『PSYCHO-PASS サイコパス 3』のメインキャラ一新は、批判も覚悟の上だった――塩谷直義監督の覚悟

2012年の放送を皮切りに、8年続く人気のアニメシリーズがある。『PSYCHO-PASS サイコパス』だ。

2019年10月、シリーズ三期目となる『PSYCHO-PASS サイコパス 3』がスタート。一期目からシリーズを手掛けてきた塩谷直義監督は三期を振り返り、「批判も覚悟していた」と明かす。

事実、メインキャラクターが一新され、これまでの主人公が不在となる展開には、ファンからさまざまな声が上がった。しかし、これらすべてはシリーズにおける“飛躍”の物語を描くための重要なメソッドだった。

2020年3月、三期の完結編『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』が劇場公開される。テレビでは語られなかったさまざまな謎が明かされるであろう完全新作に期待が高まるなか、塩谷監督の思いに迫る必読のインタビューをお届けする。

取材・文/阿部裕華 制作/アンファン

『PSYCHO-PASS サイコパス』あらすじ

魂を数値化する巨大監視ネットワーク、「シビュラシステム」が人々の治安を維持している近未来が舞台。犯罪に関する数値<犯罪係数>を測定する銃<ドミネーター>をもつ刑事たちが、罪を犯す前の<潜在犯>を追う姿を描く。
▲『PSYCHO-PASS サイコパス 3』の1話より。

三期の前の『SS』で、狡噛のドラマもしっかりと描きたかった

2019年10〜12月に放映されたテレビシリーズ『PSYCHO-PASS サイコパス 3』(以下、テレビ三期)。振り返ってみての感想を教えてください。
とにかく長かったな……と思いますね。4年くらい前、映画『PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System』(以下、『SS』。2019年公開)と同時に、テレビ三期を企画し始めました。

『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』(2015年公開)のあとぐらいに、当時フジテレビさんから「次はどうしましょうか」とお話があって。そのときは、自分のなかでテレビ三期を作るとしても、劇場版から続くストーリーを軸に、キャラクターも(常守)朱(CV:花澤香菜)や狡噛(慎也、CV:関 智一)を中心に継続させた流れでいこうと、漠然とですが思っていたんです。
テレビ三期の情報解禁を見て衝撃を受けました。まさか、メインキャラクターが変わるとは……!と。
僕のなかで『PSYCHO-PASS サイコパス』という作品は、大きな長流のなかの転換期にスポットを当てるイメージで作っています。あえて“正義”という言い方をしますが、主人公が直面する問題に対して「自分の正義とは?」、この答えを探し続ける姿を描くことが物語の中心軸なんです。

なので、中心人物である主人公がその時代に合わせて変わることは、ごく自然だと思っています。

ただ、主人公を変えて作品を作っていくのは、やるとしても次の次かな、と思っていました。

でも、「“飛躍”してもいいんですよ」とお話をいただいたんです。「今までの流れを継続するのもおもしろいけど、公安局じゃなくてもいい。たとえば少年探偵団がメインキャラクターでもいいんです」と。僕としては、「何を言っているんだ!」って感じでした(笑)。ただ、それくらい考え方を変えて作ってもいいんじゃないかと。背中を後押しされた気持ちになりました。
新しい刑事課一係が誕生した背景には、そういった流れもあったんですね。
とはいえ、唐突に新しい刑事課一係を登場させるのではなく、シリーズの流れを持続させて作ることが課題だと思っていて。テレビ三期までの過程を飛ばしてしまうと、視聴者は困惑しますよね。テレビ三期を観て「なんで狡噛が日本に戻ってきてるんだ!?」とならないように、彼には彼なりのドラマがあること、自分が描きたかったドラマがあることを、プロデューサーや製作委員会にお話して、新しいシリーズラインにもなる『SS』を作らせてもらいました。

