現場のスケール、実力派スターとの友情…染谷将太がオール中国ロケで感じたエネルギー

染谷将太が若き天才僧侶・空海を演じる映画『空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎』。青年らしい澄んだ瞳と老成した落ち着きを兼ね備えた染谷のキャスティングは、まさに絶妙だ。日本・中国合作の一大プロジェクトの主演という重責を担いながら、約5ヶ月に及ぶ慣れない中国での撮影に挑み、粛々しゅくしゅくと役割をまっとうする姿は修行僧そのもの。日中の映画界の期待を背負った若き求道者は、どんな気持ちで海を渡ってきたのだろう。

撮影/川野結李歌 取材・文/新田理恵 制作/iD inc.

世界的な巨匠のもとで、超人・空海を演じるということ

映画『空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎』は、遣唐使として唐に渡った空海(染谷)が、のちに中国の大詩人・白居易となる白楽天(ホアン・シュアン)と出会い、長安の街で次々と起こる怪事件の謎に迫ります。事件の裏には、玄宗皇帝(チャン・ルーイー)と絶世の美女・楊貴妃(チャン・ロンロン)がたどった悲しい運命と、玄宗皇帝に仕えた阿倍仲麻呂(阿部 寛)の数奇な人生が交差しているという壮大なストーリーです。全編中国ロケで撮影されたと聞きました。
はい。まずは(中国語の)セリフを覚えるのが最大の課題でした。あとは、普段と変わらないですね。でも、空海は超人で自分は凡人ですので、より想像力が必要とされるというか、実際に体現していくのは難しかったです。
空海はのちに真言宗を開き、日本各地に伝説が残る偉大な僧侶で、弘法大師の名でも知られています。この歴史上の人物を、どう捉えて演じましたか?
この映画ならではの空海になっていると自分は思っていて。ユーモアがあって、とても人間的な部分が表現されていると思いました。実在した空海という方をベースに、それをエンターテインメント化していく。そういう作業がとても面白くもあり、難しくもありました。
日本で公開されるのは日本語吹替版ですが、すべて中国語でお芝居されたとうかがっています。中国語は基礎的な文法から勉強されたのですか?
基礎的なところから勉強する時間はなかったので、主語があって、動詞があって、助動詞があって…みたいな、セリフの1センテンスのざっくりとした流れにもとづいて文法的な部分も勉強しました。
本作のチェン・カイコー監督といえば、カンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)に輝いた『さらば、わが愛/覇王別姫』などで知られる世界的な巨匠です。監督とのコミュニケーションはいかがでしたか?
監督は人の意見をとてもよく聞いてくださる方でした。たとえば、ワンシーンを撮るのに何日もかけるんですけど、そのシーンの最初の朝はメインスタッフとそのシーンに出るキャストがみんな集まって、円陣を組んで、打ち合わせから始まるんです。
全員で打ち合わせというのは、あまり聞いたことがないです。
監督からそのシーンに対する意図を伝えてもらったり、「君はどう演じたいのか?」と意見を聞かれたり。そういう打ち合わせがあって、1カットごとモニターを1回ずつチェックしながら、意見交換して進めていくという感じでした。
直接、言葉が伝わらないことへのモヤモヤ感はなかったですか?
監督はたまに、中国の古い詩をイメージして演出されることがありまして。「中国にはこんな詩があるんだ。その雰囲気で1回演じてみてくれるか?」と。詩って和訳するにも表現が難しいじゃないですか。昔の詩ですし、いろんな捉え方ができるので。
それは通訳さんも大変そうですね…。
通訳さんも、「いま監督はとても有名な詩をおっしゃられました。ちょっと待ってください、あとで意味を伝えます!」って、すごい勉強してくれて。いろんなパターンの和訳が出てくるので、どれが自分にとってふさわしいのかを考えながら演じていきました。

