特撮文化はシュルレアリスムそのもの……? 怪獣博士と藝大教授の異色放談#1

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怪獣。

日本の特撮が生み出した、巨大なるモンスターの一群。海外でも熱い視線を集める彼らは「KAIJU」と呼ばれ、ハリウッド映画にも大きなインスピレーションを与え続けている。

しかしさて、怪獣のいったい何が人々を魅了するのか。この特集では、「美術史」との関係性から怪獣の持つ独自性に迫ってみたい。

今回集まっていただいたのは、ふたりの怪獣大好き男――怪獣博士ことライターのガイガン山崎氏と彫刻家・現代美術家の小谷元彦氏。

怪獣文化の魅力と特異性について、それぞれの視点からミッチリかつダラダラ、およそ3時間ほど語り合った記録を全4回にてお届けする。
文・構成/ガイガン山崎
写真/安田和弘
企画/飯田直人
デザイン/桜庭侑紀
怪獣放談シリーズ一覧(全4回)

シュルレアリスムと怪獣

今回のトークテーマは「怪獣と美術」ということで、それぞれの専門家であるおふたりに語り合っていただければと思っているのですが。
山崎 そのテーマだと、真っ先に名前を挙げるべきは彫刻家の成田亨ですよね。成田さんのデザインした初期ウルトラ怪獣は、21世紀に入ってからも高い人気を得ていますし、きちんと学術的な評価もされているように思います。で、僕ら怪獣ファンは、成田さんの画集や本を読んでいるので、彼がシュルレアリスムの手法に則って怪獣をデザインしていたということはわかっている。ただ、シュルレアリスムそのものについては、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱した……みたいな本当に上っ面のことしか知らない人が多い気がします。実際、ウルトラ怪獣のどんな部分がシュルレアリスムなんですか?
小谷 なるほど。 批評家の椹木野衣さんも言及していましたが、フランスのロートレアモン伯爵っていう人の有名な詩に、「手術台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会いのように美しい」というものがあるんです。シュルレアリスム自体は、その言葉を元にして考えるとすごくわかりやすいんですよ。つまり、ある場所で不意に全然違うものが結合することによって、不思議な感触を醸し出すという。
山崎 たしかに成田さんって、変なもの同士を掛け合わせて怪獣を作ることが多かったですよね。ヒトデとコウモリでペスター、ガマガエルとクジラでガマクジラみたいに。
『ウルトラマン』より油獣ペスター
小谷 ええ。シュルレアリスムって、大きく分けるとコラージュ、デペイズマン、オートマティズムという三つの手法があるんです。最後のオートマティズムというのは、敢えて意識を倒錯させながら制作するというもので、ちょっとオカルティックな領域に入ってる手法なんですが、成田さんが使っていたであろう手法はコラージュとデペイズマンですね。コラージュというのは、既存の素材を組み合わせて、その接合をシームレスにうまくやるという考え方です。
山崎 コラージュはなんとなくわかりますが、デペイズマンというのは初めて聞きました。
小谷 デペイズマンっていうのは、遠くに放り投げるとか環境の違うところに置くみたいな意味なんですよ。有名なものだと、ルネ・マグリットの絵画作品が挙げられます。
山崎 マグリットは、藤子不二雄Aのマンガによく出てきますよね。あの、大きな石が浮かんでるヤツ(『ピレネーの城』)とか……。
小谷 そうそう。それとか半分人間で半分魚のヤツが海に打ち上げられてる絵(『共同発明』)とか。おそらく成田さんも意識的にだと思いますが、こういった手法を使っている。おそらく影響は受けていたはずです。
ルネ・マグリット『共同発明』
山崎 なるほど。それこそペスターなんて、そのものズバリな感じがしますね。
小谷 『ウルトラQ』(1966)の頃は、まだまだ振り切れてない作品もあった気がするんですよ。ボスタングなんかエイそのものだし、ピーターもカメレオンの顔そのままっちゃあそのままみたいなところがある。ただ、ガラモンの骨を剥き出しにしたような手足やノイズ的な皮膚造形は画期的ですね。どの生物種にも属さない生命体として、怪獣っていう新しい概念を作り出してる。
『ウルトラQ』より隕石怪獣ガラモン
