筋肉に対する憧れから生まれた異例のダンスマンガ「ムラサキ」作者・厳男子


まだコミックスが1巻しか出ていない作品ながら、”マンガ表現の限界に挑戦している”と異例の評判を呼んでいる、「LINEマンガ」オリジナル作品「ムラサキ」。

ダンスというニッチなテーマにもかかわらず、連載開始前の読み切り段階から多くの反響を得て、雑誌「ダ・ヴィンチ」とniconicoが主催する「次にくるマンガ大賞 2018」Webマンガ部門で入賞、宝島社「このマンガがすごい!2019」でも「ar」編集長が1位にピックアップ。

作者の厳男子(きびだんご)さんは、どんな人なのか? 都会を離れた広い敷地内にシイタケやニワトリが共生するご自宅兼お仕事場にお邪魔し、独特なマンガ作りの手法について伺いました。

撮影/和久井幸一 取材・文/ミヤザキユウ(株式会社バンソウ) デザイン/桜庭侑紀
▲厳男子さんの制作工程を動画で公開!

実はマンガ歴より格ゲー歴のほうが長い

「ムラサキ」を読んでいると、ものすごく絵にストイックな方なんだなと感じるのですが、昔からマンガ家を目指されていたんですか?
ぼんやりとアーティストになりたいと思っていて、就職活動は一度もしなかったです。あと、プロゲーマーに憧れた時期もあります。
えっ、プロゲーマーですか。予想外すぎる。
ぼくらの世代(30代)だと「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」シリーズなどのRPGが人気だったんですが、僕は物語を進めていくのが苦手で。「ストリートファイター」シリーズなどの格闘ゲーム(以下、格ゲー)が好きでした。それ以外だと「マリオカート」のようなレースゲームをプレイしていましたね。

弟がいるんですが、彼は僕と趣味が逆で、RPG好き。格ゲーをほぼやらないんです。だから僕が無理に付き合わせると練習量が全然違うから、勝てなくてブチ切れられたりして(笑)。

そこで、戦える相手を見つけるためにゲームセンターに行き始めました。行ったらハマっちゃって…そこで勝つために、アーケードコントローラー(ゲームセンターの筐体と同じ操作感でゲームを遊べるコントローラー)も買っちゃいました。
まさに、「俺より強い奴に会いに行く」を実行されていたんですね(笑)。
東京でマンガ家さんのアシスタントをしていた頃も、スゴいプレイヤーが集まるゲームセンターに通ってました。僕は単純に格ゲーが好きで遊んでいただけですが、ウメハラさん(梅原大吾さん。「ストリートファイター」シリーズなど、格闘ゲームで数々の大会を制し国際的に有名。)や、ネモさん(根本直樹さん。社会人プロゲーマーとして知られる。Team Liquid所属。)がそのゲーセンにいたんですよ。

彼らと対戦したこともあって、それで、プロゲーマーいいなぁって。
超一流の人たちが身近にいると、影響を受けますよね。格ゲーを好きになったきっかけってありますか?
練習をやればやるだけ、成果として返ってきて、強くなれるのが楽しいです。
今はさすがに連載中なので時間がなくて、ゲームセンターに行く時間は取れないんですけどね(笑)。

「筋肉がスゴいやつはスゴい」という刷り込みがあった

▲主要登場人物のひとり、翡翠翔之助のダンスシーンは肉体美も見もの。
「ムラサキ」は、ダンスを踊る登場人物たちの筋肉の描写が凄まじいものがありますが、やはり格ゲーの影響なんでしょうか?
いえ、格ゲーにハマる前から、筋肉に対する憧れがありまして…。小学校の時の卒業アルバムに書いた将来の夢は「ボディービルダー」だったので、その頃からですね。
「筋肉に対する憧れ」とは…?
筋肉がスゴいやつはスゴい、という刷り込みですかね(笑)。当時観ていた映画の登場人物が、みんなゴリゴリのマッチョだったんですよ。アーノルド・シュワルツェネッガーみたいな。あと、読んでいたマンガも「ドラゴンボール」だったり「ジョジョの奇妙な冒険」だったり。目にするキャラがみんなムキムキだった。
肉体、とりわけ筋肉への興味を、かなり昔からお持ちだったんですね。
そうですね。高校の時は美術部で、美大の受験対策のために石膏デッサンをしていたんです。石膏像って古代ギリシャの人たちの理想像だから、みんな筋骨隆々。そこでも筋肉に出合って (笑)。

受験を終えて入学した美大の卒業研究では論文の一部に大好きな時代劇マンガ「シグルイ」も取り上げました。あの作品も筋肉がすごいんですよ。
言われてみれば今も、お部屋に筋トレ器具が…。
最近は全然できてないですけどね(笑)。筋肉はともかく、ダンスのポーズや人体の構造は、自分自身を撮影して作画の参考にすることはありますね。最近買ったカメラが自撮りに向いている仕様なので、重宝してます。
▲ポーズや細かな手の動きで迷った時は、こんな感じで自撮りをしてモデルにするそう。

自然物の作画は“対人対戦ゲーム”!?

