通常国会が1月23日に開会します。その冒頭、高市早苗首相が衆議院を解散することが確定的になりました。高市首相は1月14日に、自民党の鈴木俊一幹事長、“連立”を組む日本維新の会の吉村洋文代表に、冒頭解散の意向を伝えたと報じられています。始まりは1月9日夜の読売新聞のデジタル版の報道でした。10日付朝刊紙面には「首相、衆院解散検討」の大きな見出し。それから1週間もたたないうちに、そして高市首相自身は公の場で一言も「解散」に触れないまま流れは決まりました。
解散後の衆院選で、高市首相は何を民意に問おうというのか、よく分かりません。内閣支持率が高い水準にある今なら、衆議院の自民党の議席を伸ばし、政権基盤を固めることができる、との思惑ではないのか。そもそも信を問おうにも、高市政権には見るべき実績はまだありません。あるのは人気だけです。どのような大義名分を掲げようとも、高市首相は「人気投票」を露骨に仕掛けてきたと考えるほかないと受け止めています。
選挙が実施されるのなら、問われるべきことが問われる選挙になればいいとも思います。高市政権への対抗軸も見えてきています。立憲民主党と公明党が15日、新党結成で合意。両党の衆院議員はそれぞれ離党し「中道改革連合」に所属して衆院選を迎えるとのことです。この枠組みに与さない議員もいるようですし、「選挙対策の互助会」などの批判もあるようですが、高市氏が自民党総裁に就任した直後に、公明党が26年も維持してきた自民党との連立を解消したことを考えれば、少なくとも公明党の「反高市路線」は揺るぎがないと感じます。

【写真】1月15日付、16日付の朝日、毎日、読売各紙
衆院選で問われるべき「高市路線」とは何でしょうか。このブログの以前の記事で、高市首相が軍事力増強について「継戦能力を高めていかなきゃいけない」と公言したことに触れました。いつでも戦争を始められる軍事力を持つことを前提に、始めた戦争は長く持続できることを目指す、ということだと受け止めています。高市首相が進めようとしているのは「戦争の準備」であり、志向しているのは「戦争することが可能な国」です。
※参考過去記事
その高市政権は、首相自身の不用意とも言える台湾有事発言で、中国との関係は悪化の一方です。軍事同盟でたのみとする米国は年明け早々、ベネズエラを攻撃。もはや米国は、台湾を武力で威嚇する中国を批判できません。それなのに、高市政権は米国を批判することも、いさめることもなく、コメントすらできないありさまです。米国の暴挙を消極的ながら支持したのも同然です。
米国のトランプ大統領は、次はデンマークの自治領であるグリーンランドの領有に軍事力を行使することも辞さない姿勢。米国とデンマークはNATOを介した同盟国です。現在のトランプ大統領は何をしだすか、言い出すか分からないというのに、日米同盟だけは従来通りだと考えていていい理由はあるのでしょうか。
ロシアのウクライナ侵攻は続き、今度は米国が新たな戦火を引き起こしかねない状況です。世界的な規模で、急速に平和が危機にさらされています。だからこそ、軍事力に頼らない別の選択肢が重要です。
まもなく実施される衆院選で問われるべきは、端的に言えば、戦争ができる国へといちだんと大きく舵を切る「高市路線」を選び取るのか、それとも別の道を探るのか、だと考えています。おびただしい犠牲を生んで戦争国家の日本が破たんしたのは81年前のこと。「81年も前」なのか「わずか81年前」なのか。歴史の教訓をどうとらえるかも問われます。
衆院選がどういう結果になろうと、結果は主権者の総意です。「人気投票」で終わってしまってはならないと思います。
一昨年の東京都知事選、衆院選、兵庫県知事選を経て、選挙でのSNSの影響力がマスメディアの選挙報道をしのぐようになっています。昨年の参院選後の、当時の石破茂首相の進退を巡っては、新聞の政治報道のありようも問われました。それでもまだ、新聞の政治報道は現実の政治に小さくはない影響力を保っています。解散総選挙への流れが確定していったこの1週間の推移を見ながら、そのことを実感しました。