そのため、『SS』とテレビ三期はほぼ同時に構成の話し合いをしていきました。
どのように構成を進めていったのでしょうか?
テレビ一期から脚本を手掛けていただいている深見 真さん、テレビ二期から脚本を手掛けていただいている冲方 丁さんに、新シリーズの構成段階から参加していただき、そのうえでテレビ三期の構成を冲方さんにまとめていただきました。また、小説『PSYCHO-PASS ASYLUM』の著者である吉上 亮くんにも、『SS』とテレビ三期の脚本に参加していただきました。三期は3人と一緒に物語を作り上げていった形ですね。

その繋ぎとなる『SS』は、僕が作りたいあらすじを元に、深見さん、吉上くんと個別に打ち合わせして形にしていきました。『SS』は、三期に繋がるシリーズとしての1本の流れはありつつも、個々の作家性がちゃんと出る物語を作れたら素敵だなと思い、この座組みになりました。

今回、主人公たちの変化、立ち位置をドラマに落とし込むために、時間軸をひとつずつ作ってシナリオドラマに落としていく作業が、とにかく長かったですね。

あと、脚本家のみなさんには、「テレビ三期はおそらく叩かれます」ともお話しました。
叩かれるのを覚悟で制作を進めていった……?
主人公を変えるし、これまでの主人公だった朱は逮捕されて出てこない。狡噛も日本に帰ってきている。自分のなかで、狡噛をそのままメインに据えて三期を描くつもりがなかったので、『SS』を観て三期も観てくださる方には、叩かれるだろうなと。でも、『PSYCHO-PASS サイコパス』の世界を描くうえで、これはごく自然に必要な物語の流れでした。

だからこそ、軸がブレないように構成・脚本にはかなり時間をかけたんです。『SS』からテレビ三期のあいだに起こった出来事も話はすでにできていて。その物語を踏まえたうえで、テレビ三期、そして3月に公開される『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』(以下、『FIRST INSPECTOR』)の物語になっている。ただ、僕が思っていた以上に時間がかかりましたね(汗)。
▲テレビシリーズのメインビジュアル。
左から、『PSYCHO-PASS サイコパス』(2012〜2013年)、『PSYCHO-PASS サイコパス 2』(2014年)、『PSYCHO-PASS サイコパス 3』(2019年)。

シリーズ初の男性バディ、灼と炯は凸凹コンビ?

テレビ三期は慎導 灼(しんどう・あらた、CV:梶 裕貴)と炯(けい)・ミハイル・イグナトフ(CV:中村悠一)のW主人公で、シリーズ初となる男性バディですよね。これも何か意図があったのでしょうか?
そもそも『PSYCHO-PASS サイコパス』は性別関係なく、人間ドラマとして作っているつもりです。朱は性別としては女性だけど、内面では男性的な部分も持っていますよね。そういう意味で、テレビ三期も性別は意識していなくて。まあ、今まで男性バディものを描いたことがなかったので興味があったというのはありますけど(笑)。

あと、ドラマを作るうえでふたりの生い立ちや関係性を考えたとき、男性同士である必要があったので、男性バディになりました。
▲『PSYCHO-PASS サイコパス 3』より。
灼と炯のキャラクターはどのように生み出していったのでしょうか?
凸凹コンビに、外見的にも内面的にも対照的にしたかったんですよね。

まず灼は低身長にしたくて、明らかに格闘能力がない非力な人物に見えてほしかった。ただ、あまり小さくしすぎると寄りで撮影したとき画面から見切れるんですよ……、『PSYCHO-PASS サイコパス』の男性キャラクターの平均身長を180cmに設定してしまったので(笑)。メインキャラクターのなかでいちばん低身長は縢 秀星(CV:石田 彰)で、165cmでした。
狡噛、須郷(徹平、CV:東地宏樹)は180cm、宜野座(伸元、CV:野島健児)は183cmと男性陣は高身長ぞろいですもんね。
だから、灼は低身長すぎない168cmにしました。それで炯が182cmかな。あと、灼はガサツな性格に描きたかったので、天パーなのか寝ぐせなのかわからない髪型にして、ガレージの奥に置いている私服も同じものばかり。そんな面がありつつ、何かに集中するとほかが見えない人にしたいと。

