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プレジデントオンライン
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やはり漫才はテーマ(ネタ)が最重要。フリを明示する。
まず、「この話をしますよ」と明確に客に伝える。客を大船に乗せる配慮、思いやりである。これは「話し方」にも通底する。おしゃべりの下手な人は事実をだらだら並べるばかりでテーマがない。つまりは聞き手への思いやりがないってことだ。
もちろんコンビがお互い話しやすいテーマで、それが漫才タイトルになるのがベター。模範の「ハンバーガー・ショップ」もそうだった。
客にとって興味があり、共感を得やすいテーマ(つまりフリ)。わがデマ・サプは「言葉」をテーマに据えた。商売柄関わりが深いし、何せ全人類共通だ。ゼロ金利だのアベノミクスだのと限定されたテーマより括りが大きい(と、自画自賛)。
「テーマが決まり、いいネタの流れが浮かんでも、すぐに台本を書かないこと。思いついたことをどんどん書き出していきましょう」(杉本氏)
すぐに台本に着手すると、一度書き記したことにしがみつきがちだ。もっともっと面白いネタがあるかも――と思考を止めないことが大切だ。
「限界までアイデアを出し合って、結局それらが面白くないなら、そのテーマは捨てます。しがみつかないことです」(同)
笑いの肝は潔さにあり。デマ・サプは頭を絞った。「流行語」「政治家の問題発言」「言葉の意味が本来と真逆(“ヤバイ”が肯定の意味で使われるetc.)」と、思いつくままに書き出していく。会話も弾んでくる。
「そういえば、プレジデント誌の特集タイトル、読者の眼と気を引くものを付けるのは大変でしょう」といえば、「本や雑誌のタイトルに着目したら」と新たな発想が芽生える。
そして小1時間。テーマは「売れる本のタイトル」に決まった。
ベストセラー本が出ると、すぐに似たようなタイトルが本屋の棚を埋める。たとえば、少し前に売れた『○○力』『〜する力』。あるいは『なぜ〜は〜なのか』。昨今では『日本人の9割は〜』ってやつ。あったあったありました。何が何だかわからないくらいに類書が出てましたっけ。ちなみに『激怒力』という新書を企画してボツにされて怒っていたライター仲間もいた。
「売れる本のタイトル」。デマ・サプにぴったりのテーマだ。役割も自然と決まってくる。新作を持ち込む作家が私で、「売れるタイトル、何かないかなあ」と編集者に相談する。「ああ、あのパターンの本か」と、誰もが聞いたことのあるものだからフリはOK。あとはオチの切れ味だ。
いくつかオチを考え、さらに前のめりになって台本を書いていると、「そのくらいで、ちょっと実演してみましょう」と杉本氏。
まだ完成には程遠い。「えっ?」と思わず背筋を伸ばした。締めくくりのオチすらまだ決まっていない。
「見切り発車くらいでいいんですよ。演っているうちに、新たな発想や改善点が見えてきますから」(同)
シャベリに自信がないから台本だけは完璧に、とシロウトはつい考えてしまうのだが、杉本氏の言葉をきいて溜飲が下がる思いがした。
というのも、かつて編集者にえらく細かいプロット(あらすじ)を要求されたことがあった。完璧じゃないと書き出せない。結局、「だったらオマエが書けよ!」と決裂した。
ったく、建築物じゃあるまいし。物語も漫才も、台本の作りは見切り発車でいいのだ。あの編集者は、漫才研修を受けるべきだ。江戸の仇を長崎で討った気分である。
何度か実演して、2人でまた机に向かって台本を書き換える。これを繰り返すと、どんどん出来がよくなってゆく(自画自賛)。最後のオチは机上ではなく、立ち練習の最中に思い浮かんだものだ。
そんな塩梅で、漫才「売れる本のタイトル」の台本が出来上がった。
私は相方と握手をした。原稿でも何でも、無から有が生まれる感慨は格別だ。杉本さん、上條さんありがとう。時計は夕方5時過ぎ、いい時間だ。しゃべりすぎて喉が渇いた。どこかでビールでも、と浮かれていたら、大事なことを忘れていた。
VTR撮り――これが残っていた。
通しで練習をする。互いの呼吸や客への身振り手振りなどに留意する。両手の動きで驚きや納得を表現する。
手を動かすと、舌も滑らかになる。数時間前、ほぼ前川清状態(直立不動)だった私とはまるで別人である。
何度か演るうちに、アドリブも飛び出す。余裕である。
さあ本番。カメラは回るがもはや硬さとは無縁だ。相方はよくツッコミ、私も精一杯ボケた。
そして、最後のオチ。
「だいじょうぶ。本のタイトルは〜」
……痛恨のミス。「本の」ではなく「本は」だった。助詞を間違え、あとはシドロモドロ。最後の最後でパニックに。やり直しである。が、杉本氏、上條氏は笑顔で褒めてくれる。N氏も余裕の表情。ラスト以外はおおむねうまくいっているのだ。
「そうだ。せっかくここまでできたんだし」――N氏がそうつぶやき、フットワーク軽く会議室を出た。待つことしばし、編集部員を5名引き連れてきた。さすがはツッコミ。鋭くプレッシャーをかけてくる。
しかし肝も据わった。助詞さえ間違わなければ、こっちのもんである。
さあ、BGMとともに、デマ・サプが手を叩きながら登場する。
「原稿早く見せてよ」「まだ一行も書いてません」「ええーッ!?」「だいじょうぶ。本はタイトルが9割ですから」「……正しーい!」――拍手! デマ・サプは「売れる本のタイトル」を演り切った。
「よかったです。先に客席があったまってたら、もっと爆発してましたよ」と、上條氏からあたたかいお言葉が。得難い経験をさせてもらった。
日々の雑談や宴会トークに活かすヒントが、ここには多数詰まっている。テーマを明確にすること。フリはその集団に共通のものを。オチをいくつか考えたら、あとは難しく考えずに見切り発車。会話は呼吸。人の話をよく聞く。話すときも聞くときも、身振り手振りを忘れずに。
思わぬ副産物もあった。様々なメカニズムを知ることができたおかげで、漫才を観る楽しみがさらに増えそうである。おっと、テレビ桟敷で「フリとオチの関係が云々」などと訳知り顔で話すと、嫌われてしまいそうだ。「知ったかぶりはNG」も雑談力の基本である。
※株式会社スロウカーブ 漫才研修(http://www.slowcurve.co.jp/manzai_kenshuu/)
(須藤靖貴=文 石橋素幸=撮影 講師:構成作家 杉本雅彦、(株)スロウカーブ代表 上條誠)