。「劇中で流したいからおまけで頼むよ」みたいな感じで言われまして。でも、僕も「本当になんでもやります」というスタンスだったので、「できません」とは言えなくて、もう必死で食らいついていくしかなかったですね。
とくに『God knows...』は、2019年に「平成アニソン大賞」で編曲賞(2000年〜2009年)に選ばれるなど、今でも愛され続けている名曲ですが、こちらも必死で作ったと?
そうですね。とくに『God knows...』のようなギターメインの曲は、僕がギターを弾けないこともあってすごく苦手なジャンルなんです。

しかも当時はバンド編成でのレコーディングをした経験もなかったので、収録のためにスタジオに行ったはいいものの、スタジオミュージシャンの前でオロオロしちゃって(笑)。
作中では長門有希によるギターの早弾きがとても印象的です。あれはギターを担当された西川進さんのアレンジが大きかったとか。
いちおう僕も楽譜には書いていたんですけど、もっと複雑にカッコよくしてくださいとお願いしました。「ギターは宇宙人(長門)が弾くので、めちゃめちゃ難しくていいです」って(笑)。

そのことが、図らずもミュージシャンのスキルを引き出すことの重要性につながったんですよね。そういう仲間とのコラボというか協業も、音楽を作るうえでは大切なんだなと実感した曲でもあります。
作品のヒットと合わせて、ご自身が作った楽曲が世の中に受け入れられている感覚は、当時から感じていましたか?
それは感じてました。ただ、当時は嬉しいというよりも戸惑いのほうが大きかったんですよ。とくに『God knows...』は僕の苦手分野ですし、アウェイな感覚を持っていましたから、余計にそう感じたんだと思います。

自分らしさを意識したのは『〈物語〉シリーズ』の途中から

ギターロックへの苦手意識は、今はいかがですか?
今でもバリバリに苦手です(笑)。

やっぱりギター曲は、ギタープレイヤーにしかわからないニュアンスがあるので、いまだに手探りになりますね。逆に、僕は中学時代から吹奏楽部でトランペットを吹いていたので、ブラス(金管楽器)のフレーズなどはわりと得意かなと思いますが。
『WORKING!!』の『SOMEONE ELSE』みたいな、スカ(音楽ジャンル)系の曲とかでしょうか。
そうですね。スカはかなり自分の血肉として表現できている実感があります。そういう意味では、『GO MY WAY!!』(THE IDOLM@STER)や、『marshmallow justice』(偽物語)もそうですね。僕としてはホームの感覚で、たまにやりたくなるんですよ。
▲『GO MY WAY!!』は0分30秒から、『SOMEONE ELSE』は2分10秒から、『marshmallow justice』は3分11秒からそれぞれ試聴できる。
そういった自分のホームに近い趣味全開の楽曲は、いつ頃から作るようになったんですか?
劇伴に自分の趣味を混ぜるようなことは初期の時代からあったと思います。ただ、オーダーにはないけど、自分の感覚を出していこうと明確に意識し始めたのは『〈物語〉シリーズ』の途中からですね。

同じシリーズをずっと手がけていたことで、僕からの提案もしやすくなりましたし、音響監督の鶴岡(陽太)さんも「何か面白いの出してよ」っていう雰囲気だったので。
鶴岡さんとは『涼宮ハルヒの憂鬱』から数多くの作品でタッグを組まれていますが、相談ベースでの依頼も多いそうですね。
そうなんです。もちろんリストの形にはなっているんですけど、それとは別にすごく抽象的で謎かけみたいなオーダーをされることが多くて。
たとえばどんな?
「“形而上的な会話”を表現してほしい」みたいな(笑)。何か試されているような気になりますけど、それはやっぱり僕のことを認めてくださるからこそだと思いますし、それによって鍛えられたところもあるので、ありがたいなあと思ってます。

『もってけ!セーラーふく』を狙って書けたら天才

『らき☆すた』の『もってけ!セーラーふく』も神前さんが手がけた代表作として有名です。今までのアニメ主題歌にはないような、ぶっ飛んだ楽曲でした。
これに関しては、自分が生み出したというより、いろいろな方との化学反応の結果として「生まれちゃった」曲ですよね(笑)。
最初から狙って作った曲ではなかったんですね。
これを狙って書ける人がいたら天才ですよ(笑)。

僕が最初に出したデモテープは王道のUKロックテイストだったんですけど、「それだと弱い」とコロコロと変わっていって。最終的には「なんだかよくわからないけどスゴいものができた!」という手応えがありました。