一方、炯は灼が持っていない部分を個性に持つ人物。生真面目な性格であり、幼少期に自分の生まれた国(ロシア)から離れて日本で過ごし、人種差別を受けながら生きている。元軍人で普段は冷静沈着だけど、それは抑制しているだけ。本来は喧嘩っ早く、口よりも先に手が出るタイプです。自分の置かれた状況に耐え続け、心に不満を溜め込む男にしています。
なるほど。ただ、灼と炯は正反対ではあるものの、共通の事件に縛られていますよね。
正反対なふたりが支え合って共に歩んでいく道のりで、それぞれが持っていない部分を成長させていくことをキーワードに描きたかったんです。

また、ふたりが「過去」に縛られているのは、テレビ三期が“飛躍の話”だからです。これまでシリーズを観てきた視聴者からすると、テレビ三期は「未来」の話です。そのため、未来に至るまでの穴を埋める「過去」にテーマを置こうと。

今回の敵である梓澤廣一(CV:堀内賢雄)、そしてビフロストは、テレビ三期のずっと前から存在する組織。「過去」からある持続的な闇の部分と、灼&炯が対峙していきます。さまざまな「過去」にスポットが当たるようにドラマを描いていきました。
かなり計算されてドラマが描かれていることに感動しています……。灼と炯の名前についてはいかがでしょうか? どちらも漢字に「火」が入っているなと。
灼と炯、(法斑)静火(CV:宮野真守)の名前は冲方さんからの提案でした。ドラマ上の彼らの立ち位置となすべきことの意味が込められています。それに、口に出したときのそれぞれイントネーションも聞き取りやすくて、素直にカッコいい!と思って、即OKしました。

ただし灼と炯はアフレコ台本で名前を間違えられたりしたこともありまして(笑)、漢字が似すぎるのも大変だなという気づきがありましたけど、とても素敵な名前で気に入っています。
▲『PSYCHO-PASS サイコパス 3』より。

2話の公安局VS外務省シーンは計算し尽くされていた

新しい公安局刑事課一係のメンバーも個性的で素敵ですが、テレビ一期からのメインキャラの人気はすさまじいと思っていて。叩かれるのを想定していたとはいえ、キャラクターを一新させることにプレッシャーはなかったのでしょうか?
前段でも話しましたが、そのときの状況によって、キャラクターの主義主張を変えていけるのが、『PSYCHO-PASS サイコパス』の魅力的な部分であるとも思っています。

僕自身、『PSYCHO-PASS サイコパス』の主人公は狡噛と朱だと思うところはありますけど、違う視点があってもいいんじゃないかと。今回の物語は灼と炯が中心にならなければ描けないものです。各シリーズで描くテーマの中心人物になるべき存在がいるならば、その人物を中心に描くことがベストだと信じています。元刑事課一係のメンバーは、死なない限り各々の状況のなかで輝けばいい。

たとえば、朱が絶対に一係の監視官である必要性はないと個人的には思っています。狡噛だってドラマ上出る必要がなければ出なくてもいいんですよ。「一方その頃、狡噛は……」くらいで(笑)。ただしドラマ上彼らが必要なら、最高に輝く瞬間を僕は描いていきます。
▲『PSYCHO-PASS サイコパス 3』1話より。
テレビ三期の2話で狡噛と宜野座を含めた外務省行動課が登場したシーンは、かなり輝いていましたよね。Twitterのトレンドにも上がるほど話題になってました。
2話でキーとなるキャラクターは全部出すと決めていました。テレビ三期の1話では灼と炯を含めた、“今の”刑事課一係を描かなければいけない。そのため、必然的に敵となる組織と、もうひとつの組織である外務省行動課を2話で見せることになります。

ここまで考えてから、狡噛と宜野座を登場させるシーンは決め打ちしました。
灼&炯、狡噛&宜野座を戦わせるのも、決め打ちだったのでしょうか?
僕が戦わせたいと言いましたね。スタッフから「なんで戦う必要があるのか?」と言われましたけど(笑)。2話で新しい組織の紹介をしつつ、人間関係の構図を見せたかったんですよ。