「ムラサキ」は、絵のクオリティの高さが話題になることも多いですが、「描いてて楽しい!」というシーンやパーツはありますか?
描くのが楽しいのは自然物ですね。森のシーンとか。

自然物って、どう解釈して描こうかなっていう難しさがあるんですよ。たとえば葉っぱとか枝とか、完璧に描こうとすると、描ききれないし、さすがに情報量があり過ぎるので。かといって、描かな過ぎると自然物の雰囲気が消えてしまう。だからどの辺りでデフォルメするかを毎回考えるんですが、そこに答えがないから面白いんです。僕は実家が農家で、田舎育ちなので、自然物の方が身近なのかもしれない。
▲お庭を闊歩するニワトリたち。
反対に、人工物は描いてて終わりが見える気がしますね。パーツに沿って描けば、それらしく見えてくるというか。描き始める時も、線をたくさん描かなくちゃいけないんだなーという見通しが立つので。

格闘ゲームで言えば、人工物がコンピューター対戦で、自然物が対人戦みたいなイメージですね。人間の方が、いつどんな技を繰り出してくるか分からない感じです(笑)。
▲家業で栽培されているシイタケと触れあう厳男子さん。ご両親のお仕事を手伝うこともあるそう。
厳男子さんならではの例えですね(笑)。反対に、実はこれは描くのが苦手…というものはありますか?
描くのが苦手っていうものはないですね。ただ、「めんどくさ…」って思ってしまうのは校舎とか、教室のシーンです。
情報量が多くて大変そうです。
面倒なうえに、そういう状況説明みたいなシーンって読み飛ばされやすいところなんですよね。0.5秒くらいしか見ないじゃないですか。
あー…確かにそうかもしれないです。
キャラの顔がアップになるシーンとかは、比較的早く描けるし、印象にも残りやすい。見せ場ですから。
といって、状況説明や場面転換のシーンに意味がないわけじゃない。読み応えに影響します。描きこみを怠ってしまうと、読み応えがないマンガになってしまう。なので手は抜けないけど注目を浴びづらい…難しいところです。
▲キャラと目が合うような見せ場のシーン。
▲人工物が多い教室のシーン(ともに「ムラサキ」1巻より)。

「自分らしい画面」は、実はうっかりミスから生まれた

そういえば「ムラサキ」はクリップスタジオ(PCのペイントソフト)を使って作画されていますが、担当編集さんから伺ったところによると、連載の途中で解像度を変更されたとか?
はい、それは変えたとかじゃなくて間違ったんですよね…。読み切り(第1話)の時は600dpiっていう高品質な印刷に耐えられるくらいの解像度で描いてたんですが、2話以降では350dpiに下げてしまっていて。

「うわー、マジかー、ミスったー…」って思ったんですが、マンガ家の友達に原稿を見せたら、「こっち(低解像度の350dpiのデータ)の方が自然でいいよ」って言われてしまったんです。それからはずっと350dpiです。
結果オーライですが、気付いた瞬間はゾッとしたのでは…。600dpiと350dpiでは、何か変わるんでしょうか?
正直、パッと見では違いは分からないと思いますよ。

ただ600dpiあると、作画の時に細かく描けるんですよね。僕の場合、画面を拡大して細部まで作画してしまって…描き込みをし過ぎていたんだと思います。いかにもデジタルっぽい感じがすると言われていました。美大で細かいところを描きこむ訓練をしてきた影響もあるのかな…。350dpiのほうが、多くの人が見慣れた「マンガの絵」に近くなったんでしょうね。

あとは、高画質で作画しているとソフトの動きが重くなってしまうので、その辺のストレスが小さくなったのは良かったです。
▲快適に作業ができるよう、こだわりの機材で構成された厳男子さんのデスク。ご本人にイラストで解説していただきました。
なるほど、アナログな作画ではあり得ない、デジタルならではのエピソードですね。今のお話はある種のミステイクかもしれませんが、逆にデジタル作画にして良かった!というエピソードはありますか?
まずは作画の順番ですね。紙に描いている時って、どうしても描く順番を守らなくてはいけないんですよ。コマ割りして、線描いて、ベタ(黒塗り)を塗って、トーン(原稿上に色の濃淡を表現するために貼るフィルム)貼って…というような。

だけどデジタルのソフト上だと、順番を入れ替えてもいいし、トーンとベタを同時にやってもいい。最初はソフトを使いながらアナログの手順で描いてたんですが、途中からはデジタルの良さをフル活用して、自分がやりやすい手順を模索するスタイルに変更しましたね。
確かに。途中でやり直して、作業の順番を入れ替えてみたりもできますね。
そうですね。それから、他のマンガ家さんはあまりやっていないことかもしれませんが、レベル補正機能やトーンカーブ(画像の明度やコントラストを調整する機能)も多用していますね。
通常でしたら、写真を加工するのに使う機能ですよね。
はい。カメラマンさんや、マンガ家さんもカラー原稿の場合には使う人はいるかもしれません。ですが僕はモノクロでも使っていて。例えば登場人物からオーラが出ているようなシーンで、トーンを何枚か重ねて貼って、そのパラメーターをいじってみるとか。