さらにこの曲は、畑亜貴さんによる歌詞のパワーもスゴかったし、京都アニメーションが描いたダンス動画も素晴らしくて。そういう相乗効果もあって、大きなインパクトを与えることができたんだと思います。
神前さんと畑亜貴さんは、「アニソン界のゴールデンコンビ」と称されることも多いですが、最初に『涼宮ハルヒの憂鬱』で畑さんに抱いた印象は?
「さすがプロ!」のひと言に尽きますね。とにかく歌詞が上がってくるのが早いし、なのにすべてがバチンとハマっていて。僕よりもずっとキャリアの長い先輩ですから、「やっぱりプロの方はスゴいんだなあ」と感心するしかなかったです。

ただ、今にして思うと、アニメ業界に来ていきなりトップ・オブ・トップの方とお仕事をさせていただいたわけで(笑)。僕はずっと作詞家の方に恵まれているのですが、本当にラッキーでしたね。
作曲する際は、自分で歌詞を想像することもあるんですか?
なんとなくはあるんですけど、ハッキリとした言葉ではないです。それに、結局は皆さんがそれをはるかに上回る歌詞が付けてくださるので、何を考えていたかすぐに忘れちゃいますね。
『涼宮ハルヒの憂鬱』と『らき☆すた』を振り返って、作曲家として鍛えられた部分や刺激を受けた部分はどんなところですか?
いちばんは作曲のスピードと量ですね。「プロの作曲家としては遅い」とは言いましたけど、これでもナムコ時代に比べるとスピードはかなり上がったんですよ。

ゲームって開発に2年くらいはかかるので、少なくとも僕が勤めていた時代は音楽制作もそこまでスピード感は求められなかったんですが、アニメは2ヶ月で40曲とか、とにかく速さが求められるんです。

『涼宮ハルヒの憂鬱』はそこまででもなかったんですが、『らき☆すた』は圧倒的でしたね。このあいだ数えてみたら、歌モノを除いた劇伴だけで100曲以上を作っていましたから(笑)。本当に鍛えられました。

同じネタは二度と使わない。自分に課したマイルール

『〈物語〉シリーズ』は、ヒロインごとにOP主題歌を用意するなど、革新的な試みがいくつもされました。
僕自身、「OPテーマを5曲作る」というプランを聞いたときは驚きました。

もちろん作曲するのも大変ですけど、何より作画の労力がものスゴいことになるじゃないですか。EDであれば、静止画を利用することで多少は軽減できたかもしれませんが、OPだとそうもいかないですし。

さらに、作品の顔であるOPを2、3話ごとにコロコロと変えて成立するのかななど、要らぬ心配もしまして。結果的に視聴者さんに好意を持って受け止めてもらえてよかったです。
『〈物語〉シリーズ』では、それまでのアップテンポな楽曲が多い神前さんのイメージから一転して、さまざまなジャンルや曲調の音楽が爆発的に生まれた印象があります。
メインヒロインごとに主題歌を作らないといけないですし、長いシリーズになったことで必然的にジャンルを広げざるを得なかったという側面もあります。

同じネタを二度も使いたくないですから、手を替え、品を替え、自分の中でもどんどんとハードルが上がっていく感覚がありました。これはシリーズものの宿命なのかなとも思います。
同じネタを使い回したくないとはいえ、実行するのはかなり大変じゃありませんか?
そうなんですけど、同じことをやってしまうと自分のモチベーションに響くんですよね。

今でも「あの作品の○○のような曲をください」っていうオーダーは多いですし、それを求めているお客さんもいるとは思うんですけど、僕としては以前と同じようには面白がれないんです。

だから、少しでもいいから違うものを作りたいという気持ちはつねに持っています。仮に世間的にはとくに新しくなかったとしても、自分の中では満足できるんです。

趣味全開で生まれた『恋愛サーキュレーション』

『DAWN』には『〈物語〉シリーズ』全ヒロインの主題歌が収録されていますね。
誰かの曲を抜粋して収録することができなかったんです。どうしても選べなくて、「それなら全部入れちゃえ!」と。
先ほどのキャラクターソングの作り方からいうと、各ヒロインの主題歌は、それぞれのキャラクターに明確なイメージを持って作曲したんですか?
そうですね。たとえば八九寺真宵だったら元気なテクノポップが似合うし、千石撫子ならとにかく可愛らしい曲にしたいなど、基本的にはキャラクターのイメージに寄せて作った感じです。