本来、炯と同じく狡噛も口より先に手が出るタイプ…争いに巻き込まれがちなタイプです。だけど、狡噛と炯を格闘させてしまうと、炯も力量があるので狡噛は手加減をしません。ただ狡噛は死線をくぐり抜けてきていて強すぎるので、絶対に圧倒し勝ってしまう。それどころか腕の1本や2本、平気で折っちゃうかもしれない。シャレになりません(笑)。

それを理解している宜野座だからこそ自ら先に前へ出て、炯と戦ったんです。宜野座が炯を守ってあげた形ですね。
あのシーンに、そんな意図が込められていたとは…!
あと、さっきはカッコつけて「ドラマ上必要なければ狡噛が出なくても」と言いましたけど(笑)、視聴者的には狡噛がもっとカメラに映るシチュエーションがあったほうがいいだろうなと。

なので、執行官の(廿六木)天馬(CV:大塚明夫)、入江(一途、CV:諏訪部順一)と狡噛が格闘するシーンを入れました。1話から、天馬と入江は「俺たち強いだろ」と監視官に反発していますが、その天狗になっている鼻を折る人物として描けば、自然と狡噛へスポットが当たる。

さらに、彼らの格闘の裏側では中堅どころの須郷が外務省行動課の課長である花城(フレデリカ、CV:本田貴子)と共に行動をするシーンを入れたり、花城と霜月(美佳、CV:佐倉綾音)が協定を結ぶ流れを作ったり。

こうやって対立する構造を作れば、それぞれの立ち位置とキャラクターの関係性を単純明快に伝えることができます。そんなことを考えて、キャラクターの登場シーンを分配していきました。
▲『PSYCHO-PASS サイコパス 3』2話より。

異例のテレビアニメ60分放送は「通常の4倍大変だった」

テレビアニメではめずらしい、60分のフォーマットに挑戦されたことも驚きましたが、実際やってみていかがでしたか?
後悔の念しかない……冗談半分、本気半分ですけど(笑)。「30分のフォーマットを倍にすればいいだけでしょ」という考えで作るのは甘すぎるぞと。制作フローの比重は30分フォーマットの4倍くらいは大変でした。
それほど大変だったとは……。
『PSYCHO-PASS サイコパス』の場合はとくにかもしれません。テレビ一期から海外ドラマを意識して起承転結を作っていました。30分フォーマットであれば、犯罪や事件の見せるべきスポット、掘り下げたい人間ドラマが限られてくる。山となるポイントを一点に絞って1話分の物語を構成していました。

でも60分フォーマットにすると、その山の作り方が変わってきます。単純に山を長くする、2回作るのは違う。ドラマが間延びしないように気をつけながら、脚本チームと話し合って進めました。

現場的にもあるべき必要な情報はできるだけ、画面に表現したいと思っているので、事件の文字情報も打ち合わせを重ね作りました。たとえば各話数のゲストキャラクターのプロフィールは、文芸打ち合わせの過程で、バックボーンのドラマをしっかり設定したうえで経歴を作成しています。とくに宗教編は、ゲストキャラクターの背景だけでドラマはいくつでも作れるかなと(笑)。

おっしゃるとおり過去にあまり例がないフォーマットなので、テストケースとして『SS』を作ったというのもあります。テレビ三期の構成を作るうえでも必要でしたし、制作現場が60分フォーマットのテレビアニメに耐えうるのか理解するためにも、60分1話完結に挑戦しました。
だから、『SS』は『Case.1 罪と罰』『Case.2 First Guardian』が60分、『Case.3 恩讐の彼方に__』が68分だったんですね。テレビ三期に活かされる部分はありましたか?
Case.2の制作からスタートしたのですが、Case.2だけで作画期間に2年を要しました。少数精鋭で進めたこともあって、最初の劇場版より制作期間が長く、時間をかけすぎたせいで、ほかの話の制作時間が削られてCase.3はテレビ三期の1話より制作時間がなかったんです。半年くらいで制作しています。