山崎 それ以前の怪獣……要は東宝特撮のゴジラやらキングギドラやらと比べると、明らかに特殊なニュー・ウェイブが登場したんだということがわかりますよね。『ウルトラQ』だって、成田さんが参加する前は、ナメゴンとかモングラーとかガメロンみたいな生き物を単純に巨大化させたタイプが多いですもん。成田さんの手掛けたカネゴンやケムール人は、やっぱり異質です。
小谷 ケムール人は、成田さん自身もドローイングを描きながら「キテる」って感じの手応えがあったんでしょう。シンメトリーを壊したキュビスム的な顔から模様、手足の形状まで、シンプルな手法で違和感を作り出す成田造形の真骨頂だと思います。
『ウルトラQ』より誘拐怪人ケムール人
山崎 成田さんの怪獣には、「手足や首が増えたような妖怪的な怪獣は作らない」、「動物をそのまま大きくしただけの怪獣は作らない」、「身体が破壊されたような気味の悪い怪獣は作らない」っていう有名な三原則縛りがあるじゃないですか。まぁ、ケムール人だって気味悪いは気味悪いと思うんだけど(笑)、どこか行きすぎない上品さがある気がしますね。
小谷 そう、エレガントな感じがしますよね。成田怪獣には気品があるんですよ。そこはもう、この人の力なんだよなぁ。子供の頃は、そんなに好きじゃなかった怪獣が、わりとあとになってから響いてくるっていうことありません? 僕、実はゼットンとか意外とハマらなかったんですよ。むしろゼットン星人のほうが好きやったくらいで。
山崎 ゼットン星人、ほぼほぼケムール人ですしね(笑)。
『ウルトラマン』より宇宙恐竜ゼットン
小谷 でも大人になってから改めて眺めてみたら、眼の造形含め、首元の放射線が入ってる感じなんかが宇宙的ですごくいい。ウルトラ怪獣の流れ的に、たしかにこんな生命体が最後に出てきたら終末感あるよなっていう凄みもある。改めて見ると、どこからこんなデザインがやってきたんだろうって思っちゃいますね。
山崎 たしかにレッドキングのよさとか、ここ何年かでわかるようになってきました。子供の頃は、『帰ってきたウルトラマン』(1971)のブラックキングのほうが強そうだし、圧倒的に好きだったんだけど。
ちなみにバルタン星人はどうなんですか?
小谷 僕個人としては、『ウルトラQ』のセミ人間のほうが好きなんだけど、一般的にバルタン星人のほうが全然人気がありますよね。
山崎 セミ人間っていうのは、バルタン星人の元になった宇宙人ですね。最近の研究で、どうも違うらしいぞっていう説も出てきたけど、バルタン星人の着ぐるみはセミ人間の改造だといわれています。で、成田さん自身は、バルタン星人をそんなに気に入ってない感じがしますね。既存のデザインを弄って新しいキャラクターを作るということに、ものすごく抵抗感を持っていた人だから。
小谷 そう、“セミ人間にツノとハサミを付けただけ”みたいなことをおっしゃってますよね。でもハイブリッドにするという意味では、かなり成功例ですよ。ただ、これは僕の推測なんだけど、おそらく成田さんはいろんな要素をひとつのものに合体させていくというよりも、もう少し秩序だったものを志向していたんじゃないかと。だから、あれは本人の意思とは無関係のところで、シュルレアリスムの条件により近くなったパターンなんじゃないかと思ってます。
海外のモンスターと比べても、成田怪獣は異質なんですか?
山崎 異質ですね。キングコングを見ればわかるけれど、向こうのモンスターは、成田さんが言うところの“動物をそのまま大きくしただけの怪獣”が多いんです。僕自身は、モチーフの形がユニークであれば、それでもいいじゃないかと思うほうなんですけど、ウルトラ怪獣に見慣れた怪獣ファンは、得てしてそういうものを創意工夫がないと一段下に見る傾向があるように思います。日本の怪獣にしたって、クモンガやカマキラス、エビラなんかはランク落ち感が否めない。最初に成田さんが手掛けたペギラって、初稿は東宝の井上泰幸さんという方がやられていたんですが、最後まで井上さんがやってたら、もっと普通の鳥っぽい怪獣になってた気がする。実際のペギラは鳥というかなんというか……もうペギラとしか言いようのない風体をしてますよね(笑)。
『ウルトラQ』より冷凍怪獣ペギラ……と思ったら、『ウルトラマン』の有翼怪獣チャンドラーでした。耳が付いていますが、ほぼ一緒です(山崎)
小谷 成田さんは、自分でコンセプトを決めて怪獣や星人を作ってたんですよね。たぶん、他の作家はそこまで考えてなかったと思います。それは当時の現代美術の動向に興味があった成田さんならではの部分で、怪獣をデザインしていくとき、ひとつの出発点、起点みたいなものを決めてから作ることを始めたってのは、やっぱり功績としてとても大きいと思いますね。