読売新聞の9日夜の電子版と10日付朝刊の「解散検討」報道は、唐突としか言いようがありませんでした。10日夜になって、高市首相が自民党内で意向を伝達したことから、他メディアも報じ始めました。14日になって、前述の通り、ある意味“公式”に与党に伝えて流れは決まりました。
わたしは、10日は東京を離れていました。移動中に買い求めた読売新聞の紙面は12版。東京都内で配達される最終版の14版よりもかなり早い時間に締め切りが設定された「早版」と呼ばれる紙面です。1面トップに「首相、衆院解散検討/2月上中旬 投開票」の大きな見出し。紙面をめくれば、3面には「政権安定へ勝負/高支持率 慎重論振り切る」、4面には「自民 単独過半数へ機運」のそれぞれ大きな見出しが目に入ります。新聞発行の事情を踏まえて考えるなら、ある程度の時間をかけて周到に準備した報道だった可能性が高いと感じます。
1面トップの本記の書き出しは以下の通りでした。
高市首相(自民党総裁)は9日、23日召集が予定される通所国会の冒頭で衆院を解散する検討に入った。衆院選は2月上中旬に実施される公算が大きい。首相は参院で少数与党が続いており、政策実現の推進力を得る必要があると判断したとみられる。
政府関係者が明らかにした。(中略)物価高対策を最優先課題と位置づける高市内閣の方針との整合性を問われかねず、与野党から反発も予想される。
一読して違和感を覚えたのは、衆院選の日程についても「公算が大きい」と踏み込んでいることです。「解散を検討」と伝えながら、その実は、「解散は動かない、事実上決定している」との印象を受けました。

【写真】1月10日付読売新聞(12版)
組織ジャーナリズムの政治報道が、最高権力者の動向をウオッチし、何が始まるかをいち早く報じることには意義があると思います。ただし、今回の事例で言えば、その報道が同時に最高権力者をアシストすることにもなった側面があることは否定できないと感じます。党内基盤が弱いと指摘される高市首相にとっては、報道が先行して社会に、とりわけ政界に「解散風」が巻き起こったことは、党内の異論を「解散は首相の専権事項」として封じ込めるのに好都合だったのではないでしょうか。
高市首相と側近が自民党内に対してですら極秘で“解散シミュレーション”を模索していたことは、今では広く報じられています。読売新聞の初報は取材の経緯について「政府関係者が明らかにした」とだけ触れています。意図的に首相をアシストしたわけではないのかもしれませんが、「無理筋」だったはずの通常国会冒頭での衆院解散、総選挙が現実のものとなったことに、結果的にせよマスメディアの政治報道が大きくかかわったことは否定しがたいのではないか。SNS社会とマスメディアの政治報道を考える上で、軽視できない論点があるように感じます。
「解散は首相の専権事項」との言説について、信濃毎日新聞が16日付の社説で「うのみにするのは間違いだ」と指摘しています。書き出しを引用します。こうした視点、論点を社会に提供するのも、新聞が培ってきたオピニオンの役割だと感じます。ぜひ読んでいただきたいと思います。
「首相の専権事項だから」。衆院の解散が持ち上がる都度、政界で語られてきた言葉が今回も聞こえてくる。
当然のことのように受け取られがちだが、うのみにするのは間違いだ。憲法のどこにも、解散の「専権」を定める条文などない。
「全国民の代表」として選挙された全ての衆院議員の資格を失わせる重大な行為である。首相の判断一つで、いつでも振りかざせる権限ではあり得ない。
※「首相の解散権 『専権事項』に根拠はない」
https://www.shinmai.co.jp/news/article/gf01d5kck3usrgav73iqv010