ただ唯一、戦場ヶ原ひたぎの『staple stable』だけは、『化物語』の最初のOPテーマということもあって、作品全体のOPとしても成り立つように、気遣いながらバランスを整えました。
歌モノを作る際、歌い手となる声優さんやアーティストさんの声はどこまで意識していますか?
歌い手さんの音域に合わせて作らないと声が出なかったり苦しくなったりするので、キーは意識をしますが、それ以外はあまり考えないようにしてますね。むしろ、「このキャラは声を張らないだろうな」とか、キャラクター性を基準に考えることがほとんどです。

とはいえ、収録中に「キャラクターが歌うって、こういうことか!」と感動することは多いんですよ。声優さんの表現力によって、想像以上に化けた楽曲がたくさんありますから。
『〈物語〉シリーズ』で、個人的にもっとも「化けた」と感じる曲は?
う〜ん、難しいですけど、想定外の反響を生んだという意味ではやっぱり『恋愛サーキュレーション』でしょうね。

もともと僕の大好物な音楽ジャンルで、趣味全開で作った曲なんですが、オンエアから10年が経ってもTik Tokで使われたり、NHKの育児番組で使われたり、果ては中国企業のXiaomiで使われたりと、異常な広がり方をしたので。
爆発的にヒットする予兆を感じたことはありますか?
予兆かどうかはわかりませんが、作詞をしてくれたmeg rockちゃんにこの曲を渡したとき、「これはいいね」と言ってくれたんです。

彼女は曲に対して「いい」とか「悪い」とかは言わないので、「珍しいなあ」と思っていて。もしかするとmeg rockちゃんは何かを感じてくれたのかなあ(笑)。
『恋愛サーキュレーション』は、千石撫子を演じる花澤香菜さんの声の魅力もヒットの要因のひとつですよね。花澤さんのささやくような歌い方は、想定していたものだったんですか?
花澤さんは以前から『セキレイ』や『THE IDOLM@STER』でもご一緒していたので、彼女の声の魅力はよくわかっていたんです。だからラップが映えるだろうとは思っていました。それにしても、やっぱり予想以上のハマり方だったとは思います。
千石撫子の主題歌だと、『〈物語〉シリーズ セカンドシーズン』の『もうそう♥えくすぷれす』も印象的でした。『DAWN』のライナーノーツには、原作者の西尾維新先生が『恋愛サーキュレーション』を意識して『囮物語』を書いたことに対するアンサーだとありました。
あ、それは西尾先生からの公式回答ではなくて、僕が勝手にそう思っているだけです(笑)。

『囮物語』の原作中に「せーの」という言葉を使っている部分があったので、きっと西尾先生もアニメとのキャッチボールを楽しんでおられるのかなと思いまして。『もうそう♥えくすぷれす』は、僕がそれにさらに乗っかかる形で作ったんです。
『〈物語〉シリーズ』では、そうしたキャラクターの変化をうまく2巡目の主題歌でフォローアップしていますよね。
作品のストーリーから生まれる必然ですよね。『〈物語〉シリーズ』は、髪をバッサリ切ったり地獄へ行ったり(笑)、キャラクターがどんどん変化していくのが魅力だと思いますから。

楽曲もそれに合わせて新しいアプローチをしていますが、何より声優さんたちがスゴいですよね。それまでのキャラクターを保ったまま、さらに新しい表現を楽曲に乗せてくれていて、本当に感動しました。

10年続けたからこそ見えてきた「神前暁らしさ」

ご自身の中で、もっとも思い入れの深い楽曲を選ぶことはできますか?
どれも思い入れが深いんですが、いちばん「気合いを入れた」という意味では『chocolate insomnia』(『猫物語(白)』)です。

これは『〈物語〉シリーズ セカンドシーズン』の最初の楽曲だったので、僕もすごくプレッシャーを感じていて、3回書き直したものの、それでも納得がいかなかったんです。

結局、昔作った曲のストックの中にイメージがぴったりなものがあったので、それを取り出してブラッシュアップしたのがこの曲です。すごく手間と時間がかかったので、思い入れはかなり深いですね。
『chocolate insomnia』はシリーズでも人気の高い曲ですよね。
そうですね。この曲は今聴いても非常にアレンジが細かいんですよ。

技巧の限りを尽くしたような曲で、昨年開催された『〈物語〉フェス 〜10th Annivarsary Story〜』で演奏したときも、クラムボンのミトさんが「難しい」ってブーブー言っていました(笑)。それくらい頑張って作った曲です。
神前さんにとって『〈物語〉シリーズ』はどんな存在ですか?
立ち上げから今まで共に作ってきた自負もありますし、間違いなく「僕の代表作」と断言できると思います。