成田亨のオリジン

成田怪獣ならではの特徴って、他にもあるんですか?
山崎 あとは動く抽象美術みたいな連中もいます。いちばん有名なのはブルトンだと思うんだけど、僕が気になってるのは、顔の凹凸が反転してるシャドー星人。まぁ、シャドー星人に限らず、ウインダムやザラブ星人なんかも目の周りが抉れてますよね。これ、成田さんは好んでやられてますけど、わりと彫刻的にはポピュラーなアプローチだったりするんですか?
『ウルトラセブン』より宇宙ゲリラ シャドー星人
『成田亨画集―ウルトラ怪獣デザイン編』(朝日ソノラマ)掲載
小谷 僕が見てる限りでは、成田さんはリン・チャドウィックという作家にものすごく影響を受けてるはずなんですよ。成田さんの作家としての初期作品『啼く』や『八咫(やた)』では顕著です。さらにいくつか作品を見てもらえるとわかると思うんですが、身体に対する抽象化とか線的な構成とか、モロにそうでしょう。その後の成田さんの作品を見ていっても、やっぱりベースにチャドウィックがあるように感じる。
ソウル(韓国)にあるチャドウィックの作品 Photo:hojusaram
山崎 (Googleの画像検索を見ながら)あっ、ガンダーの背中みたいな作品もあるじゃないですか! このパキッとした感じは、たしかに成田さんの絵っぽいですね。
小谷 あと、アントワーヌ・ペヴスナーとナウム・ガボというロシア出身の兄弟作家がいるんですけど、彼らの線の美学みたいなものの影響も受けていると思う。ボーグ星人なんて、まさにそうなんじゃないかなぁ。もちろん、限りなく成田亨流の解釈はされてるんですけど、その解釈の仕方もいい。
デン・ハーグ(オランダ)にあるぺヴスナーの作品
山崎 こういう放射状のラインを見ると、成田亨! って感じがしますね。
小谷 成田怪獣の凄みは、こういった高尚な現代美術エッセンスもうまくはめ込んだところにあったと思います。つまりシュルレアリスム的な考え方をベースにして、さまざまな時代の美術表現を援用し、怪獣という概念のために適応したことに特徴があります。先ほど秩序という言葉を使いましたが、数学的もしくは複雑系とも取れる造形秩序が、ボーグ星人とかダダやガラモンなど怪獣というカオスの象徴の中に組み込まれてる。そういった知性みたいなものが、この人の飛び道具であり、本当の作家性が潜んでいた部分なんでしょう。たぶん、自分なりに現代美術とかのエッセンスを少しずつ解析していって、それが『ウルトラセブン』(1967、以下『セブン』)のときに円熟期に至ったんじゃないかな。やっぱり人体造形の解釈がシンプルで素晴らしい。シャプレー星人とかシャドー星人とか。成田さんなりの到達点がそれらの理論を超えて、結実してる感じがするんですよ。
山崎 エレキングにしろチブル星人にしろ、これはキテるなっていうデザインが、『セブン』ではどんどん出てきますよね。個人的には、ギラドラスとガブラが大好きです。
『ウルトラセブン』より猛毒怪獣ガブラ
小谷 ガブラ、メカニックな獅子舞みたいでいいですよね。
山崎 成田さんは“イモ虫をヒントにした”とだけ書いているけど、獅子舞とかライオンとかも入ってますよね。で、目の位置とかも含めて、とてつもなくフリーキーだと思うんです。そういう意味では、例の三原則を破りまくってる感じがするんだけど、むしろそこがいい。
小谷 やっぱりこの頃の成田デザインは、最もよくできてますよ。あと、こうやってデザイン画を見ていると、エジプトの彫刻なり絵画をかなり参考にしていた気がします。
山崎 あっ、あのポーズ! 成田さんのデザイン画って、すごく特殊なポーズをしてることが多いんですよ。あれ、ずっと何なんだろうと思っていたけど、確かにアヌビス神の壁画とか、こんな感じに描かれてますね。
『成田亨画集―ウルトラ怪獣デザイン編』掲載