濃淡を表現できるトーンを貼るだけでも似たような表現ができるんですが、ここについては手で描いたような質感を出したくて。こういうやり方をすることがあります。
▲モノクロのレイヤーの上にグレーを重ね、階調を調整して仕上げたページ。
すごい手間が掛かっていますね…1枚の絵に、何枚もレイヤーが重なっていると。
レイヤーはかなり多い方だと思います。これはもしかしたら、木版画作家の吉田博さんの影響が大きいかもしれません。

今から100年以上も前、大正から昭和にかけて活躍されていた方なのですが、今見ても全然古さを感じさせない作風で。西洋の遠近法を使った木版画を手掛けられていたんですよね。
▲吉田博さんの画集。100年以上前に描かれたとは思えないモダンな版画。
木版画って、版を重ねて刷りますよね。それが僕らで言うところのレイヤーになるのかなって、こういう表現をやってみたいなと思ってますね。

あと、大学の専攻が油絵だった影響もあるかも。油絵って、塗って、乾かして、塗ってを繰り返す技法もあるんですよ。作品をひとつのレイヤーで完結させないところは似てますね。
▲「ムラサキ」の躍動的なシーンでは、複数のレイヤーを使い分けてエネルギーが表現されている。

見せ場に応じてページ数を調整できるのが、LINEマンガの良いところ

もともとは紙の雑誌での連載を目指されていたと伺っていますが、電子コミックサービスの「LINEマンガ」での連載に当たって、意識が変わった点はありますか?
んー…意外とそんなにないかもしれません(笑)。読者の方は「LINEマンガ」をスマートフォンで読まれているかもしれませんが、自分の作業は紙の時と同じなので。

ただ、話を考える時にページ数を気にしなくてよくなりましたね。紙の雑誌だと1話あたり19ページとか、雑誌の組み方の都合で決まっていますが、アプリだと僕と編集さんで決められるんですよ。
「LINEマンガ」って、そんなに自由だったんですね。
はい。描いている側としてはありがたいですね。話の展開に合わせてキリのいいところで切り上げたり、逆に長くすることもできます。盛り上げる場所を作者の希望でコントロールするというのは、紙では難しいことですから。
あと、紙の連載との違いとしては各話にコメントが付くということもありますね。
そうですね。皆さんから、細かいところまでリアクションをいただけてびっくりすることもあります。

「LINEマンガ」で各話の最後に入れた作者コメントに、ユーザーさんが突っ込んでくれたり、たまにおまけマンガなどに登場する担当編集の“湯葉さん”を読者の方も楽しみにして、いじってくれたり(笑)。
キャラが着ているTシャツの柄までコメントで触れられているのを読んだりすると、「細部まで頑張って描かなきゃな」って気持ちになりますね。
▲「細部までこだわって仕上げているので、時間がいくらあっても足りないんです…」と厳男子さん。
いまちょうど、Tシャツにクワガタムシを描かれてますね。すごい力の入れよう…。そういうところまで楽しまれているのであれば、「LINEマンガ」の連載形態が向いているのかもしれませんね。
かもしれません。描き方もそうですし、単純に収入も増えます(笑)。

紙での連載だと、雑誌掲載の原稿料と、コミックスが出た時の印税が基本的なマンガ家の収入になります。「LINEマンガ」ではこれらに加えて、広告収入の分配があるんですよね。
アプリの中に表示される広告や、続きを早く読みたい時に動画広告を見ることで次の話が読める機能があるんですが、広告が見られるたびに僕にもいくらか分配金が入ってくる仕組みになっていて。
それは「LINEマンガ」というプラットフォームならではですね。「ムラサキ」は毎回展開が予想できないので、次の話が気になってしまう人は多いと思いますし(笑)。
はい。読者の期待を裏切らないよう、続きが気になるような話を考えないとって、仕事のモチベーションが自然に上がる仕組みだと思います。
▲ご自宅で飼われている猫の「サスケ」と。

ほとばしる熱量をもつマンガ「ムラサキ」のイメージとは異なる、穏やかな人柄の厳男子さん。作画や筋肉へのこだわりを語る時に見え隠れする情熱と、ふだんとのギャップが魅力的でした。

厳男子(きびだんご)
2014年、「TOUGEI 闘芸」で第71回ちばてつや賞ヤング部門・優秀新人賞を受賞。電子コミックサービス「LINEマンガ」にて隔週木曜日「ムラサキ」連載中。

「【動画あり】デジタル時代のマンガ家の机」特集一覧

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応募方法
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受付期間
2018年12月23日(日)12:00〜12月29日(土)12:00
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