テレビ三期の1話も10ヶ月くらいかかっていますけど、『SS』の制作が終わるまでスタッフを十分に投入できなくて、これはマズいとなりました。テレビ三期の8話は1ヶ月なかったと思います。『FIRST INSPECTOR』はもっと時間がなかった。くしゃみする暇もないくらい。それは冗談ですけれども(笑)。

制作現場のスタッフに労力がかかりすぎて、(60分のフォーマットは)簡単に手を出すものではないですね。スタッフにはできるだけ集中して作品に取り組んでもらえるようにと考えてはいるのですが……いつも負担ばかり掛けてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。
もし次があるとしたら、このフォーマットでやりたいですか……?
スタッフの負担を考えると現実的に難しいでしょう。ただもう少しお金やスケジュールの面に折り合いをつけられるのなら、やりたいと思います(笑)。

もちろん60分だからこそドラマとしてお話は濃くなるし、やりがいもあります。テレビ三期では「経済編」「政治編」「宗教編」と3つのテーマで構成を立てて、それに合わせた音響作業をしていました。60分フォーマットだからこそ音響の構成もこだわることができたと思っています。

でもやはり、想定以上にいろいろ弊害はあります。その分、各話が完成したときのやりがいも大きいのですが、一度みなさんもやってみたら理解していただけるかと…(笑)。

梶 裕貴さんと中村悠一さんでなければできないキャラだった

60分だとアフレコも大変そうですが、いかがでしたか?
キャストのみなさんも大変そうでした。アフレコ台本が1話で100ページ超あって、収録時間は当然長くなります。みなさんプロフェッショナルなのでアフレコの進行は早いほうだと思いますが、灼役の梶 裕貴さんはとくにセリフ数が多いですしね。

みなさんお忙しいのに、いろいろ事情があってアフレコの収録期間が伸びてしまい、本当に時間がないなか、スケジュールを押さえていただいて。
おふたりの声については、どのような印象をお持ちですか?
間違いないと思っています。じつは、灼と炯は70〜80人くらいの方からオーディションさせていただいて、最終的に梶さんと中村さんを選ばせていただきました。『FIRST INSPECTOR』の収録まで終えて、やっぱりこのふたりじゃないとできないキャラクターだったなと思っています。
おふたりともとても合ってました。アフレコで印象的だったことはありますか?
アフレコの期間が少し空いてしまうタイミングがあったのですが、そうなったことで、キャストさんの声が入ったセリフを受けて気がついたこともいろいろとあったんです。たとえば、「灼って案外、性格悪いのかも」とかね(笑)。
具体的にどのセリフで思ったのでしょうか?
わかりやすく出たのは、2話で(小宮)カリナ(CV:日笠陽子)に「かわいい子にはつきものですね。ストーカー」と言ったシーンですね。相手の本音を聞くためにわざとああいうことを言うなんて、すごく性格悪いじゃないですか(笑)。それらを受けて、灼は性格が悪いからこそ自分を抑制して、いい子ぶっているように見せている人、と演出プランに落とし込みました。

あくまで性格が悪いというのは他者から見たときの話で、灼自身は純粋に行動や言動をとっている。だけど、それって捉え方次第で他者にはキツく見えたりしますよね。ちゃんと他者視点を入れたいと前半のアフレコ後に気づきました。

最終回の8話は六合塚(弥生、CV:伊藤 静)が登場人物へインタビューをして物語が進む特殊な構成にしていますけど、そこで六合塚が灼に対して「なぜ、あなたはいつも本心を隠してるの?」と言うシーンがあります。これは当初、脚本にないセリフでしたが、六合塚から灼に核心をつくセリフを出したいと考え、あとから追加させてもらいました。
アフレコして、よりキャラクターへの理解が深まっていったんですね。
中村さんの声を聴いて、炯も炯でもっと喧嘩っ早くてもいいかもとか(笑)。アフレコで自分も刺激を受けつつ、よりキャラクターの理解を深めることができたと思います。
▲『PSYCHO-PASS サイコパス 3』より。

僕にとって“おもしろさ”とは、“自分のなかにないもの”