小谷 最初に見たとき、僕も固い絵だなって思ったんですけど、あれはエジプトのエッセンスを取り入れてるんです。そうじゃなかったら、普通こうはならないでしょう(笑)。怪獣のデザイン画を描くということになったとき、成田さんもポーズに悩んだんだと思うんです。どういうふうにすれば、いちばんわかりやすいだろうかみたいなことを考えて考えて、その挙げ句に思いついたのがこれなんじゃないかな。だから、やっぱりドローイングの描き方のコンセプトも意識的なものでしょうね。
では、そろそろ最初のまとめをお願いします。
山崎 日本の子供にとってウルトラ怪獣は、最初に触れるアート的なものだと思うんですよ。
小谷 普通に考えたら、こんなコースでアートを体験できることなんて、そうそうないはずですからね。だって子供の頃にブルトンとかプリズ魔とか、ああいう抽象的な造形物に触れることによって、間違いなく子供の知性レベルは少し上がってますよ。ミステリーの刺激みたいなものです。
山崎 たとえば街を歩いていても、怪獣っぽさを感じる建造物とかオブジェがいっぱいあるじゃないですか。ちょっと凝ったデザインの街灯なんて、『セブン』に出てくる宇宙人の円盤みたいな形をしてたりして、ついつい目がいってしまう。たぶん、怪獣が好きじゃなかったら、何も思わず素通りしてたと思うんですよね。街に、怪獣を幻視できるような感性を育んでもらえたというか。
小谷 あと、怪獣好き同士で喋ってると、「あいつ、ベムラーに似てるよな!」みたいな話になることも多いですよね(笑)。
『ウルトラマン』より宇宙怪獣ベムラー
山崎 ベムラーに似てる女の子、けっこう多いですよね。これ、悪口じゃないですよ! キツネ顔とかタヌキ顔とか、そういう類の話だから(笑)。ベムスターに似てる女子アナとかいるけど、ちゃんと可愛いですしね。まぁ、ベムスター自体が可愛いんだけど……。
『帰ってきたウルトラマン』より宇宙大怪獣ベムスター
小谷 有名人とか、みんな何かしらの怪獣に似てますからね。怪獣が面白いのはそういうところ。人の容姿も含め日常のいろんなところに、怪獣っぽいものが潜んでるんです。
現実の風景に怪獣の姿を幻視するというのは面白いですね。
山崎 特撮=実写モノということも大きいかもしれません。単純な話、そこまで怪獣感度が高くない人でも、ビルの谷間にゴジラやウルトラマンが立っている光景を想像したことくらいはあるでしょう。
小谷 シュルレアリスムは、超現実主義と訳されることが多いんですけど、この「現実」っていう言葉が付いてるところが重要なんでしょうね。「超現実」の中には、「現実」が含まれている。現実との距離感を操作するような運動がシュルレアリスムですから、特撮という手法と似通った部分があるんですよ。特撮イコール超現実世界だっていうふうに考えることもできます。
山崎 メフィラス星人が、自分の力を見せつけるためにタンカーを浮かせるシーンがありますけど、それこそマグリットの石みたいな絵面ですもんね。ちょっと強引かもしれないけど(笑)。
マグリット『ピレネーの城』
小谷 ウルトラの世界って、フィクションとノンフィクションの間に、視聴者の意識をうまく滑り込ませるみたいなところがある。これはまさにシュルレアリスムですよ。ウルトラ怪獣が、本当に現実に出てきたら危ない感じがしますからね。ハリウッド映画のクリーチャー的なヤツが出てきても、自分はそんなに怖く感じないんじゃないかなと思ったりするんだけど、成田さんの怪獣や星人は凶暴さと知性を兼ね備えている雰囲気が漂うだけに、たちが悪そう。
山崎 変な話、米軍でも倒せない感じがある。ブルトンとかゼットンとか……いや、そんなあからさまにヤバい怪獣じゃなくて、チブル星人でもガラモンでもペスターでもいいんだけど、どれもちょっと人間の手には負えない雰囲気を醸し出してるかもしれませんね。
小谷 ウルトラ怪獣には、そう思わせるものがありますね。だから、やっぱり成田さんはこの世界にスゴい特殊なものを創り出したわけですよ。極端なことをいえば、今までに作られてきた日本の現代美術、そのどれよりも社会へ大きな影響を及ぼし続けている。狭義の美術作品ではなく、あのとき、円谷プロで怪獣を作ったからこそ、後世まで名を残す作家になれたという側面はあると思いますね。
怪獣放談シリーズ一覧(全4回)