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週刊女性PRIME
この演説を取り上げた絵本『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)が話題となり、発行元の出版社の招きで来日が実現した。
高齢にもかかわらず、8日間で東京、京都、広島を回る日程。「日本に来て広島を訪ねないのは敬意に欠ける」と組み入れたという。講演ではさまざまな問題に言及した。政治不信についてはこう述べた。
「日本の選挙では、若者の30%ぐらいしか投票に行かないと聞きました。政治を信じていないんですね。でも信じられないのなら、信じられるように行動してください。何もしないで不平ばかり言っても変わりません。同じ考えを持つ人と、まとまって行動する必要があります」
世界的なニュースとなっているパナマ文書にも触れた。
「自分の資本を増やすためだけに、タックスヘイブン(租税回避地)を使ってお金を動かしている人がいます。みなさんのような若者は闘わなければいけません。バカげたことをやめさせるために」
母国ウルグアイでは愛される大統領だった。首都郊外の貧しい家庭に生まれ、7歳のときに父親が死去。幼いころからパン屋さんや花屋さんで働いた。独裁政権に対抗したゲリラ活動で4度投獄され、最後の刑務所暮らしは13年に及んだ。
「踏みつけられたり、ゴミのように扱われたこともありました。しかし、このつらい時期にこそ、多くの大切なことを学べました」
上院議員であるルシア・トポランスキ夫人(71)とは、1970―’71年ごろゲリラ活動を通じて知り合い、ほどなくパートナーとして行動をともにするようになった。2005年には正式に結婚した。
大統領に就任しても公邸に住まず、郊外の小さな家で畑を耕し、犬やニワトリと暮らした。友人たちからプレゼントされた古いフォルクスワーゲンで国会に通った。
来日前の朝日新聞の取材に対し、アラブの富豪から「愛車を100万ドルで売ってくれ」と打診された事実を明かした。ムヒカさんは「贈り物は売り物じゃない」と断ったという。
この日の講演には、同型のワーゲンで登場。熊谷ナンバーだったので実物ではないようだが、粋な演出に出迎えた学生らは大喜びだった。
講演の中では恋愛論や夫婦論も披瀝した。「大事なのは愛です」と繰り返すムヒカさんに男子学生が質問した。――美しい女性がいたとする。彼女を手に入れたい。ほかにも狙っている男がいる。僕は彼らをいかにして倒すかってことを考えてしまう。ムヒカさんは言った。
「あなたの愛に対するビジョンは非常に個人主義的だと思います。自分のものにしたいという。でも、彼女に聞かなきゃいけないんじゃないですか。あなたに征服されたいと思っているかどうか」
男子学生の「手に入れたい」という言い方がまずかったようだ。さらに続けた。
「女性が選ぶんですよ。自分だけが決められるなんて思わないでください。彼女は無意識かもしれませんが、生物学的に選びます。誰と子孫を残したほうがいいか、と。自然界のメカニズムとして本能に刻まれているんです」
エゴイズムをどう抑え込めばいいのか。生きていれば誰にでも葛藤はあるという。
「家族を守るために闘うのは当然です。だからといって、ほかの人のために何もできないということはないですよね。ほかの人にも何かできたとしたら、家族との時間をもっと幸せに感じるでしょう」
家族論は熱を帯びる。ルシア夫人は会場で静かに聞いている。
「私はパートナーと、世界をよくしようと思って一生懸命闘ってきました。それで子どもを持つ時間がありませんでした。私たちは小さな地区に住んでいます。多くの子どもがいます。経済的余裕のない家庭の子どももいます。
私たちはそういった子どもも勉強できるように学校を建て、国にプレゼントしました。私たちは子どもをつくることはできなかったけれども、親がいなくて勉強できない子どもたちの力になれた。彼らは私たちにとって子どもなんです」
ムヒカさんの考え方はシンプルだ。消費社会に支配されてはいけない。節度を持たないと人生を楽しむ時間を奪われてしまう。
誰かに手を差しのべる時間もなくなる。人間は人生の方向づけができる。挫折してもまた立ち上がればいい。自分自身を幸せにするものを探してほしい。
スペイン語専攻の同大4年・太田悠香さん(22)は講演後、「もっと幸せを追求して生きていきたいと思うようになりました」と話した。ムヒカさんは言った。
「毎晩、ベッドに入ったときに5分間使って、1日を振り返ってみてください。よかったのか、悪かったのか。それをもとによりよい明日を築いてください。そして、ぜひ家族を持ってください。単純に血のつながった家族ということではありません。同じように考える人という意味の家族です。人生をひとりで歩まないでください」
力強いメッセージは学生の心に届いたのだろう。拍手はいつまでも鳴りやまなかった。