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「昔は清原和博(PL学園-西武ほか)、松井秀喜(星稜-巨人、ヤンキースほか)、古木克明(豊田大谷-横浜ほか)のようにガツーンと当てないと飛んでいかなかった。それが、今は違う」(パ・リーグ球団スカウト)
スカウトは結果ではなく、内容や技術を見る。それが仕事だ。その証拠に、今大会で複数の本塁打を放った選手のほとんどは、プロのスカウトからドラフト候補として名前が挙がっていない。1試合2本塁打を放った選手は7人いるが、広陵・中村を除けば、盛岡大付の植田拓がリストに残る程度だ。7人中2人は2年生だが、スカウト陣から「来年のドラフト候補」という声は聞かれない。
「選手を評価するうえで、本来は肩と足、それと飛距離は外せないもの。でも、今はそうじゃない。アマダー(楽天)のようにでっかいヤツが飛ばしているだけで、小さいけど技術で飛ばす、体幹や体の回転で飛ばすような選手は少ない。昔は荒井幸雄(元ヤクルトほか)、真中満(元ヤクルト)みたいに小さくても技術で飛ばせる選手がいたんだけどね。今のバッターは、技術は上がってない。アウター(の筋肉)を鍛えているだけだよ」(パ・リーグ球団スカウト)
昔と今の高校野球を比較して、大きく変わったのは体格だ。今は公立校でも身長マイナス100の体重をノルマとすることが当たり前。寮のある学校はもちろん、自宅から通う選手でも、大きな弁当箱に白米を詰め、1食3合のごはんを食べる”食事トレーニング”が流行している。
これに加えてプロテインなども飲み、ウエイトトレーニングや加圧トレーニングなどで体を大きくする。体をつくるための知識や技術が上がったことで、身長は低くてもがっしりした体格の選手は多くなった。体をつくってスイング量をこなせば、当然、振る力はつく。かたちはどうあれ、スタンドインできるパワーは養われるのだ。
「大人の体格にして金属バットを持てば、ホームランは出る。まさに”鬼に金棒”状態だよ」(セ・リーグ球団スカウト)
もちろん、体格がよくなれば投手の投げる球も変わる。かつては140キロを超える速球を投げればプロ注目といわれたが、今や140キロは甲子園のスタンダード。145キロを超えなければプロ注目とは言われない。スピードが増せば、当然、反発力も大きくなる。投手の球速アップが本塁打増加につながっている可能性は高い。
球速アップの影響はもうひとつある。140キロが出るようになったことで速球に自信を持ち、「困ったときはストレート」という投手が増えていることだ。このため、3-1、2-0、2-1などのボール先行カウントやフルカウントなど、苦しいときにストレートを投げるケースが多くなる。
打者はカウントによる決め打ちで、「ストレートを待ってフルスイング」できる機会が増える。ストレートを待っているところにストレートがくれば、出会い頭もある。これもまた、普段は本塁打を打たないような選手が打てる要因と言える。
「運ぶとか、角度をつけるとか、技術で飛ばしてほしいよね。『ガンと打ったらスタンドに届きました』では、上で続かないよ」(セ・リーグ球団スカウト)
かつて、横浜高校時代の近藤健介(現・日本ハム)は「真っすぐを待ってのホームランは打ったことがない」と言っていた。配球を読み、際どい球を見極め、カットなどで、狙い球を誘う。あえて相手の得意球を狙う。そういう技術で打ったホームランばかりだったのだ。
思い出すのが、2001年夏の甲子園。150キロ右腕・寺原隼人(現・ソフトバンク)を擁した日南学園は、初戦で四日市工と対戦した。四日市工のエースは右のサイドスロー。強打の日南学園打線は4回まで0点に抑えられたが、5回に3連打などで3点。最終的に18安打を放って8対1で勝利した。