何より20年の作家生活のうち、半分くらいを『〈物語〉シリーズ』が占めていますから(笑)。世間的にも「神前暁って何の人?」って言われたら、「『〈物語〉シリーズ』の人」というイメージがあるんじゃないでしょうか。
幅広いジャンルの音楽を作りつつ、それらの端々に神前さんらしさを感じられるのも不思議です。
僕には誰かに言えるような、作曲家としてわかりやすい個性がなかったんです。でも、これだけたくさんの曲を書いていると、その中でなんとなくぼんやりと共通する「神前暁らしさ」があるのかなあと思えるようになりました。

『〈物語〉シリーズ』はたくさん曲を書いたことで、これが「僕の作家性」なんだと再確認させてくれた作品でもありますね。

あっという間の20年。ずっと好きなことをやってきた

神前さんは2014年に体調不良で休業された時期があります。その前後で作曲に対する姿勢や考え方に変化はありましたか?
音楽的には、よりピュアになったなと思います。オーバーワークにならないように量を絞っているからかもしれませんが、自分の好みや興味のあるものをストレートに楽曲に反映できている気がします。
今、興味のある音楽って、たとえば?
劇伴と歌モノでそれぞれあるんですけど、全体的には今の洋楽が進んでいる方向に近いです。

まず劇伴に関しては、ヨハン・ヨハンソン(アイスランド出身の作曲家)に代表されるポスト・クラシカル。あるいはポスト・ロックといった、サウンドのテクスチャーで聴かせる劇伴にすごく興味があります。

一方で、歌モノに関しては、メロディへの新たな可能性みたいなものをすごく感じていますね。
「メロディの可能性」ですか?
僕はこれまで、時代が進んでサウンドが変化しても、メロディは不変だと思っていたんですよ。でも、この5年くらいで、世の中に浸透するメロディが進化しているなと感じるようになってきて。
どんな音楽を聴いて感じたのでしょう?
髭男(Official髭男dism)やKing Gnu、米津玄師さんなど、今の邦楽のヒットメーカーたちの曲を聴いていてそう感じますね。

僕はZeddの音楽性がすごく好きなんですけど、ああいうクールなメロディへのアプローチもあるんだなと思っていたら、最近の邦楽アーティストの皆さんもそういった洋楽的なメロを取り入れるようになっていて。

日本語の曲でもそういうメロディが映えるんだと新しい可能性を感じて、自分でもやってみたいなと思いました。タイミングを見てぜひチャレンジしてみたいですね。
楽しみにしています。ここまで20年間のお仕事を振り返ってきましたが、『DAWN』の収録曲を聴いていて改めて感じたことはありますか?
そのときどきで好きなことをやっているなあ、と。オーダーに応えて楽曲を作っていく中で、随所に自分の「好き」が滲み出ていて、それはこれからも変わらないだろうなと思いました。
デビューからのこの20年は、短かったですか? 長かったですか?
あっという間でしたね…。目の前にある楽曲をひとつずつ夢中で作っていたら、気づけばいつの間にか20年経っていたという感覚です。

でも、最初こそアニメ音楽の知識もなく業界の知り合いもいませんでしたけど、活動していく中で多くのライバルや仲間に恵まれて。そこはやはり20年という月日の重みを感じます。

また、何より幸運だったのは、たくさんの素晴らしい作品に巡り会うことができたこと。僕はアーティストではなく職業作家ですので、作品があって初めて音楽を作ることができるんです。

こうした作品との出会いが何よりの宝物ですし、本当に感謝しかありません。
神前 暁(こうさき・さとる)
1974年9月16日生まれ。大阪府出身。O型。京都大学工学部情報工学科を卒業。株式会社ナムコ(現バンダイナムコスタジオ)を経て、2005年に有限会社モナカに所属。主題歌や劇伴を担当したアニメの代表作は『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ、『らき☆すた』、『かんなぎ』、『〈物語〉シリーズ』、『WORKING!!』、『Wake Up, Girls!』シリーズ、『STAR DRIVER 輝きのタクト』、『Fate/EXTRA Last Encore』、『BEASTARS』など多数。そのほかにも実写映画やアーティストへの楽曲提供など、活躍は多岐にわたっている。

    作品情報

    『神前暁 20th Anniversary Selected Works “DAWN”』
    発売中

    左から限定盤、通常盤。

    【限定盤】
    7,000円(税別)
    【通常盤】
    3,900円(税別)

    公式サイト
    https://kosakisatoru-20th-anniversary.com/

    サイン入り色紙プレゼント

    今回インタビューをさせていただいた、神前 暁さんのサイン入り色紙を抽選で1名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

    応募方法
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    受付期間
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    • 当選者発表日/6月24日(水)
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