現場にスタッフ700人!? 人数の多さに新鮮さを感じた

長安の街のセットは、東京ドーム約8個分のスケールだったとか。撮影現場で、とくに新鮮だったことは?
一番に思ったのは、現場の人の数ですかね。何人いたのかわからないんですけど、報道ではスタッフが700人って書いてあったかな。とにかく人が多かったので、どこまでが関係者でどこからがそれ以外の人なのか、よくわからないぐらいでした(笑)。
撮影期間は約5ヶ月間にも及んだそうですが、どんなふうに1日のスケジュールが組まれていたのですか?
だいたい朝6時に起き、6時半ごろホテルを出発し、7時過ぎにセットに入り、3人がかりで頭を刈られるところから1日が始まりました。1日5カットぐらい撮れたらいいほうでしたね。1日で1シーンは撮り終わらないんですよ。
1日にたった5カットですか。作品によって差はあると思いますが、日本の映画の場合、標準的に1日でどのくらい撮るのですか?
映画『寄生獣』のときは1日1シーンぐらいでしたが、標準的には1日3シーンぐらい撮るんじゃないですかね。
単純に計算すると、3倍以上の時間がかかったと…。
なので、台本が3、4ページある長いシーンだと1週間くらいかかることも。でも、ほぼ12時間労働なので、夕方の5時、6時には終わる感じでしたね。
オフの日はどのぐらいあったのですか? どこかに出かけたりしましたか?
週に1日、必ずありました。出かける余裕がなかったので、基本的には部屋にいましたね。ずっとセリフの練習をしているか、息抜きにゲームをしているかというぐらいでした。
長期間の撮影で息の詰まることもあったのではと想像できます。ゲーム以外にも、意識してリラックスする時間が必要だったのでは?
撮影の期間、集中力を保つのも仕事のひとつなので。息抜きといえば、あとはお酒を飲んだり、音楽を聴いてボーッとしてましたね。瞑想もしていました。「マインドフルネス」と言うのでしょうか。毎朝1分間、現場でも、カメラの前でもやっていました。
普段の撮影でもされているのですか?
今回、意識的にやったことです。空海も瞑想をしていたからという理由もあるんですけど、無になるというか、自分の呼吸に意識を置いて、自分の肌が地面に接していることや、風や温度を意識したり。そうすることで自分を解放していくらしいんです。どうやら健康にもいいらしいです。

日本以上に発言しやすい? 行ってわかった中国の一面

今回の撮影に参加する前に中国へ行かれたことはありますか?
(中国の)大陸は初めてでした。
本作の撮影に参加する前に抱いていた中国に対するイメージと、実際に行ってみて変わった部分があれば教えてください。
抱いていたイメージとしては、未知でしたね。想像がつかないぐらい大きい国ですし、人口も多くて。実際に行ってみたら、とても大らかなところでした。そして、日本にいるときよりも発言がしやすいなと感じました(笑)。
それは、たとえば撮影現場で?
現場でもそうです。スケジュールが変わったりすると、監督が直接相談しに来てくれて、「こういう変更をしたいんだけど、セリフの準備はできるか?」と聞いてくれる。できなかったら、正直に「できない」って伝えますし、「間に合わない」って伝えたら、それを踏まえて調整してくれます。何と言いますか、お互いストレートに発言し合える。そういうことを感じました。
中国ではひと足早く、昨年12月に公開されています。染谷さんも北京でのプレミアに出席されたことなどを通して、現地の映画市場の盛り上がりを実感されたのでは?
『寄生獣』が中国で公開されたとき、ちょうどこの映画の撮影中だったので、シネコン(同一の施設のなかに複数のスクリーンがある映画館)へ観に行ったんですよ。そうしたらスゴいんですよね、休日で人の数が。その光景には驚きました。
中国のエネルギーを身近なところで体験されたんですね。
現場もそうですし、ホントにエネルギーにあふれた国で熱量が高いですね。その熱量の高さが、この映画にもつながっていると思います。話が展開して、どんどん新しい謎が出てきて、それを解いたらまた新しい謎が出てくるというミステリー・ファンタジーで、すごいジェットコースタームービーだと自分は思ってるんです。
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