技巧派の投手に対して、2巡目からは振り回さず、トスバッティングのような軽打に変更。試合中に対応した結果だった。それが、”引き出し”というものだろう。今は最初から最後まで同じ打撃をくり返して、「打てなかったら負け」というチームが多い。二死三塁とシングルヒットで点が入る場面でも、変わらずにフルスイングをする打者もいる。聞こえのいい、フルスイング、マン振りをキャッチフレーズにすることで、打撃に工夫をしなくなっているようにも感じる。
それだけではない。本塁打が出すぎることは、野球の質を変えることにもなりかねない。
今大会は1イニング4点以上のビッグイニングが26度もあった(4点13度、5点9度、6点4度、7点1度)。48試合で26度だから、1.8試合に1度ある計算だ。
明豊が天理戦で10点リードされた9回裏に6点返し、9対13にまで迫るなど、金属バット時代の社会人野球のように、セーフティリードはあってないような状態。地方大会ではコールドになる7回7点差でも逆転の可能性は大いにあり、見ている側にとっては面白くなったといえる。
だが一方で、プレーする側にとっては1点の価値が減ってしまったともいえる。スクイズで1点取っても、本塁打で簡単に”倍返し”されてしまうから、やらなくなる。バントや盗塁、進塁打、ゴロ・ゴーなどの小技を駆使して、必死になって点を取るのがバカらしくなる。
守っていても、「1点ぐらい取られても、すぐに取り返すからいい」という気持ちになる。今大会は送りバント失敗や暴投・捕逸のバッテリーミスが多かったが、これらは本塁打による大量点の魔力が遠因のひとつなのは間違いない。
1点の重みがなくなっているから、プレーにおける約束事も軽視されていく。守備でいえば、内野手が無理な体勢で捕球した場合は、ワンバウンドになっても一塁へ低い送球をする。投球や打球をはじいてしまったらすぐ捕りに行く、ベースが空いていたらベースカバーに走る、誰かが送球すれば、その後ろへバックアップに走る……。そういう意識が希薄になっている影響からか、今大会は外野から内野への返球が乱れてフィールドの上を転々とする場面が多かった。
また、守備側にそんな乱れが生じても、走者は「この打球なら三塁打」「このタイミングなら三塁ストップ」と決めつけ、離塁もせず、ボールの位置も確認せず、ホームインできたのにできなかったケースも少なくなかった。三塁コーチャーの指示ミスも目立った。簡単に点が取れるようになったことで、やるべきこと、基本がおろそかになっている。
これは、高校野球だけの問題ではない。今春のWBCで、日本は準決勝でアメリカから4安打しか打てずに敗れた。山田哲人、筒香嘉智、中田翔ら若手のスラッガーの打力に期待が集まったが、メジャーリーガーの強い球、動く球をとらえきれなかった。
日本が世界で戦うためには、ホームランやパワーに頼る野球では難しい。かつてWBCを連覇したときに盛んに言われた”スモールベースボール”が必要なときが必ず来ると誰もが再認識したはずだ。
プロ入りするのは、高校時代にチームの中心だった選手。高校時代にホームランを量産した選手でも、プロ入り後はバントや進塁打を求められる役割に変わることは珍しくない。本塁打を打てるのは選手として大きな魅力であり、それを否定する気はないし、大いに伸ばしてほしい。
だが、本塁打が打てるからといって、野球の面白さである駆け引きがなくなり、小技や細かいプレーなどがどんどん疎(おろそ)かになってしまっては、日本野球の将来に影響する。高校野球が今のような状況では、永遠に世界で勝てるようにはならない。
あるスカウトがポツリと言った言葉が強く耳に残っている。
「体をつくってホームランを打つ野球では、選手の将来のためにならない。結局、指導者が甲子園で勝ちたいだけだよ」
勝負事である以上、勝つことを求めるのは当然だ。だが今、勝つだけでいいのか──将来、日本が世界で戦うために野球界全体で考える時期にきている。
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