キャラクターの設定やアフレコのお話を伺っていると、塩谷監督はかなり柔軟に作品作りをされている印象を受けます。
登場人物の持つ個性が、より豊かになることが大切だと思っていて。型にはまらずに作ることは意識していますね。何事も経験則でやりすぎるのではなく、1つひとつ自分のなかで疑問を持って作ることが、作品のあるべき作り方だと思っています。

たとえば『FIRST INSPECTOR』で、(唐之杜)志恩(CV:沢城みゆき)が狡噛のことを「狡噛!」と呼ぶシーンがあります。
あれ、志恩って狡噛のことは「慎也くん」と呼んでいたような……。
そうなんです。同期に近い間柄だし、仕事よりオフのときに会うことが多かったので「慎也くん」呼びにしていました。だから、『FIRST INSPECTOR』のアフレコのとき、沢城さんに「私、狡噛って呼んだことないけど、いいんですか?」と言われて。

たしかに僕の中で「狡噛」呼びにするか「慎也くん」呼びにするか、悩んだこともありました。でも、セリフってその瞬間に芽生えた感情を踏まえて出るもの。以前、「慎也くん」と呼んでいたから今回もそう呼ばせるのではなく、この状況だったらどう呼ぶかを考えた結果、「狡噛」呼びが正しいなと。
自分のなかで1つひとつ納得させて作品作りを進めているんですね。
単純に中途半端だと進められないというのと、出てきた疑問を1つひとつ紐解く作業をすることで深みも出てきます。「なぜ、ここでこうなるんだろう」「このシーンでこの言葉って本当にいいのかな?」と進めていくほうが新しいおもしろさも見つけられる。

以前、とある人に「“おもしろい”ってなんですか?」と聞かれたことがあって、僕にとってのおもしろさが何かを考えたんです。そしたら、“自分のなかにないもの”だなと。自分がわかりきっているものはおもしろくないじゃないですか。
たしかにそうかもしれません。
だからこそ自分の作品はおもしろくなくなる瞬間があるんですよ。脚本を完成させて、そのとおりに制作を進めるとおもしろくもなんともない作業になってしまう。

でも、作業のなかで疑問を探し続ければ、おもしろさを持続させたまま作品を深めていけます。志恩が「狡噛」呼びでもいいんだ!と気づいたときとかも、僕のなかではすごくおもしろい瞬間だったんですよね。
▲3月27日より2週間限定ロードショーの『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』より。

『PSYCHO-PASS サイコパス』は“システムに抗う人間に光を照らす”物語

『PSYCHO-PASS サイコパス』にはさまざまなメッセージが込められていますが、なかでも「システムが人を完全に理解・制御することはできない」ことがテレビ一期から一貫して描かれていると思います。改めて塩谷監督が『PSYCHO-PASS サイコパス』で伝えたいメッセージとは何でしょうか?
『PSYCHO-PASS サイコパス』は“システムに抗う人間に光を照らす”物語です。僕にとってSFとは“絶望”であり、人間が不幸になっていく話だと思っていて。そして、バッドエンドを変えていこうと立ち上がる人々を描く話でもあります。

僕の中では、SFの真逆にあるのがファンタジーなんですけど。ファンタジーは世界や社会と協調して生きていく人を描いた話。一方、SFは世界や社会に抗って生きていく人を描いた話。『PSYCHO-PASS サイコパス』では後者を描きたいと。
それはなぜでしょう?
自分たちの100年後の未来を描こうと作っているからです。僕たちを取り巻く環境は少しずつ管理されていってますよね。そんな現状の地続きになっている姿を描きたかった。

『PSYCHO-PASS サイコパス』の世界は、自己に取捨選択を委ねてはいるものの、シビュラシステムが選択を誘導しています。それって本当に生きるということなのでしょうか。

