Clip は数十秒に一枚、一日に数千枚の写真を自動撮影して日常を全録するライフログカメラ。第二世代モデル Clip 2は予約購入者にも最近届いたような状況ですが、会社清算にともない製品の販売は終了。
販売だけでなくサポートも、膨大な写真を保存・解析して整理すると謳ったクラウドサービスも終了します。
(初代Clipのプロトタイプ)
スウェーデンのNarrative AB (旧名Memoto)は、襟元に着けるライフログカメラ Clip を開発・販売してきたスタートアップ企業。
2012年に実施した Kickstarter クラウドファンディングでは当初目標の10倍以上にあたる55万ドルの出資を獲得したほか、さらに複数のベンチャーキャピタルから数百万ドルの資金を得るなど期待は高く、北欧発のハードウェアスタートアップとして、また「ライフログ」コンセプトひさびさの復活(か?)と注目を集めました。
最初の製品 Clip は、500万画素の写真を30秒に一枚、一日に約2000枚インターバル撮影しまくるウェアラブルカメラ。シャッターボタンはなく、任意のタイミングで撮りたいときは指でトントンと叩いて撮影します。撮影をやめたいときは、ポケットに入れたり机などに置いて静止させれば、照度センサや加速度センサで検知して停止する仕組み。
2015年末に発表した第二世代モデル Clip 2 では、インターバル撮影の静止画に加えてフルHD動画撮影に対応、広角レンズと800万画素センサ、WiFiとBluetooth内蔵、撮影地を記録するGPS対応など大きな進化を遂げました。価格は199ドル。
(Narrativeのウェブサイトでは、執筆時点で「Clip 2は好評につき一時的に品切れ中」の表示。サポート終了や会社精算については触れていません。)
Clip がウェアラブルカメラのなかでも注目を集めた理由のひとつは、毎日数千枚という膨大な写真を保存・整理するクラウドサービスも売りとしていたこと。
Narrativeのサーバに膨大な写真を保存できるだけでなく、顔検出やシーン認識、GPSや加速度計などのデータを使い画像を解析することで、重要でない写真はひとまとめにしたり、後から参照したいイベントや人を見つけやすく、ユーザーの生活史を振り返り易くするという謳い文句です。
Narrative は初代Clipの一般販売予定価格279ドル(出資者199ドル)について、このクラウドサービスの一年分の利用料金も含むと説明していたほか、その後はストレージ容量の少ない無料プランと、月に2ドルのプレミアムプランを提供する予定でした。
Clipカメラはこのクラウドサービス利用が前提のため、初期設定では一般的なカメラのように写真をPCに保存せず、自動的にクラウドサービスにアップロードする仕組みです。しかしNarrativeが廃業することで、このクラウドサービスの運営主体もなくなります。
ユーザーにとってはこれから写真をクラウド保存したりブラウズできなくなるだけでなく、これまで撮った写真の扱いも、これからClipを単なるカメラとして使えるかも不安な状態です。
Narrative はこの点について、購入者への告知メールで保存済み写真をクラウドサービスからダウンロードするツールと、手元のClipカメラから写真を取り出すツールをできるだけ早い時期に提供するとしています。
Narrative社は今年の夏、経営上の問題が発生したため自主再建に向けた手続きを始めたものの、当座の資金提供者は確保できたと発表していました。リンク先の地元ニュースサイト Breakitによれば、問題は新製品 Clip 2 の本格的な量産体制を整える前に資金が尽きてしまったこととされています。
実際のどの段階でどういった問題が発生したのか詳細は不明ながら、説明どおり量産体制の確立に手間取りキャッシュが尽きたのだとすれば、ハードウェアスタートアップの難しさを改めて感じさせるできごとです。
Clip と付随サービスの今後は不明確。Narrativeから改めて権利を買い取って事業化する企業がないとも限りませんが、そもそもNarrativeが十分な追加資金を得られず精算を選んだことが示すように、ライフログというコンセプトでは一部の熱心なニッチ層以上の広がりは難しいということかもしれません。
(Snapchat のカメラサングラス Spectacles)
しかし一方で、スポーツやアウトドア撮影向けのウェアラブルカメラは一大市場となり、Periscope や YouTube、Facebook など主観視点映像の配信も大きな動きです。
いまや懐かしい Google Glass が結局はカメラ以外に一般消費者に説得力のあるユースケースを提示できなかったと言われる一方、人気メッセージングアプリ Snapchat の Snap は初のハードウェア製品として、Snapchatに直結する安価なサングラス型カメラ Spectacles を発表しています。
さらにいえば、スマートフォンの普及で増える一方のパーソナル写真ライブラリに機械学習を適用して目当ての写真を見つけやすくしたり、人生のイベントを再構成して提示する技術は、Google や マイクロソフトがしのぎを削る分野です。
Narrative Clipの登場にライフログ復活や!と興奮したかたには残念なニュースですが、今後もイメージセンサやストレージやネットワーク技術の進歩と小型化は続き、撮影と保存のコストが下がり続けることを思えば、「撮りっぱなしで後から取り出すカメラ」の進化系や、「視覚記憶補助装置」も遠からず実現するはずです。
なお、単にクリップ型のインターバル撮影カメラが欲しかったのに、という場合、ネット通販サイトを検索すれば、Narrarive Clip にそっくりでずっと安価なスパイカメラは多数販売されています。