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決勝戦で伊藤に圧倒され、敗れた後の記者会見で平野は、こういった。「(大会が)始まる前から自信がなくて……。優勝したい気持ちがあったんですけど、ここまで来られると思っていませんでした」 自信がないというのは、昨年後半以降の成績の推移を見れば、理解できる。 平野は昨年の全日本選手権で優勝後、アジア選手権の準々決勝では世界ランキング1位の丁寧(中国)を破り、優勝した。続く世界選手権でも3位になり、銅メダルを獲得した。そこまではよかったが、その後は「美宇の卓球」を研究され、持ち味である素早く強烈なバックハンドなども対策を練られ、勝てなくなった。 昨年12月に行なわれたワールドツアーグランドファイナルでは1回戦負けを喫し、その悪い流れのまま今大会に突入してしまったのだろう。最後に「自信がなくて……」と語ったのは、昨年からの勝てない流れを今も引きずり、自分の中でどうすべきか消化し切れていないことで漏れた、悲痛な心の叫びだった。 一方、優勝した伊藤は気迫と自信に満ちていた。 昨年は5回戦で敗れ、肩を落としたが、今大会では4回戦を4-2、5回戦ではカットマンの橋本帆乃香を4-0、準々決勝の石垣優香には1ゲーム目を落とすも修正し、4-1で勝利。石垣は「(伊藤選手は)非常にうまいですし、2ゲーム目から何もできないように対応してきた」と、伊藤の技術の高さと対応力に脱帽していた。 準決勝の石川佳純との試合も1ゲーム目を落とした後、松粼太佑(たいすけ)コーチと「相手がどういう攻めをしてきたのかを分析した」という。そうして、しっかりと修正し、終わってみれば4-1で危なげなく勝利した。「伊藤選手は凡ミスが減ったし、スマッシュがいい。今までは(相手の)ドライブが良くてもラリーでは負けないという自信があったんですけど、強気で来ていて、スマッシュを打たれてしまった。自分のボールがどんどん甘くなって相手に主導権を握られてしまったかなと思います」(石川)
ラリーで絶対的な自信を持つ石川にダメージを与えたのは、4ゲーム目6オールからポイントを奪ったシーンだ。長いラリーを続け、体勢を崩されても相手の厳しいところに打ち返す、伊藤の技術の高さとフィジカルの強さが表れたプレーだった。 伊藤はもともとサーブ&レシーブが持ち味だったが、このシーンに象徴されるようにラリーでも打ち負けない強さとフィジカルを身につけていた。 また、今大会はミックスダブルス、ダブルスに出場し、いずれも決勝まで戦い、優勝している。さらにシングルスの試合もあったので疲労はかなりあっただろうし、足が重い日も実際にあったというが、どの試合もそんな素振りは一切も見せないタフさがあった。今の伊藤の強さを支えるフィジカルを強化し始めたのは昨年からだという。 昨年の全日本に負けて以降、伊藤はツアーで1回戦、2回戦負けが続いた。松粼コーチはリオ五輪で団体銅メダルを獲得して以降、卓球に集中し切れていないのを感じていた。気になったのは試合に負けたことではなく、同じミスを繰り返して負けたのにもかかわらず、練習して修正しようとしない姿勢だった。「そこについては厳しく話をしました。リオ五輪以降、モチベーションが上がらず、練習に取り組む姿勢というか集中力がなかなか上がってこなかった。昨年全日本で優勝した平野選手、石川選手、早田(ひな)選手が頑張っているのに美誠は何やってんだという感じになっていました」 伊藤も悩んでいた。「リオ五輪が終わって、1年間はよくない時期が続いて、それは自分の卓球人生で初めてでした。相手には向かってこられるし、自分はプレッシャーとか考えていないつもりだったんですけど、自分のなかでは感じてしまって試合をするのが怖くなってしまった。ツアーに出ても1回戦負けとかで、自分が変わらないと勝てないと思ったんです」
自分のスタイルをどう変えるのか。その答えが従来の自分の「省エネ」スタイルを否定するのではなく、それにプラス真逆のスタイルを取り入れることだった。「動ける卓球をしたいなって思ったんです」 受け身ではなく、相手によってプレーを変えることで勝機を見出していく。しかし、「動ける卓球」を実現するためには、相当なフィジカルが必要だった。そのためにトレーナーの指導のもとでジムトレーニングを始め、時間のない時は練習場の近所の公園でもトレーニングをし、下半身中心に体幹の強化に努めてきた。さらにラリーの特訓、多球練習を3分間続けるなどハードな練習を課して体力を養った。 また、基本重視のため中国製のラバーを使って練習した。中国製ラバーはしっかり当てないといいボールがいかないので、それで基礎の土台作りをし、昨年9月に日本製ラバーに戻した。その結果、ゲーム体力はもちろん、フォア、バックともに球のスピードとキレが増した。さらに相手の揺さぶりにもしっかりと対応しつつ、なおかつ厳しいところに返すことが可能になり、ポイントを取れるようになった。「今回、3種目に出させてもらっていますがケガもなく、いい体調で試合に挑めているので体力は前よりも長持ちするようになりました。ラリーで崩れない、崩れても立て直せる体を作りたいと思ってトレーニングを頑張ってきたんですが、それが今回の全日本ですごく出たと思います。サーブ&レシーブからの展開にプラス、ラリー戦で戦えるようになったのは、すごく自信になりました」 その自信と勢いで前回王者の平野と決勝で対戦した。 3ゲームをあっさり連取し、このままストレート勝ちするだろうと思うくらいの差があったが、4ゲーム目を落とした。
「平野選手が0-3で負けているということで、すごく向かってきて攻めてきたので守りに入ってしまった。このセットが終わった後は、5ゲーム目で仕留められるようにしていこうと気合いを入れ直しました」 その言葉通り、伊藤は5ゲーム、平野の得意なラリー戦でも打ち負けることなく、ポイントを稼ぎ、11-6で圧倒し、初優勝を決めた。「平野選手は全日本で勝ってアジア選手権も優勝し、すごく変わった。その平野選手のおかげで自分も頑張らないといけないと思えた1年だったですし、自分を変えることができた。この1年にすごく感謝しています」 1年前、眩(まばゆ)い輝きを放つ平野選手に力の差を感じ、ドン底にいた状態から自分のプレーの引き出しを増やすために、肉体改造をはじめハードな練習に取り組んできた。その努力が結実し、今年は3冠達成という偉業を成し遂げた。 今回の優勝は、新しい卓球スタイルで内容も結果もついてきたという意味で伊藤の卓球に大きなプラスになった。と同時に、1年前の伊藤と同じようなスランプ状態に陥りつつある平野、そして伊藤とダブルス優勝を果たした早田や、伊藤に敗れた石川ら、ライバルたちに大きな刺激を与えたに違いない。 それほど「圧倒的な強さ」を印象づけた伊藤のシングルス優勝だった。
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