1936年(昭和11年)2月26日、陸軍の青年将校グループが約1500人の下士官、兵を率いて決起したクーデター未遂事件「二・二六事件」が起きました。ちょうど90年前のことになります。
反乱軍は高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、陸軍の渡辺錠太郎・教育総監らを殺害し、東京・永田町や霞ヶ関などの一帯を占拠。しかし4日後に鎮圧されます。陸軍内の「皇道派」と「統制派」の主導権争いが背景にあったとされます。事件を経て陸軍は統制派が支配を確立。翌37年には日中戦争が始まり、41年12月の太平洋戦争開戦へと進みました。戦争遂行を最優先とする社会になっていきました。
二・二六事件については、暴力で世の中を変えようとすることの愚かしさを歴史の教訓ととらえ、このブログでも繰り返し取り上げてきました。戦前は軍の指揮権が天皇にあり、内閣の陸軍大臣、海軍大臣も現役の軍人でした。自衛隊が「文民統制」の元に置かれている今は、当時と状況は異なります。それでも自衛隊の統制を考えた時に、何ら危惧はないかと言えば、そうではないと感じています。
一つの例は、幹部自衛官らの制服姿での靖国神社への集団参拝です。自衛隊の中の一部であるとしても、旧軍への思慕とも思えるメンタリティがうかがえること、上意下達の軍事組織である自衛隊にあって、「統制」の観点から危うさを感じていることを2年前の2月26日に、このブログに書きとめました。
一部を引用します。
軍事組織、実力組織の一員である自衛官が、制服姿で公然と靖国神社を参拝することには深刻な危惧を覚えます。仮に、個々の自衛官に旧軍への思慕、さらには旧軍との連続性の意識があるのだとすれば、それで文民統制が本当に機能するでしょうか。むろん、自衛官が皆すべて同じではないでしょうし、そうした自衛官がいたとしてもごく少数かもしれません。それでも、同じような事例が複数表面化していることが気になります。自衛隊が階級組織であり、上官からの呼びかけなのか事実上の命令なのか、いずれにしても抗しづらいのではないか、とも感じます。文民統制から逸脱した上官が出たら上意下達の組織はどうなるのか、という問題を内包しているように思います。
靖国神社はかつて、陸軍と海軍が共同管理していました。戦死者を国家が神として祀る施設でした。戦後、日本国憲法の下で政教分離が定められ、今は公務員が個人の立場でならともかく、公務員の立場で参拝することは容認されません。
折しも今、政治信条として復古色が極めて強い高市早苗首相の元で、安全保障環境の変化を理由に軍事力の増強が進んでいます。高市首相自身が、首相就任前は閣僚であっても靖国神社参拝を続けていました。首相としての参拝についても「環境を整えるために努力している」と公言しています。
首相は自衛隊の最高指揮官の立場です。高市首相には、自らの言動が自衛隊の統制を揺るがすことにつながりかねないことへの自覚は期待できないのかもしれません。やはり危うさを感じざるを得ません。

【写真】東京都渋谷区にある二・二六事件関係者の慰霊像(2024年2月撮影)