テレビ一期の敵である槙島(聖護、CV:櫻井孝宏)の考えはそこからきていますけど、そうやってキャラクター1人ひとりが、何が正しくて正しくないかを考えて戦い続ける話が『PSYCHO-PASS サイコパス』なんです。ファンタジーであれば夢や魔法の力で世界や社会と共に生きることができますけど、そうはしたくなかった。
▲テレビシリーズ第一期『PSYCHO-PASS サイコパス』より。
シビュラシステムと決着がついたら終わり、となるほど簡単な話ではないと。
スタッフから「早くシビュラと決着つけなよ」と言われることもあるんですけど、いやいやいやと(笑)。「シビュラシステムをやめよう! 人は人で選択していこう!」と正義感を振りかざした荒くれ野郎がシビュラの電源を切ったら、その後どうなるか考えてくれと。一瞬のカタルシスを得るために今まで作ったルールを壊してしまったら、確実に混乱を生みます。

だからこそ物語をここまで続けられるのかなとも個人的に思っていますね。
2012年にテレビ一期が放送されています。8年も続けられるのは、物語として必然的な部分があったからでしょうか?
ここまで続けてこれたのは、観たいと思う人がいてくれたからですね。僕たちが持つ社会への問題意識を描いたドラマが、観てくださるみなさんも気にしているテーマだったのかなと。単純明快ではなく、その先が気になるような、観たいと思ってもらえるような形だったのだと思います。作り手としてはかなり時間がかかりますけど、やりがいのある話を世に出させてもらえました。
▲3月27日より2週間限定ロードショーの『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』より。

『FIRST INSPECTOR』は紛れもない“刑事ドラマ”

3月27日に公開される『FIRST INSPECTOR』は、テレビ三期を締めくくるお話ですよね。テレビ三期の最終話(8話)が不穏に幕を閉じたので、どうなるのか今からドキドキしています。灼と炯はどうなってしまうのでしょうか……。
7話の最後から灼と炯の関係が行き違いになってますからね。炯が灼を殴るのを、スタッフからは「なんで殴るんだ! 灼の気持ちも考えてあげてよ」と言われたんですけど、僕からすると当然というか。いちばん信頼している人に嫁さんを託して、自分は危険な場所に飛び込んだのに、あんなことになったら殴りたくもなるでしょうと(笑)。
ぐうの音も出ません……。
まあ、そんな行き違いがどうなっていくのかが『FIRST INSPECTOR』で描かれるわけですけど。テレビ三期で置いてきた伏線が回収されていきます。灼と炯の出会い、舞子(・マイヤ・ストロンスカヤ、CV:清水理沙)との出会い、灼の特殊能力であるメンタルトレース中に見ているキーワードなど、すべての点が線になってつながっていく構成です。答え合わせのような形で作っています。
ドラマシーンも楽しみですが、アクションシーンも見どころのひとつだと思います。『FIRST INSPECTOR』でも見られるのでしょうか?
ドラマの部分に比重を置いてはいるものの、もちろんアクションもあります。僕の趣味ではないけど、最終的には拳で語る部分が『PSYCHO-PASS サイコパス』にはあるので(笑)。梶さんからも「刑事ドラマですね」と言われたくらい、見せたかったアクションを表現できたかなと。
それを聞いてますます楽しみになりました。
先ほども話したように、『PSYCHO-PASS サイコパス』は“システムに抗う人間に光を照らす”――この意味を込めていて、『FIRST INSPECTOR』でもしっかり表現しています。

今回キーとなる、灼、炯、梓澤、静火、それぞれの過去、社会とのつながり、生き方などに注目して見ていただけるとおもしろいかと思います。
塩谷直義(しおたに・なおよし)
1977年12月17日生まれ、山口県出身。アニメーション監督、演出家。1992年よりアニメーターとしてキャリアをスタート。2005年『BLOOD+』第3期OPで注目を集め、2012年『劇場版BLOOD-C The Last Dark』では監督を務めた。2012年からスタートした『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズでは、シリーズを通して監督を務めている。

作品情報

『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』
3月27日(金)より2週間限定ロードショー
Amazon Prime Videoにて日本・海外 独占配信
https://psycho-pass.com/


©サイコパス製作委員会

サイン入りポスタープレゼント

今回インタビューをさせていただいた、塩谷直義監督のサイン入りポスターを抽選で1名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2020年3月26日(木)12:00〜4月1日(水)12:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/4月2日(水)
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  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから4月2日(水)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき4月5日(日)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
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